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第十三話 初仕事
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◇◆◇
――そんなこんなで、翌日。
いよいよ、使用人としての任務開始だ。
と、それは良いのだが。
ガシャーン!
「ああっ、すみません……っ!」
早速、僕はやらかしてしまった。
(これはさすがに、怒られる……!)
いくら優しいシグレさんでも、これは怒るだろう。
というのも、僕が手元を滑らせて落としてしまったのは、明らかに高価なティーカップだった。
しかも、これは昨日シグレさんが自分のコーヒーを淹れていたカップだ。
(はぁ……もう、何やってんだろ。とにかく、ちゃんと謝ろう。でも弁償とか、どうしよう……)
こんな高そうなもの、僕には到底買い直すなんて出来ない。
でもシグレさんの大切な物には違いなくて……。
僕は成す術もなく、その場に立ち尽くしてしまった。
するとそこへ、慌ててシグレさんがやってきた。
「……セイラ、大丈夫!?あ……そのカップを落としたんだね。はぁ、驚いたよ」
「あの、すみません……!初日から、僕……あの……」
口籠りながらどう対処しようかと考えを巡らせていると、シグレさんの優しい声が響いてきた。
「いや、いいよ。もうそろそろ新しいのに代えようかと思っていた物だし。それより……手を見せて」
「え……?あ……っ」
スルリと手を持っていかれ、驚き顔を上げると、シグレさんは僕の指先をまじまじと確認していた。
視線を指先に感じ、僕は小さく肩を揺らす。
「ん、ケガは無いみたいだな……良かった。セイラ、食器を扱う時は気を付けないとダメだ。ケガをするよ?」
「は、はい……っ………………あの……?」
手を握ったまま、それ以上何も言ってこないので、僕は不思議に思いつつシグレさんの整った顔を見つめた。
シグレさんもじっと僕を見つめ返す。
その表情からは、怒っているのか心配しているのか分からない。
いや、というか、状況的に見つめ合っている場合では無い。
僕は急いで謝った。
「あの、本当にすみません!次はちゃんと気を付けます……えっと……床、片付けますから、手を……」
優しく掴まれている手を遠慮がちに引っ張ると、シグレさんはハッとして、手を離してくれた。
しかし……
「いや、いいよ。危ないし、今回は俺がやるから」
そう言って、シグレさんは掃除用具を取りに行くべく、踵を返す。
(なんだろう……シグレさん優しいから、僕が使用人だってこと、忘れかけているのかもしれない……?)
もしそうなら、今一度ちゃんと認識してもらわねば。
僕はキリっと顔を上げて、シグレさんを呼び止めた。
「あの……っ!シグレさん、待ってください」
すると、部屋を出ていこうとしていたシグレさんは、ピタリと足を止めて振り返った。
僕は続ける。
「あの、使用人である僕に優しくしてくれて、感謝します。だけど……僕は使用人です。だから、もっと使用人として働かないといけません。だから、その……片付け、やらせてください。そのカップを割ったのは僕です。なのに、ご主人様に片付けさせるなんて……そんなの申し訳なくて、ここに居られません……っ」
僕は懸命に、使用人としての意思を示した。
……少し余談になるけれど、僕がまだ施設に居た頃、今回と同じように食器を割ってしまった事があった。
あの時は、確かにケガの心配もされたけれど、どちらかと言えば片付けをしっかりさせられたし、迷惑を掛けた他のスタッフにも謝ってこいと指導員からきつく言われたものだ。
だから、こんな風に優しく扱われると、逆に不安になってしまう。
と、過去の事を思い出しつつ不安げに見上げていると、シグレさんは小さく息を吐いて、苦笑を浮かべた。
「ごめん、 セイラの言う通りだな。こういう事を任せるために来て貰ったんだから、任せないといけないね。……あ、じゃあこの機会に、セイラに掃除用具の収納場所を教えておくから、ついてきて」
そう言って、シグレさんは小さく手招きをする。
僕は少しホッとして、後について行った。
・・・
「掃除用具はリビングを出て……ここだよ」
リビングを出ると、廊下には縦に細長い収納スペースがあった。
扉を開けると、掃除用具が各種揃っている。
「わぁ、色々揃ってますね。わかりました。それじゃあ、箒と塵取り、お借りしますね」
掃除用具を一通り確認し、僕はすかさず申し出た。とにかく、率先してやらなければ。
「ん、じゃあ、お願いするよ。ええと、破片を入れる用の袋がいるよね。キッチンに何かしらあると思うから、持ってくるよ」
「あ、あの、それも僕がやります……!場所は……」
言いかけたところで、長い人差し指が唇にあてがわれ、僕は口を噤んだ。
「今回は、俺が持ってくる。場所はまた今度、時間がある時に、ね?」
「……っふ、ふぁい……」
唇を押えられているせいで、変な返事になってしまう。
シグレさんはそんな僕を見てクスッと笑い、そっと指先を離した。
僕は慌てて体勢を立て直す。
「あの、すみません……っ」
改めてペコリと頭を下げると、シグレさんは微笑みながら僕の頭をポン、としてくれた。
「まだ初日なんだし、そんなに固くならないで。ああ、それと、破片を片付けたら暫く原稿に集中したいから、夕飯の支度はセイラにお願いしたいんだ。材料は冷蔵庫にあるものを自由に使っていい。メニューは、そうだな……セイラはビーフシチューとか作れる?」
「え、あ……はい、出来ます……!」
大きく頷き答えると、シグレさんの表情がパッと明るくなった。
「そっか。じゃあ、セイラが嫌いじゃなければビーフシチューをお願いするよ。どうかな?」
「……っわかりました!ビーフシチュー、大好きです」
そう言って微笑んでみせると、シグレさんは僅かに目を見開き、頬を赤く染めて僕から目を逸らした。
「そ、そっか……うん。じゃあ、よろしくね」
なにやらたどたどしくそう言い残すと、シグレさんは破片を入れる為の袋を探しに、キッチンへと姿を消した。
(?どうしたんだろ……僕何か変だった……?ああでも、ビーフシチューかぁ)
シグレさんの態度が少しだけ気になったものの、僕の頭の中はすぐにビーフシチューの事でいっぱいになった。
なんだか、とても嬉しい。
この家に来てから、初めて作る料理だ。
しかも、シグレさんが僕にリクエストしてくれたのだから、丹精込めて作らなければならない。
(よし、がんばるぞ。えっと……その前に片付けないと。箒はこの小さいのが使いやすそうかな……あと、塵取り、と)
僕は小振りの箒と塵取りを手に取ると、キッチンへと急いだ。
――そんなこんなで、翌日。
いよいよ、使用人としての任務開始だ。
と、それは良いのだが。
ガシャーン!
「ああっ、すみません……っ!」
早速、僕はやらかしてしまった。
(これはさすがに、怒られる……!)
いくら優しいシグレさんでも、これは怒るだろう。
というのも、僕が手元を滑らせて落としてしまったのは、明らかに高価なティーカップだった。
しかも、これは昨日シグレさんが自分のコーヒーを淹れていたカップだ。
(はぁ……もう、何やってんだろ。とにかく、ちゃんと謝ろう。でも弁償とか、どうしよう……)
こんな高そうなもの、僕には到底買い直すなんて出来ない。
でもシグレさんの大切な物には違いなくて……。
僕は成す術もなく、その場に立ち尽くしてしまった。
するとそこへ、慌ててシグレさんがやってきた。
「……セイラ、大丈夫!?あ……そのカップを落としたんだね。はぁ、驚いたよ」
「あの、すみません……!初日から、僕……あの……」
口籠りながらどう対処しようかと考えを巡らせていると、シグレさんの優しい声が響いてきた。
「いや、いいよ。もうそろそろ新しいのに代えようかと思っていた物だし。それより……手を見せて」
「え……?あ……っ」
スルリと手を持っていかれ、驚き顔を上げると、シグレさんは僕の指先をまじまじと確認していた。
視線を指先に感じ、僕は小さく肩を揺らす。
「ん、ケガは無いみたいだな……良かった。セイラ、食器を扱う時は気を付けないとダメだ。ケガをするよ?」
「は、はい……っ………………あの……?」
手を握ったまま、それ以上何も言ってこないので、僕は不思議に思いつつシグレさんの整った顔を見つめた。
シグレさんもじっと僕を見つめ返す。
その表情からは、怒っているのか心配しているのか分からない。
いや、というか、状況的に見つめ合っている場合では無い。
僕は急いで謝った。
「あの、本当にすみません!次はちゃんと気を付けます……えっと……床、片付けますから、手を……」
優しく掴まれている手を遠慮がちに引っ張ると、シグレさんはハッとして、手を離してくれた。
しかし……
「いや、いいよ。危ないし、今回は俺がやるから」
そう言って、シグレさんは掃除用具を取りに行くべく、踵を返す。
(なんだろう……シグレさん優しいから、僕が使用人だってこと、忘れかけているのかもしれない……?)
もしそうなら、今一度ちゃんと認識してもらわねば。
僕はキリっと顔を上げて、シグレさんを呼び止めた。
「あの……っ!シグレさん、待ってください」
すると、部屋を出ていこうとしていたシグレさんは、ピタリと足を止めて振り返った。
僕は続ける。
「あの、使用人である僕に優しくしてくれて、感謝します。だけど……僕は使用人です。だから、もっと使用人として働かないといけません。だから、その……片付け、やらせてください。そのカップを割ったのは僕です。なのに、ご主人様に片付けさせるなんて……そんなの申し訳なくて、ここに居られません……っ」
僕は懸命に、使用人としての意思を示した。
……少し余談になるけれど、僕がまだ施設に居た頃、今回と同じように食器を割ってしまった事があった。
あの時は、確かにケガの心配もされたけれど、どちらかと言えば片付けをしっかりさせられたし、迷惑を掛けた他のスタッフにも謝ってこいと指導員からきつく言われたものだ。
だから、こんな風に優しく扱われると、逆に不安になってしまう。
と、過去の事を思い出しつつ不安げに見上げていると、シグレさんは小さく息を吐いて、苦笑を浮かべた。
「ごめん、 セイラの言う通りだな。こういう事を任せるために来て貰ったんだから、任せないといけないね。……あ、じゃあこの機会に、セイラに掃除用具の収納場所を教えておくから、ついてきて」
そう言って、シグレさんは小さく手招きをする。
僕は少しホッとして、後について行った。
・・・
「掃除用具はリビングを出て……ここだよ」
リビングを出ると、廊下には縦に細長い収納スペースがあった。
扉を開けると、掃除用具が各種揃っている。
「わぁ、色々揃ってますね。わかりました。それじゃあ、箒と塵取り、お借りしますね」
掃除用具を一通り確認し、僕はすかさず申し出た。とにかく、率先してやらなければ。
「ん、じゃあ、お願いするよ。ええと、破片を入れる用の袋がいるよね。キッチンに何かしらあると思うから、持ってくるよ」
「あ、あの、それも僕がやります……!場所は……」
言いかけたところで、長い人差し指が唇にあてがわれ、僕は口を噤んだ。
「今回は、俺が持ってくる。場所はまた今度、時間がある時に、ね?」
「……っふ、ふぁい……」
唇を押えられているせいで、変な返事になってしまう。
シグレさんはそんな僕を見てクスッと笑い、そっと指先を離した。
僕は慌てて体勢を立て直す。
「あの、すみません……っ」
改めてペコリと頭を下げると、シグレさんは微笑みながら僕の頭をポン、としてくれた。
「まだ初日なんだし、そんなに固くならないで。ああ、それと、破片を片付けたら暫く原稿に集中したいから、夕飯の支度はセイラにお願いしたいんだ。材料は冷蔵庫にあるものを自由に使っていい。メニューは、そうだな……セイラはビーフシチューとか作れる?」
「え、あ……はい、出来ます……!」
大きく頷き答えると、シグレさんの表情がパッと明るくなった。
「そっか。じゃあ、セイラが嫌いじゃなければビーフシチューをお願いするよ。どうかな?」
「……っわかりました!ビーフシチュー、大好きです」
そう言って微笑んでみせると、シグレさんは僅かに目を見開き、頬を赤く染めて僕から目を逸らした。
「そ、そっか……うん。じゃあ、よろしくね」
なにやらたどたどしくそう言い残すと、シグレさんは破片を入れる為の袋を探しに、キッチンへと姿を消した。
(?どうしたんだろ……僕何か変だった……?ああでも、ビーフシチューかぁ)
シグレさんの態度が少しだけ気になったものの、僕の頭の中はすぐにビーフシチューの事でいっぱいになった。
なんだか、とても嬉しい。
この家に来てから、初めて作る料理だ。
しかも、シグレさんが僕にリクエストしてくれたのだから、丹精込めて作らなければならない。
(よし、がんばるぞ。えっと……その前に片付けないと。箒はこの小さいのが使いやすそうかな……あと、塵取り、と)
僕は小振りの箒と塵取りを手に取ると、キッチンへと急いだ。
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