雇われオメガとご主人様

筍とるぞう

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第九話

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「シグレさん、起きてください……コーヒー、冷めちゃいますよ?」


「ん、んー……セイラ……?」


軽く肩を揺すると、シグレさんはゆっくりと目を開けた。どうやら、仮眠程度に寝ていたようで、少しホッとする。


「シグレさん、すみません。僕つい寝ちゃって……」


「ああ、いいんだよ、セイラ…………いい匂いだな……」


「え……っ」


匂いの事を言われ、ドキッと心臓が音を立てる。

すると同時に、後ろ頭をグッと引き寄せられた。そして、こめかみ辺りに鼻先が寄せられ、突如、クンクンと匂いを確認される。


「あ……っ」


更に、シグレさんの鼻先が下がっていき、うっすらと首筋をなぞるように唇が這わされると、僕は思わず大きく肩を揺らした。


「あっ、シ……っグレ、さ……っま、って」


まさかの、先程の夢と似たような状況に、僕は緊張で声を震わせた。

どうやら、シグレさんは少し寝ぼけているようで、声も少し掠れている。


「……ごめん、抑性剤が切れたみたいだ……セイラ……ああ、可愛いな」


「んっ、あ……っ!?」


ふいに、肩に体重が掛けられたかと思うと、ドサリとソファーに押し倒された。まさかの事態に、僕は慌てて起き上がろうと、両手をシグレさんの胸元に当てて押し返す。


「シグレさん……っだめ、ですっ……!」


「セイラ……凄く甘い、いい香りだ……声も、可愛いね……」


「シグレさ……っ僕は、使用人です……っ!   あの、抑性剤が切れたなら、僕が持ってきますから……っ!」


僕は必死に、自分は使用人としてこの家に来た事を訴える。シグレさんは今、抑性剤が切れたせいで少しタガが外れてしまっているのだろう。だから、抑性剤さえ飲ませることが出来れば、元の紳士な彼に戻る筈だ。


「セイラが、俺に飲ませてくれるの?」


「はい……!   ですから、一旦、離して下さい……っ」


「ん、わかったよ……ああ、ごめん。俺……ダメなんだ、君を見ていると……はぁ」


僕の提案に、シグレさんはゆっくりと身体を離してくれた。そして、クシャクシャと前髪をかき乱してため息をつく。辛そうなその姿に、僕は慌てて立ち上がった。


「……っあの!抑性剤はどこにありますか?」


「隣の部屋の、デスクの引き出しの中にある。一番上に入ってるから」


シグレさんは顔を伏せたまま、隣の部屋のドアを指差した。


「わかりました、取ってきますね」


「うん……」


そう言ってドアノブに手を掛ける僕を、シグレさんは僅かに顔を上げて色っぽい目で見つめる。


「……っ」


その視線から逃れるように、僕はガチャリとドアノブを下へ押し下げ、素早く体を滑り込ませるようにして部屋に入った。

そして後ろ手にドアを閉めると、一旦深呼吸をしてから部屋を見渡し、デスクの引き出しを探す。


(……あった、ここか)


シンプルだけど寝心地の良さそうなフカフカのベッドと、木製の質が良さそうなデスクと本棚があり、そのデスクと本棚の間に五段ほどの引き出しがあった。


「失礼します……」


そっと一番上の段を開けると、すぐに薬の袋と思われる白い紙袋が見えた。

出して確認してみると、氏名の欄にシグレ・ロゼ、その下の欄には抑性剤・一ヶ月分と書かれていた。服用の量に関しては、一回につき二錠を一日一回飲むらしい。


(よし、これで間違いないな。戻ろう……)


間違いなく抑性剤である事を確認し、僕は袋を持って引き返そうと振り向いた。すると、突如ドアが開かれ、シグレさんが顔を覗かせた。


「どう?   あった?」


「あ……はい、ありました。これですよね?」


「そうそれ、正解だよ」


言いながら、シグレさんはゆっくりとこちらへ近付いてくる。

抑制剤が切れているせいか、その瞳は獲物を狙う野獣のような光を宿しており、僕は気圧されるように後ずさる。

これは一刻も早く抑制剤を飲ませないと、大変な事になってしまう。

と、焦る僕の目の前で、シグレさんは歩みを止めた。

そして、瞳に仄暗い光を宿したまま、静かに口を開く。


「それじゃあ……セイラに飲ませて貰おうかな」


「え……?」




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