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3年後の再会
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〈渚出産から3年後〉
正月の三ヶ日が開けた頃、仕事がたまっているから片付けないといけないという寅を残し、奈緒子は渚を連れて、奈緒子の実家に帰省していた。
渚が急に熱を出してしまった為、緊急で実家近くの病院にかかることにし、待合室に座っていた。
なんとなく視線を感じ、隣のソファーを見てみると、驚くことに、弘人が座っていた。隣には、渚よりも少し年齢が上の男の子がいる。
最後に会ったのは、弁護士を立てて慰謝料や財産分与等、手続きのための話し合いの時だったか。
目が合い、弘人が話しかけてきた。
「奈緒子?久しぶり·······似た人かなと思って見てたけど、やっぱり本人だった。」
「弘人····ビックリした。帰省中?あ、隣のお子さんは、あの時の?·····」
「ああ、優紀(ゆうき)です。ゆうき、ご挨拶して。」
「·······こんにちは。」
少し恥ずかしそうに弘人にくっつき、挨拶をしてくれた少年は、弘人にはあまり似ていない。
「こんにちは!うちはちょっと疲れて寝ちゃってて····渚です。」
奈緒子の膝の上で眠る渚を見て、弘人が目を細めて「かわいい子だね。奈緒子によく似てる」と言った。
おそらく、この子は弘人とは血の繋がりはないのだろう。赤ん坊とDNA鑑定をして、実子でなければ、弘人は父親にならないと奈緒子は思っていた。しかし、今見る限り、弘人は、熱を出した子どもを心配して病院に連れてくる、子どもに愛情を注いでいる父親に見える。
世の中には、血の繋がりはなくても子どもを愛せる人もいるのだから、きっと弘人もそうだったのだろう。
あんな形で夫婦関係が終わったにも関わらず、4年ぶりに会うと、只の昔の知人のように普通に話せていることが、奈緒子は不思議な感じがした。
「病院開いてて良かったよね。子どもって急に熱出すから···あ、呼ばれたから行ってくるね。」
なんとなく間がもたず、奈緒子は適当に会話を繋いだ。
診察で渚が大泣きしてしまい、診察室から出てきた時には、体調の悪さと病院への恐怖心で、ぐずぐずになる渚をあやしながら待合室のソファーに戻った。
涙で濡れた顔の渚を見て、弘人が
「頑張ったね。早く良くなるといいね。」
と声をかけた。
不倫をした最低な男だったが、父親になるとこんな表情をするのか、などと奈緒子は考えていた。受付で精算に呼ばれた為、奈緒子は弘人に「じゃあ、元気でね。」と声をかけ別れた。
その日の夜、奈緒子は寅に電話をかけた。
「ねぇ、寅くん。今日病院でね、なんと、元旦那と子どもに会っちゃった。」
「え!?····そっか。地元一緒だから····」
「うん。なんか普通にいい父親ってかんじになってて、驚いちゃった。」
「そうなんだ。話したの?」
「少しだけね。当たり障りのない世間話ってかんじ。」
「そっか。僕もやっぱり一緒に付いて行っとけば良かったな。」
「え?なんで?私が元旦那と会ったことにジェラシー?」
奈緒子は冗談で聞いてみると、「·····うん。」という寅の返事があり、奈緒子は笑ってしまった。
「どうせ二度と会うこともないわよ。」
「そうだね····数日2人に会えないだけで家ががらんとしてる。奈緒子さんと渚が戻ってくるの待ってるね。」
奈緒子は、寅を愛しいなと思い電話を切った。
◇
〈弘人視点〉
4年ぶりに奈緒子と会った。奈緒子は、ジーパンにTシャツというラフな服装で、病院ということもあってか、化粧もほとんどしていないようだったが、相変わらず飾らなくても美人だった。
奈緒子の子どもの渚を見たが、奈緒子によく似てかわいい子だった。いつか見た、後に奈緒子の夫となった、あの学生とは全く似ていない。
渚は奈緒子と弘人の子なのではないか。
そんな錯覚を起こしてしまいそうだった。
泣いた渚を抱き、安心させるように言葉をかけたり、背中をトントンと叩く奈緒子は、弘人が思い描いたような理想の母親像だった。
弘人は、自分の母親が嫌いだった。だから母親と正反対の奈緒子と結婚した。それなのに、過去の愚かな自分は、安心を退屈と捉え、目先の刺激だけを求めてはるかと関係を持ち、奈緒子と取り返しのつかない溝ができてしまった。
はるかと、どこぞの男との間に生まれた子どもの父親になどなる気はなかった。だが、生まれてすぐの赤ん坊の世話をし、時間を共にするうちに愛情が芽生え、『捨てる』という選択肢はなくなってしまった。はるかに育てられたこの子はどうなってしまうだろうか····そう思うと、自分が父親としての責任を果たさなければならないような気がした。
優紀のことはかわいかったが、全く自分と似ていない優紀の顔を見るたび、時折、『こんなはずではなかった』と考える自分を認めざるを得なかった。
はるかの実家に帰ると、はるかはまだ帰ってきていなかった。帰省している友人と会うと言っていたが、おそらく男だろう。
はるかが浮気しているのを弘人は知っている。知ってはいるが、どうでも良かった。
この4年間、はるかを近くで見ていて分かった。はるかは利己的で、傲慢で、上辺だけを取り繕っているつまらない人間だった。はるかを面白くて魅力的だと感じていた自分を呪いたい。もう触れる気にもならなかった。
子どもは後回しにして、少しでも隙があったら死ぬかとでもいうように自分の容姿を磨くことに命を懸けていた。
優紀を風呂に入れ、絵本を読んであげていると、はるかが帰ってきた。酒を飲んできたのだと分かる。
「弘人、優紀おかえり~!!ママ帰ったよ~」
異常に機嫌が良く、帰るなり手も洗わず、ベタベタと優紀の顔を両手で触り、「病院どうだった!?」と聞いた。
「·····ただの風邪だって。先に手洗ってこいよ。」
弘人が冷たく言うと、「優紀~パパ怖いね~」と言った。
「ママ聞いて、パパのお友達にごあいさつできたよ!優しそうな女の人」
「········へー。その人は、お名前何て言うの?」
「えーっと·····たしか、なおこさん?」
はるかの張りついた笑顔に、弘人は恐怖を覚えた。
「向こうも帰省してたんだって。たまたま待合室で一緒になったんだよ。」
「そう·····偶然の再会ね!昔みたいにときめいちゃった?」
「はぁ?何言って───·······」
「私も、久しぶりに会いたいなぁ。奈緒子に。ママの親友なの。」
ママとパパのお友達なんだね!と無邪気に喜ぶ優紀を見ながら、弘人は胸騒ぎを抑えることができなかった。
正月の三ヶ日が開けた頃、仕事がたまっているから片付けないといけないという寅を残し、奈緒子は渚を連れて、奈緒子の実家に帰省していた。
渚が急に熱を出してしまった為、緊急で実家近くの病院にかかることにし、待合室に座っていた。
なんとなく視線を感じ、隣のソファーを見てみると、驚くことに、弘人が座っていた。隣には、渚よりも少し年齢が上の男の子がいる。
最後に会ったのは、弁護士を立てて慰謝料や財産分与等、手続きのための話し合いの時だったか。
目が合い、弘人が話しかけてきた。
「奈緒子?久しぶり·······似た人かなと思って見てたけど、やっぱり本人だった。」
「弘人····ビックリした。帰省中?あ、隣のお子さんは、あの時の?·····」
「ああ、優紀(ゆうき)です。ゆうき、ご挨拶して。」
「·······こんにちは。」
少し恥ずかしそうに弘人にくっつき、挨拶をしてくれた少年は、弘人にはあまり似ていない。
「こんにちは!うちはちょっと疲れて寝ちゃってて····渚です。」
奈緒子の膝の上で眠る渚を見て、弘人が目を細めて「かわいい子だね。奈緒子によく似てる」と言った。
おそらく、この子は弘人とは血の繋がりはないのだろう。赤ん坊とDNA鑑定をして、実子でなければ、弘人は父親にならないと奈緒子は思っていた。しかし、今見る限り、弘人は、熱を出した子どもを心配して病院に連れてくる、子どもに愛情を注いでいる父親に見える。
世の中には、血の繋がりはなくても子どもを愛せる人もいるのだから、きっと弘人もそうだったのだろう。
あんな形で夫婦関係が終わったにも関わらず、4年ぶりに会うと、只の昔の知人のように普通に話せていることが、奈緒子は不思議な感じがした。
「病院開いてて良かったよね。子どもって急に熱出すから···あ、呼ばれたから行ってくるね。」
なんとなく間がもたず、奈緒子は適当に会話を繋いだ。
診察で渚が大泣きしてしまい、診察室から出てきた時には、体調の悪さと病院への恐怖心で、ぐずぐずになる渚をあやしながら待合室のソファーに戻った。
涙で濡れた顔の渚を見て、弘人が
「頑張ったね。早く良くなるといいね。」
と声をかけた。
不倫をした最低な男だったが、父親になるとこんな表情をするのか、などと奈緒子は考えていた。受付で精算に呼ばれた為、奈緒子は弘人に「じゃあ、元気でね。」と声をかけ別れた。
その日の夜、奈緒子は寅に電話をかけた。
「ねぇ、寅くん。今日病院でね、なんと、元旦那と子どもに会っちゃった。」
「え!?····そっか。地元一緒だから····」
「うん。なんか普通にいい父親ってかんじになってて、驚いちゃった。」
「そうなんだ。話したの?」
「少しだけね。当たり障りのない世間話ってかんじ。」
「そっか。僕もやっぱり一緒に付いて行っとけば良かったな。」
「え?なんで?私が元旦那と会ったことにジェラシー?」
奈緒子は冗談で聞いてみると、「·····うん。」という寅の返事があり、奈緒子は笑ってしまった。
「どうせ二度と会うこともないわよ。」
「そうだね····数日2人に会えないだけで家ががらんとしてる。奈緒子さんと渚が戻ってくるの待ってるね。」
奈緒子は、寅を愛しいなと思い電話を切った。
◇
〈弘人視点〉
4年ぶりに奈緒子と会った。奈緒子は、ジーパンにTシャツというラフな服装で、病院ということもあってか、化粧もほとんどしていないようだったが、相変わらず飾らなくても美人だった。
奈緒子の子どもの渚を見たが、奈緒子によく似てかわいい子だった。いつか見た、後に奈緒子の夫となった、あの学生とは全く似ていない。
渚は奈緒子と弘人の子なのではないか。
そんな錯覚を起こしてしまいそうだった。
泣いた渚を抱き、安心させるように言葉をかけたり、背中をトントンと叩く奈緒子は、弘人が思い描いたような理想の母親像だった。
弘人は、自分の母親が嫌いだった。だから母親と正反対の奈緒子と結婚した。それなのに、過去の愚かな自分は、安心を退屈と捉え、目先の刺激だけを求めてはるかと関係を持ち、奈緒子と取り返しのつかない溝ができてしまった。
はるかと、どこぞの男との間に生まれた子どもの父親になどなる気はなかった。だが、生まれてすぐの赤ん坊の世話をし、時間を共にするうちに愛情が芽生え、『捨てる』という選択肢はなくなってしまった。はるかに育てられたこの子はどうなってしまうだろうか····そう思うと、自分が父親としての責任を果たさなければならないような気がした。
優紀のことはかわいかったが、全く自分と似ていない優紀の顔を見るたび、時折、『こんなはずではなかった』と考える自分を認めざるを得なかった。
はるかの実家に帰ると、はるかはまだ帰ってきていなかった。帰省している友人と会うと言っていたが、おそらく男だろう。
はるかが浮気しているのを弘人は知っている。知ってはいるが、どうでも良かった。
この4年間、はるかを近くで見ていて分かった。はるかは利己的で、傲慢で、上辺だけを取り繕っているつまらない人間だった。はるかを面白くて魅力的だと感じていた自分を呪いたい。もう触れる気にもならなかった。
子どもは後回しにして、少しでも隙があったら死ぬかとでもいうように自分の容姿を磨くことに命を懸けていた。
優紀を風呂に入れ、絵本を読んであげていると、はるかが帰ってきた。酒を飲んできたのだと分かる。
「弘人、優紀おかえり~!!ママ帰ったよ~」
異常に機嫌が良く、帰るなり手も洗わず、ベタベタと優紀の顔を両手で触り、「病院どうだった!?」と聞いた。
「·····ただの風邪だって。先に手洗ってこいよ。」
弘人が冷たく言うと、「優紀~パパ怖いね~」と言った。
「ママ聞いて、パパのお友達にごあいさつできたよ!優しそうな女の人」
「········へー。その人は、お名前何て言うの?」
「えーっと·····たしか、なおこさん?」
はるかの張りついた笑顔に、弘人は恐怖を覚えた。
「向こうも帰省してたんだって。たまたま待合室で一緒になったんだよ。」
「そう·····偶然の再会ね!昔みたいにときめいちゃった?」
「はぁ?何言って───·······」
「私も、久しぶりに会いたいなぁ。奈緒子に。ママの親友なの。」
ママとパパのお友達なんだね!と無邪気に喜ぶ優紀を見ながら、弘人は胸騒ぎを抑えることができなかった。
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