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それから
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寅は夏の間、受験の為忙しくなったが、月に何度かは奈緒子と一緒に過ごした。愛し合う時もあれば、夕食だけ一緒に取ることもあったが、奈緒子の顔が見られるだけで、寅は満足だった。
試験の結果が郵送で届いた。寅が怖くて一人で合否結果を見られないというので、奈緒子は寅の部屋に来ていた。
「じゃあ、寅くん、私が見ていいのね?」
「はい。一思いに見ちゃってください······」
「えっと·······················」
「不合格ですか?」
「·······················」
「え?そんなに時間かかります?」
「自分で見なさい!」
奈緒子は寅の目の前に通知結果を出した。寅が薄目を開けて見ると、『合格』の文字が見えた。
「うわ!!合格だー!!!奈緒子さん~やりましたー!」
「すごいじゃない!!やったね~!」
2人で抱き合いながらドタバタ騒いでいると、下の階の住人がベランダに出て、「うるせぇ!!静かにしろ!!」と怒鳴ってきた。
年が明け、寅は就職活動に精を出した。こちらも順調で、4月から都内高校の美術教員として働けることになった。
2人でお祝いをしようということになり、珍しく居酒屋に来た。
「ねぇ、もうすぐ私達が初めて出会ってから、一年じゃない?」
「そうですねぇ。小学生に川に落とされて、奈緒子さんの家で着替えを貸してくれたんですよね。」
「あはは、そうだった。あの小学生は恋のキューピッドだったのかな?そうとしか思えない!それで、寅くんがひっくり返したゴミ箱の中に、浮気の証拠が入ってて、それが全ての始まり。」
「その節はどうも·····僕は昔から、自覚なく余計なことをしてしまうんです。」
奈緒子は変なツボに入ってしまい、笑いが止まらなくなった。浮気発覚のきっかけを作ってくれた男性と今は恋人なのだから、人生とは分からないものである。
「それで、僕就職先決まったんですけど、ここから遠いので、引っ越そうと思うんです。」
「········そっか。そうだよね!───お隣さんじゃなくなるの、寂しくなるけど、私会いに行くね!」
「あの······こんな居酒屋で言う話じゃないかもしれないんですけど·····奈緒子さんも、ついてきてくれませんか?つまり、一緒に住みたいです。結婚してくださいって言いたいけど、奈緒子さんが負担になるなら、籍は入れないままでもいいです。」
奈緒子はその言葉がすごく嬉しかった。しかし、一度失敗した自分が、懲りずに人を好きになり、寅の側にいていいのかずっと不安でもあった。
「───私も寅くんと一緒にいたいよ。でも、私バツイチだしさ。誰かと愛し合うことに失敗したんだよ。だから、正直自信がないの。寅くんを信じられないんじゃなくて、自分に自信がないのよ。」
寅は、奈緒子の手を握った。
「········簡単じゃないって分かってます。奈緒子さん僕の前では笑ってたけど、人も自分も信じられなくなるくらい、本当はすごく傷付いたんだろうなって。でも、僕ずっと待ってますね。奈緒子さんが、もう大丈夫だ!って思えるまで。」
奈緒子は、この人がいてくれて本当に良かったと思った。一人きりだったら、弘人やはるかとも戦えなかったし、立ち直ることもできずに自暴自棄になってただろう。
結局、3月末に寅は引っ越していき、少し距離は遠くなったが、2人は変わらず恋人同士だった。
その年の冬、奈緒子の母が亡くなった。突然だったので、奈緒子の父は悲しみに明け暮れた。
「奈緒子、大切な人がいつまでも側にいると思っちゃ駄目だよ。その時その時を大事にしなさい。」父に言われた言葉が、奈緒子の心の奥底に響いていた。
奈緒子の離婚のことは、両親には伝えていた。ただし、浮気と相手の妊娠のことは言わず、すれ違いで別れたと伝えると、
「奈緒子が決めたことなら何も言わない。後悔しないように生きなさい。」と言われた。そんな両親だった。
駅からアパートへの帰り道、奈緒子は寅に電話をかけた。寅も、仕事帰りで家に帰っている途中らしい。
「寅くん、私決めたんだけど」
「·······何を決めたんですか?」
「私、寅くんとずっと一緒にいたい。」
「········うん。僕も。」
「だから、結婚しない?」
寅は突然のことで驚いたようだったが、すぐに喜んで賛成し、翌月から一緒に住み始めた。
籍を入れ、一緒に住み初めてから3ヶ月後、奈緒子の妊娠が分かった。
つわりがきつい時期は、いつも寅が「大丈夫?」と背中をさすり、食事なども買ったり作ったりしてくれた。しかし、あまりにもずっと側にいるので、「寅くん、気持ちは嬉しいけど、一緒にいてくれても気分の悪さは変わらないから、たまにでいいのよ。」と伝えておいた。
安定期に入り、性別も分かった為、いよいよ名前を決めようということで、夜な夜な2人で会議をした。
「『影山 寅』だから、息子も1文字漢字の名前がいいと思う!」
「僕の名前に寄せなくても!1文字だと、簡単に読めて、名前を言った時に漢字が想像できる名前にしたいな。何度も聞き直されるのって、けっこう面倒で·····」
あれこれ候補を挙げたが、結局は一番初めに出た名前にしようということで決まった。
予定日より少し早い日の早朝に、奈緒子は男の子を出産した。出産は聞いていた通り壮絶だったが、子どもに会いたい!という一心で乗り越えられた。寅がずっと手を握り、励ましてくれたことがすごく心強く、『この人がいてくれて良かった』と心から思える瞬間だった。
赤ん坊の顔を見ると、今までの痛みがどうでもよくなるくらい、愛しさが込み上げた。奈緒子と寅は、産まれたばかりの赤ん坊の小さな手を握り、涙を流した。
「初めまして。渚(なぎさ)。これからよろしくね。」
試験の結果が郵送で届いた。寅が怖くて一人で合否結果を見られないというので、奈緒子は寅の部屋に来ていた。
「じゃあ、寅くん、私が見ていいのね?」
「はい。一思いに見ちゃってください······」
「えっと·······················」
「不合格ですか?」
「·······················」
「え?そんなに時間かかります?」
「自分で見なさい!」
奈緒子は寅の目の前に通知結果を出した。寅が薄目を開けて見ると、『合格』の文字が見えた。
「うわ!!合格だー!!!奈緒子さん~やりましたー!」
「すごいじゃない!!やったね~!」
2人で抱き合いながらドタバタ騒いでいると、下の階の住人がベランダに出て、「うるせぇ!!静かにしろ!!」と怒鳴ってきた。
年が明け、寅は就職活動に精を出した。こちらも順調で、4月から都内高校の美術教員として働けることになった。
2人でお祝いをしようということになり、珍しく居酒屋に来た。
「ねぇ、もうすぐ私達が初めて出会ってから、一年じゃない?」
「そうですねぇ。小学生に川に落とされて、奈緒子さんの家で着替えを貸してくれたんですよね。」
「あはは、そうだった。あの小学生は恋のキューピッドだったのかな?そうとしか思えない!それで、寅くんがひっくり返したゴミ箱の中に、浮気の証拠が入ってて、それが全ての始まり。」
「その節はどうも·····僕は昔から、自覚なく余計なことをしてしまうんです。」
奈緒子は変なツボに入ってしまい、笑いが止まらなくなった。浮気発覚のきっかけを作ってくれた男性と今は恋人なのだから、人生とは分からないものである。
「それで、僕就職先決まったんですけど、ここから遠いので、引っ越そうと思うんです。」
「········そっか。そうだよね!───お隣さんじゃなくなるの、寂しくなるけど、私会いに行くね!」
「あの······こんな居酒屋で言う話じゃないかもしれないんですけど·····奈緒子さんも、ついてきてくれませんか?つまり、一緒に住みたいです。結婚してくださいって言いたいけど、奈緒子さんが負担になるなら、籍は入れないままでもいいです。」
奈緒子はその言葉がすごく嬉しかった。しかし、一度失敗した自分が、懲りずに人を好きになり、寅の側にいていいのかずっと不安でもあった。
「───私も寅くんと一緒にいたいよ。でも、私バツイチだしさ。誰かと愛し合うことに失敗したんだよ。だから、正直自信がないの。寅くんを信じられないんじゃなくて、自分に自信がないのよ。」
寅は、奈緒子の手を握った。
「········簡単じゃないって分かってます。奈緒子さん僕の前では笑ってたけど、人も自分も信じられなくなるくらい、本当はすごく傷付いたんだろうなって。でも、僕ずっと待ってますね。奈緒子さんが、もう大丈夫だ!って思えるまで。」
奈緒子は、この人がいてくれて本当に良かったと思った。一人きりだったら、弘人やはるかとも戦えなかったし、立ち直ることもできずに自暴自棄になってただろう。
結局、3月末に寅は引っ越していき、少し距離は遠くなったが、2人は変わらず恋人同士だった。
その年の冬、奈緒子の母が亡くなった。突然だったので、奈緒子の父は悲しみに明け暮れた。
「奈緒子、大切な人がいつまでも側にいると思っちゃ駄目だよ。その時その時を大事にしなさい。」父に言われた言葉が、奈緒子の心の奥底に響いていた。
奈緒子の離婚のことは、両親には伝えていた。ただし、浮気と相手の妊娠のことは言わず、すれ違いで別れたと伝えると、
「奈緒子が決めたことなら何も言わない。後悔しないように生きなさい。」と言われた。そんな両親だった。
駅からアパートへの帰り道、奈緒子は寅に電話をかけた。寅も、仕事帰りで家に帰っている途中らしい。
「寅くん、私決めたんだけど」
「·······何を決めたんですか?」
「私、寅くんとずっと一緒にいたい。」
「········うん。僕も。」
「だから、結婚しない?」
寅は突然のことで驚いたようだったが、すぐに喜んで賛成し、翌月から一緒に住み始めた。
籍を入れ、一緒に住み初めてから3ヶ月後、奈緒子の妊娠が分かった。
つわりがきつい時期は、いつも寅が「大丈夫?」と背中をさすり、食事なども買ったり作ったりしてくれた。しかし、あまりにもずっと側にいるので、「寅くん、気持ちは嬉しいけど、一緒にいてくれても気分の悪さは変わらないから、たまにでいいのよ。」と伝えておいた。
安定期に入り、性別も分かった為、いよいよ名前を決めようということで、夜な夜な2人で会議をした。
「『影山 寅』だから、息子も1文字漢字の名前がいいと思う!」
「僕の名前に寄せなくても!1文字だと、簡単に読めて、名前を言った時に漢字が想像できる名前にしたいな。何度も聞き直されるのって、けっこう面倒で·····」
あれこれ候補を挙げたが、結局は一番初めに出た名前にしようということで決まった。
予定日より少し早い日の早朝に、奈緒子は男の子を出産した。出産は聞いていた通り壮絶だったが、子どもに会いたい!という一心で乗り越えられた。寅がずっと手を握り、励ましてくれたことがすごく心強く、『この人がいてくれて良かった』と心から思える瞬間だった。
赤ん坊の顔を見ると、今までの痛みがどうでもよくなるくらい、愛しさが込み上げた。奈緒子と寅は、産まれたばかりの赤ん坊の小さな手を握り、涙を流した。
「初めまして。渚(なぎさ)。これからよろしくね。」
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