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夫の帰宅

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 寅が帰った後、奈緒子は職場に戻り、仕事が終わってから帰宅した。
 いつもなら夕食を作るのだが、何もする気が起きず、電気もつけずにソファで膝を抱えじっとしていた。
 弘人を信じたい気持ちがあるが、状況的にどう考えてもクロだ。寅の言うように、決定的な証拠を押さえるまでは、弘人に態度がおかしいと悟られない方がいいに決まっているが、奈緒子は、平然として弘人と接することが難しかった。

   一体いつから?
   どこの誰と?

 考え始めると、キリがなかった。そういえば、ここ最近は、弘人から奈緒子を求めてくる頻度がかなり少なくなっていた。もし浮気が原因だとすると、本当にやりきれない気持ちになった。
 もし、勘違いではなく本当に弘人が浮気をしているのだとしたら、自分はどうしたいんだろうか。奈緒子は弘人がいない人生など考えられなかった。学生時代から、奈緒子の初めてはすべて弘人だったのだ。浮気されたから、すぐに『離婚する』という選択肢を選ぶことはできなかった。
 そうこうしているうちに、鍵を開ける音がした。弘人が帰ってきたのだ。奈緒子は急いで部屋の電気をつけた。
「なおちゃん、ただいま。なんか、さっきまで部屋の電気暗くなかった?」
「・・・おかえり。別の部屋に行ってて、電気消してたの。あと、ごめん、今日ちょっと体調悪くて、夕食用意してない。」
 奈緒子は弘人の顔を見る気になれず、テーブルの上のカップを見ながら言った。弘人は心配そうな顔になり、「なおちゃん大丈夫?顔色悪いし、部屋で寝てなよ。夕飯は買ってくるよ。」と言った。
 シンクには、寅が来たときに出したカップがそのままになっており、川で濡れたビチョビチョの服が、お風呂場に置きっぱなしになっていた。奈緒子は頭の中がいっぱいになり、それらを片付ける余裕がなかった。
 弘人はそれらを見て、怪訝な顔をして奈緒子に聞いた。
「なおちゃん、誰か来たの?男物の服だけど・・・」
「別に何でもない。河に落ちた人を助けただけよ。」
 奈緒子が詳しく話さず答えると、弘人はその説明に納得行かなかったようで、さらに聞いてきた。
「河に落ちたって何?それで、何でなおちゃんがその人助けて家に上げるの?」
「・・・・小学生に押されたのよ!その人着替えがなくて帰れなさそうだったから、ひろくんの服を貸してあげたの!髪も濡れてたからドライヤーもしていけばってなって、お茶を出しただけ。図書館によく来る学生さんだから、全く知らない人じゃない。」
 奈緒子は、そんなことなどどうでもいいじゃないかと思いながら、すべてを弘人に説明した。奈緒子は性格上、弘人が何かをして欲しい時に、断る、はぐらかすということができなかった。
 その話を聞いた弘人は、信じられないというような顔をして、奈緒子に詰めよった。
「図書館によく来る学生って、知らない人じゃん!なおちゃんは優しさでやったかもしれないけど、俺がいない時に、男を家に上げるなんて不用心だよ。何かされてない?」
 弘人の言い分に、奈緒子は腹が立ってきた。
「男の人だからって、みんながそんな人じゃないわ。そんな人じゃなさそうだと私が思ったから助けたの!私のこと疑うなら、ひろ君はどうなの!?あなたなんか・・・!!」
 あなたなんか、浮気してるくせに。奈緒子はそう口走ってしまいそうになったが、寸前のところでとどまった。
 普段ほとんど怒らない奈緒子が、珍しく強く言い返してきたことに、弘人は驚いている様子だった。居たたまれなくなった奈緒子は、走ってリビングから出て、寝室に閉じ籠った。

 部屋の中で、奈緒子は考えていた。このままでは、弘人へ疑心暗鬼になったまま、生活しなければならなくなる。真実を知るのは怖いが、はっきりさせなければならない。何もないなら、それが一番いいのだ。

 翌朝、奈緒子は何事もなかったようにリビングに行き、弘人に声をかけた。
「ひろ君おはよう。昨日はごめんね!なんか体調悪くてイライラしちゃって・・・今度の休み、リフレッシュも兼ねて、1人で実家に帰ってくる。」
 奈緒子は、あえて弘人を泳がせてみることにした。1泊で奈緒子が家を空けるとなれば、浮気相手と会う可能性が高い。
「・・・ううん、俺こそごめん。そっか!家でゆっくりしてきて。ご両親にもよろしく。」
 奈緒子は笑顔で「うん!」と答えた。これで準備は整った。あとは弘人の出方を待ち、奈緒子も準備をするだけだ。奈緒子には協力者が必要だった。
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