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不思議な学生
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奈緒子の職場は、自宅近くの図書館であった。奈緒子と弘人は都外のマンションに住んでおり、自宅が近い方が便利だと思った奈緒子は、職場も近場で探した。
近くには河川敷があり、仕事の昼休みに、水面や鳥を見ながら、ベンチでお弁当を食べるのが奈緒子の日課になっていた。
その日も奈緒子がベンチに座ってボーッとしていると、奈緒子の少し先に、1人の若い男性が、河に葉っぱを投げたり、小石を投げたりしていた。
奈緒子は彼を知っている。週に2度ほど、図書館に本を借りに来る。絵画集やら、教育に関する本が多いので、近くにある芸術大学の学生だろうか?
いつも、彼の小さな顔に比例して、大きな黒縁メガネをしていた。染めていない黒髪が、たまに寝癖がついているのが何となくかわいかった。
奈緒子は、彼の不思議な行動を眺めていると、2人の小学生くらいの男の子が、男の後ろ辺りでギャーギャー騒ぎながらふざけあっていた。奈緒子は、河の近くで遊んだら危ないなぁと考えていた時だった。
小学生の1人が、しゃがんで河の方を向いていた男の背中にドンッと思い切りぶつかった。
「ぅわっ!!」
奈緒子があっと思った時には、男は河にドボンと落ちていた。奈緒子は慌てて、男の近くに走り寄り、「大丈夫ですか!?」と手を伸ばした。小学生達は、ヤバイと思ったのか、走って逃げていってしまった。
幸い男は自力で岸に上がってこれたが、かわいそうなくらいびしょ濡れで、ロングコートが信じられないくらい水を吸って重そうだった。
奈緒子は、この若い男がかわいそうになってしまった。
「あの、家はすぐ近く?」
男は奈緒子を見て、「3つ隣の駅です。」と答えた。
「私の家、すぐそこなの。着替えだけでも貸してあげる。付いてきてくれる?そんなにずぶ濡れじゃ、電車もバスもタクシーも乗れないでしょ?それに寒いし。」
男は、最初は「いえ、そんな悪いです····」と遠慮していたが、自分でもこの状況はどうしようもないと思い直したのか、「····いいんですか?」とためらいがちに聞いてきた。
「うん。夫の服があるの。サイズは合うか分からないけど、濡れてるよりはマシだと思う。」
奈緒子は男を連れて、自宅に入った。中にどうぞと促したが、男は玄関で立ったまま、「ここで待ってます。」と言った。奈緒子が襲うとでも思っているのだろうか?苦笑して、彼でも着れそうな、弘人の着替えを取りに行った。
「ねぇ、せっかくだから、髪もドライヤーで乾かしていったら?体冷えただろうし、温かい飲み物でも飲んでいって。大丈夫よ!私あなたを襲ったりしないから、安心して。そこの図書館の職員なの。」
奈緒子が笑顔でそういうと、男は焦って否定した。
「いえ、襲われるとか思ってたわけじゃなくて····ご主人いらっしゃらないみたいだったから、得たいのしれない男が女性1人のお家に上がり込むのもどうかと思って····」
男がそういうと、奈緒子はプッと吹き出した。
「あなたって怪しい人なの?そうは見えないけど。」
「いえ、怪しいものじゃないです。芸大の4年生です。僕もあなたのこと知ってます。図書館で何回か見たことあるので。」
奈緒子は笑いながら、いいから入って入って!と男をリビングへ通した。男はドライヤーが終わると、奈緒子が出した温かい紅茶を飲み、ほっと息をついていた。
寝癖も治り、サラサラの髪になった彼を見ると、案外きれいな顔をしていた。メガネをやめて、髪型を整えれば女の子が放っておかないだろうな、と奈緒子は思った。
「あの、ありがとうございます。実は、寒くて死にそうでした。」
「いえいえ。でもビックリしちゃった。今日はあなたも災難ね。私は、秋月奈緒子といいます。あなたは、大学4年生ってことは、22歳?」
「いえ、2年浪人してるので、今年で24です。僕は影山寅(とら)と言います。」
「とら?動物の虎のほう?」
「いえ、フーテンの寅の方の寅です。」
寅とは変わった名前だなと思ったが、少し風変わりな雰囲気を持つ彼に似合う名前な気もした。
「変な名前だと思ったでしょ?いいんです。皆に言われますから。名字は嫌いなので、下の名前でどうぞ呼んでください。」
「いえ、そんな変だなんて・・・じゃあ、私のことも奈緒子って呼んで。私だけ下の名前を呼ぶのはなんだか心苦しいわ。」
「いえ!僕は秋月さんと呼びます。年上の方に失礼ですから。」
「ええ?じゃあ、私も影山君って呼ぶわね。」
「・・・・・」
2人の間に、沈黙が流れた。
「・・・奈緒子さん、今日は本当にありがとうございました。お借りした服は、洗ってお返しします。」
「寅君、お役に立てて良かった。あと、一応言っておくけどクリーニングは出さなくていいからね。川で汚れた服は、こっちで洗濯して返すわ。今度時間がある時に図書館に取りに来てね。」
奈緒子がそう言うと、寅は案の定、
「いえ、汚れ物はさすがに持って帰ります!」
とゴネ出した。
「寅くん。こんなドブ臭くなって重い服を持って大学に行こうっていうの?持ったまま3駅も電車に乗るの?お願いだからやめて。」
奈緒子がそう言うと、寅は何か言いたそうだったが、「すみません、よろしくお願いします。」と引き下がった。寅はいちいち律儀でめんどくさいなと思ったが、奈緒子は寅とのやり取りが新鮮でなんだか楽しかった。洗った服を返すときに、行き違いになっては困るので、念のため寅と連絡先を交換した。
「それでは、失礼します。」と言い、寅がリビングを出ようとした時、端に置いてあったゴミ箱に寅の足がぶつかり、ゴミ箱の中身が散らばった。
「わっごめんなさい・・・!!僕ほんとこんなんばっかりで・・・」
「いいのよ。気にしないで。」
奈緒子は笑って、ゴミ箱の中身を片付けようとした時、クシャクシャに捨ててあったコンビニのレシートを見つけた。奈緒子が弘人をゲームの発売日だから買いに行こうと誘ったが、予定があると断られた日付のレシートだった。
なんとなく気になりレシートを広げた奈緒子は固まってしまった。
「あの、奈緒子さん・・・どうかしましたか?」
呆然としている奈緒子を見て、寅が心配そうに聞いた。
レシートの明細は、避妊具だった。
奈緒子達のものではない。コンビニで買うことはないし、家にストックがあるからだ。最近の弘人に感じていた違和感と、このレシートが結びついた。
弘人は浮気をしている。
奈緒子にはそうとしか考えられなかった。寅は、奈緒子が凝視しているレシートをチラッと見て、状況が理解できてらしく、「あぁこれは・・・」と気まずそうな声を出した。
「・・・寅君、夫がおそらく浮気をしてて、状況証拠も揃ってる場合、どうしたら良いと思う?夫を問い詰める?」
大学生の彼に、こんなことを聞くのは間違っていると思ったが、奈緒子は藁にもすがる思いで、誰かの意見を聞きたかった。寅は客観的に答えてくれそうな気がした。
「問い詰めても、逃げられる気がします。家にないと思ってたとか、他のメーカーを試そうと思ったとか。僕だったら、決定的な証拠を押さえます。」
「決定的な証拠?」
「ご主人が、浮気相手と会っている現場を押さえるんです。」
近くには河川敷があり、仕事の昼休みに、水面や鳥を見ながら、ベンチでお弁当を食べるのが奈緒子の日課になっていた。
その日も奈緒子がベンチに座ってボーッとしていると、奈緒子の少し先に、1人の若い男性が、河に葉っぱを投げたり、小石を投げたりしていた。
奈緒子は彼を知っている。週に2度ほど、図書館に本を借りに来る。絵画集やら、教育に関する本が多いので、近くにある芸術大学の学生だろうか?
いつも、彼の小さな顔に比例して、大きな黒縁メガネをしていた。染めていない黒髪が、たまに寝癖がついているのが何となくかわいかった。
奈緒子は、彼の不思議な行動を眺めていると、2人の小学生くらいの男の子が、男の後ろ辺りでギャーギャー騒ぎながらふざけあっていた。奈緒子は、河の近くで遊んだら危ないなぁと考えていた時だった。
小学生の1人が、しゃがんで河の方を向いていた男の背中にドンッと思い切りぶつかった。
「ぅわっ!!」
奈緒子があっと思った時には、男は河にドボンと落ちていた。奈緒子は慌てて、男の近くに走り寄り、「大丈夫ですか!?」と手を伸ばした。小学生達は、ヤバイと思ったのか、走って逃げていってしまった。
幸い男は自力で岸に上がってこれたが、かわいそうなくらいびしょ濡れで、ロングコートが信じられないくらい水を吸って重そうだった。
奈緒子は、この若い男がかわいそうになってしまった。
「あの、家はすぐ近く?」
男は奈緒子を見て、「3つ隣の駅です。」と答えた。
「私の家、すぐそこなの。着替えだけでも貸してあげる。付いてきてくれる?そんなにずぶ濡れじゃ、電車もバスもタクシーも乗れないでしょ?それに寒いし。」
男は、最初は「いえ、そんな悪いです····」と遠慮していたが、自分でもこの状況はどうしようもないと思い直したのか、「····いいんですか?」とためらいがちに聞いてきた。
「うん。夫の服があるの。サイズは合うか分からないけど、濡れてるよりはマシだと思う。」
奈緒子は男を連れて、自宅に入った。中にどうぞと促したが、男は玄関で立ったまま、「ここで待ってます。」と言った。奈緒子が襲うとでも思っているのだろうか?苦笑して、彼でも着れそうな、弘人の着替えを取りに行った。
「ねぇ、せっかくだから、髪もドライヤーで乾かしていったら?体冷えただろうし、温かい飲み物でも飲んでいって。大丈夫よ!私あなたを襲ったりしないから、安心して。そこの図書館の職員なの。」
奈緒子が笑顔でそういうと、男は焦って否定した。
「いえ、襲われるとか思ってたわけじゃなくて····ご主人いらっしゃらないみたいだったから、得たいのしれない男が女性1人のお家に上がり込むのもどうかと思って····」
男がそういうと、奈緒子はプッと吹き出した。
「あなたって怪しい人なの?そうは見えないけど。」
「いえ、怪しいものじゃないです。芸大の4年生です。僕もあなたのこと知ってます。図書館で何回か見たことあるので。」
奈緒子は笑いながら、いいから入って入って!と男をリビングへ通した。男はドライヤーが終わると、奈緒子が出した温かい紅茶を飲み、ほっと息をついていた。
寝癖も治り、サラサラの髪になった彼を見ると、案外きれいな顔をしていた。メガネをやめて、髪型を整えれば女の子が放っておかないだろうな、と奈緒子は思った。
「あの、ありがとうございます。実は、寒くて死にそうでした。」
「いえいえ。でもビックリしちゃった。今日はあなたも災難ね。私は、秋月奈緒子といいます。あなたは、大学4年生ってことは、22歳?」
「いえ、2年浪人してるので、今年で24です。僕は影山寅(とら)と言います。」
「とら?動物の虎のほう?」
「いえ、フーテンの寅の方の寅です。」
寅とは変わった名前だなと思ったが、少し風変わりな雰囲気を持つ彼に似合う名前な気もした。
「変な名前だと思ったでしょ?いいんです。皆に言われますから。名字は嫌いなので、下の名前でどうぞ呼んでください。」
「いえ、そんな変だなんて・・・じゃあ、私のことも奈緒子って呼んで。私だけ下の名前を呼ぶのはなんだか心苦しいわ。」
「いえ!僕は秋月さんと呼びます。年上の方に失礼ですから。」
「ええ?じゃあ、私も影山君って呼ぶわね。」
「・・・・・」
2人の間に、沈黙が流れた。
「・・・奈緒子さん、今日は本当にありがとうございました。お借りした服は、洗ってお返しします。」
「寅君、お役に立てて良かった。あと、一応言っておくけどクリーニングは出さなくていいからね。川で汚れた服は、こっちで洗濯して返すわ。今度時間がある時に図書館に取りに来てね。」
奈緒子がそう言うと、寅は案の定、
「いえ、汚れ物はさすがに持って帰ります!」
とゴネ出した。
「寅くん。こんなドブ臭くなって重い服を持って大学に行こうっていうの?持ったまま3駅も電車に乗るの?お願いだからやめて。」
奈緒子がそう言うと、寅は何か言いたそうだったが、「すみません、よろしくお願いします。」と引き下がった。寅はいちいち律儀でめんどくさいなと思ったが、奈緒子は寅とのやり取りが新鮮でなんだか楽しかった。洗った服を返すときに、行き違いになっては困るので、念のため寅と連絡先を交換した。
「それでは、失礼します。」と言い、寅がリビングを出ようとした時、端に置いてあったゴミ箱に寅の足がぶつかり、ゴミ箱の中身が散らばった。
「わっごめんなさい・・・!!僕ほんとこんなんばっかりで・・・」
「いいのよ。気にしないで。」
奈緒子は笑って、ゴミ箱の中身を片付けようとした時、クシャクシャに捨ててあったコンビニのレシートを見つけた。奈緒子が弘人をゲームの発売日だから買いに行こうと誘ったが、予定があると断られた日付のレシートだった。
なんとなく気になりレシートを広げた奈緒子は固まってしまった。
「あの、奈緒子さん・・・どうかしましたか?」
呆然としている奈緒子を見て、寅が心配そうに聞いた。
レシートの明細は、避妊具だった。
奈緒子達のものではない。コンビニで買うことはないし、家にストックがあるからだ。最近の弘人に感じていた違和感と、このレシートが結びついた。
弘人は浮気をしている。
奈緒子にはそうとしか考えられなかった。寅は、奈緒子が凝視しているレシートをチラッと見て、状況が理解できてらしく、「あぁこれは・・・」と気まずそうな声を出した。
「・・・寅君、夫がおそらく浮気をしてて、状況証拠も揃ってる場合、どうしたら良いと思う?夫を問い詰める?」
大学生の彼に、こんなことを聞くのは間違っていると思ったが、奈緒子は藁にもすがる思いで、誰かの意見を聞きたかった。寅は客観的に答えてくれそうな気がした。
「問い詰めても、逃げられる気がします。家にないと思ってたとか、他のメーカーを試そうと思ったとか。僕だったら、決定的な証拠を押さえます。」
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