侍女と愛しの魔法使い【旧題:幼馴染の最強魔法使いは、「運命の番」を見つけたようです。邪魔者の私は消え去るとしましょう。】

きなこもち

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私と最愛の魔法使い~王女様、私の夫に惚れられても困ります!~

分岐点 最終 『楽園』

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 ウィルが気が付くと、大きな木の麓に座っていた。辺りは色とりどりの草花が広がっている。所々小川が流れ、子ども達がきゃっきゃとはしゃぎながら鬼ごっこをしている。
 この世のものとは思えない程美しい光景だった。いや、『この世』ではないのか。

 ウィルが辺りをさ迷っていると、後ろから肩を叩かれた。振り向くと、そこには生前ほとんど関わりがなかった、聖女エステルがいた。
「·········あなたは、聖女エステル様?」
「こんにちはウィル。こっちの世界では話すのは初めてかしら?」
「こっちの世界?········あの世のことでしょうか?」
「まぁそれもあるけど········私はね、あなたが生きていた世界ではまだ死んでないの。だけど、また『別の世界』では既に死んでる。だから、ここで人を待ってるのよ。予定外に一緒に死ぬことができなかったからね。彼が来るのをずっと待ってる。」
 ウィルにはエステルの言っていることがよく理解できなかった。そもそも、死後の世界があることも彼は信じていなかった。
「ここは───天国なんでしょうか?」
「ここはね、寿命ではない死が訪れた人が集まる場所なの。みんなある日突然、運命にはなかった出来事によって命を落とした。あなたも私もね。」
 ウィルには思い当たる節があった。自分を殺したのは、言うまでもなく兄フィリップだろう。時折、兄が自分を以前よりも憎しみの込もった目で見ていることに気が付いていた。ナタリーに懸想し、ウィルが邪魔物になったのだろう。両親までも手にかけるとは意外だった。
 じっと何かを考えているウィルを見ると、エステルはクスッと笑った。
「あなた、18歳で結婚したのに、半年後殺されちゃうなんて不幸の極みね。人生これからだったでしょうに。同情しちゃうわ。」
「··········いえ、思い残すことは実はあまりないんです。この一年、僕は今まで感じたことがない程幸せでしたから。·······妻を1人にしてしまったことが、唯一の心残りです。」
「───そう。それなら、ある意味幸せだったのかもね。」
 エステルは美しい顔で微笑んだ。
「あの··········僕が生きていた世界と、エステル様が生きていた世界が違う──というのは········?」
「あぁ、それはね、不思議な話なんだけど、この世には平行する世界がいくつもあるのよ。どれも未来が少しずつ違うの。すべて存在してるけど、すべて幻のようで現実であり、交わることはない。普通、人は1つの世界に生きているから、複数の世界を行き来することはできないんだけど·····私は死後、それができちゃった。聖女だからかしら?」
「へぇ········面白いですね。僕も、別の人生を垣間見て見たかったです。」
「そう?私がいた世界では、あなたはまだ生きていたわよ。ナタリーの側で生きている。今のように早くに亡くならなかったのは········きっと、完全には彼女から選ばれなかったせいね。」
「選ばれなかった?ナタリーから?」
 ウィルは、エステルの言わんとしていることが分からず首をかしげた。
「ショックかも知れないけど······私がいた世界では、彼女はあなたの他にも愛している人がいたのよ。ただ1人を選ばなかった。ナタリーはね、普通じゃないの。『死』とか『欲望』を引き寄せやすい体質っていうのかしら。あなたは、ナタリーの愛情を一身に受けてしまったから死んだのよ。皮肉よね。」
「·········ナタリーをそんな死神のような存在だとは思えません。それに、本当にそうだったとしても、彼女に選ばれない人生よりは、選ばれた人生の方が、僕は嬉しいです。」
 ウィルが言葉通り、ひどく嬉しそうに微笑んだのを見て、エステルは溜め息をついた。
「はぁ。あなたも頭やられちゃったのね。私が生きていた頃のアッシュを思い出すわ。彼女のこととなると見境がなくなってね········今だから教えるけど、本来、死ぬのはあなたではなくアッシュだったのよ。だけど、別世界の私の行動によって運命が変わった。あなたには悪いことしたわ。ごめんなさい。」
 エステルが申し訳なさそうな顔をしたが、ウィルは笑って首を振った。
「いえ········むしろありがとうございます。運命を変えてくれたあなたに感謝します。」
「救いようがないのね·······でも、そんなあなたに残念なお知らせがある。あなたがいなくなった世界では、彼女はどうなると思う?一度離れた縁が再び近付くの。元々の運命だったからね。軌道修正しようとする。この意味分かる?」
「···········はい。」
「そう。まぁ、もうあなたのいない世界の話だからね───関係ないのかも知れないけど。」
 仄暗い表情を浮かべたウィルを見て、エステルは明るい声を出した。
「·······ねぇ!いいこと教えてあげるわ。あなたはまだ死んで間もないから、現世の誰かに一度だけ話をするチャンスがあるかも。強く願えばね。あなたの声が届くはず。」
「僕の声が?·······」
「ええ。目を閉じて、心の中でその人のことを想ってみて。」
 ウィルは目を閉じた。会いたい相手は一人しかいない。

 ナタリーの姿が見えた。喪服を着て、ウィル達の葬儀を執り行っている。憔悴した彼女の肩をフィリップが抱き抱えているのを見て、ウィルは兄を呪い殺してやりたくなった。自分を殺し、ナタリーを手に入れようとした卑劣さを心底軽蔑した。しかし、殺人までしても、結局彼女は手に入らない運命なのだから、兄も気の毒なものだとウィルは思った。
 場所は変わり、ナタリーは寝室のベッドに横になっていた。目を閉じたり開けたりして、まるでウィルのことを待っているかのような様子に心が痛くなり、ウィルは思わずナタリーに呼び掛けた。

『ナタリー』

 声が届いたのか、ナタリーはベッドから飛び降りると、窓を開けてウィルの名を呼んだ。
「ウィル······どこにいるの?隠れてないで出てきて!」
 彼女を悲しませてしまった自分が許せなかった。今すぐに抱き締めたいのに、そこに存在していないウィルができることなど何もなかった。残りの彼女の人生を幸せに生きられるよう、最後の言葉をかけるべきだ。
『僕のことは忘れて幸せになってね。』
『いつも側にいるよ。心配しないで人生を生きて。』
 かけるべき言葉がいくつも浮かんでは消えた。生前の自分であれば言いそうな言葉の数々。しかし、ウィルが最後にナタリーに掛けた言葉は、嘘偽りない彼の本心だった。

『ここだよナタリー。泣かないで。おいで。』

 あぁ、僕も兄と変わらない。卑劣で浅ましい殺人者だったんだ。僕はきっと、彼女が来ても一緒にはいられないだろう。生きるはずの人の運命を、死者が変えたのだから許されるはずがない。

 それでも、彼女が最後に思い浮かべたのはきっと自分だっただろう。それだけで暗い幸福感に包まれた。
 彼女の中で、自分の存在が上書きされ時と共に薄れていくなど耐え難いことだ。

「ごめんねナタリー。愛してる。」

 ウィルはそう呟くと、涙が頬をつたった。彼女が何者でも、自分が悪霊でも構わない。ウィルはゆっくりと目を閉じた。
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