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私と最愛の魔法使い~王女様、私の夫に惚れられても困ります!~

分岐点2 独り立ち

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 その日、1日の仕事を終えたナタリーは、アッシュの部屋を退出しようとしていた。アッシュはナタリーを見ずに「おやすみ」と言い手を上げたが、ナタリーはここ数日のアッシュの態度から、アッシュは自分よりもエステルを選ぶのではないかという不安に駆られていた。
 部屋から出ようとドアノブに手を掛けようとしたが、手を下ろしアッシュに向き直った。
「??ナタリーどうした?」
 不思議そうにナタリーを見ているアッシュの目の前まで歩いていくと、ナタリーは突然身を屈め、座っているアッシュの唇を奪った。一瞬驚いたアッシュだったが、すぐに引き離すことはせず、少しの間ナタリーと唇を重ねた後、ゆっくりと顔を話した。
「········ナタリー?」
 ナタリーは思い詰めたような表情をしていたが、意を決して顔を上げた。
「アッシュ様は、私のことが好きですか?」
「··········何?急になんなんだ?」
「私はあなたが好きです。だから、今までの····その、キ、キスがただの戯れや、治療的行為なら────」
「俺が好き?本気で言ってるのか?」
 アッシュはナタリーへの想いにこの時はまだ自分でも気付いていなかった。執着めいたものはあったが、自分に人を愛する感情があると思えなかったし、ましてやナタリーからアッシュ自身が好かれているなどとは全く考えなかった。
「·····はい。本気です。」
 ナタリーは着ていた服の前ボタンを外し、侍女服を脱ぎ下着姿になった。
「······!!何やってる。服を着ろ。」
 アッシュはナタリーを見ないよう目線を外し、呆れたような声を出した。アッシュにしては珍しく焦っているようだった。
「公私混同して申し訳ありません。侍女失格ですよね。でも、私の体を見て何も感じないのなら······今後一切私には触れないでください。」
「──────ナタリー·······」
 しばしの沈黙がアッシュの答えだと悟ったナタリーは、脱いだ服を着て部屋を出ていこうとした。
「待てナタリー。」
 呼び止められたナタリーは、アッシュに背を向けたまま言った。
「明日の朝出ていきます。職務放棄してごめんなさい·······私はここにはいられません。」
「出ていく?出て行ってどこに行く気だ?当てもないだろう。」
「私はもう子どもじゃありません。どこへだって行けます!ご心配してくださらなくて結構です。」
 ナタリーはそう言うと、まだ何かしら言おうとするアッシュを残し部屋を出ていった。出ていくと言い出したナタリーに当惑したアッシュだったが、自分に対し怒ったような、失望したようなナタリーにこれ以上何を言えばいいのか分からなかった。

 翌朝、荷造りを終えたナタリーは、一言アッシュに別れの挨拶をしようと部屋をノックした。
 アッシュは不機嫌そうな様子で立っており、大きな荷物を持ったナタリーを見てため息をついた。
「ナタリー······意地を張るな。考え直せ。」
「いえ。もう決めたことです。今までお世話になりました。」
 まさかこんなに唐突に、アッシュの元を去る日が来るとはナタリー自身も考えてはいなかったが、元々ナタリーの意向は無視してここに連れてこられたようなものだ。常に側にいることでアッシュに依存してしまっている自分が嫌で、一度距離を置いて暮らしてみたかった。
「そこまで言うなら分かった。·········ただし、住まいが決まるまではジークリートが同行する。」
「い、いえ、結構ですそんな!わざわざそんなことのためにジークリート様を使わせないでください。」
 居場所を知られたくなかったので慌てて断ったが、アッシュもここは引かなかった。ナタリーが出ていくことを許したのは、一度ナタリーの好きにさせ、時間を置いて説得すれば戻ってきてくれると考えていたからだった。

 結局ナタリーは断り切れず、魔法塔を出る際、ジークリートが同行してきた。行き先は昨夜急遽決めたのだが、以前からいつか行ってみたいと思っていた水の都、フィガロに行くことにした。有名な観光地であるし、何かしら仕事も見つかりやすいと思ったのだ。
 ジークリートはフィガロに行ったことがあるらしく、移動魔法で飛べるとのことだった。これでは何もかも一人でやると決めた意味がないと思いながらも、まずはフィガロで仕事と住む場所を探すことにした。
 職安所に行き情報を見たが、これといってピンとくるものがなかった。
 とにかく街を歩いてみようと思いブラブラ散策していると、雰囲気のよい花屋が目に入った。何となく中に入ってみると、中年の女性が忙しそうに商品の入れ替えをしていた。
 これも何かの縁かと思い、ナタリーは思いきって女性に話し掛けた。
「あの······」
「!!いらっしゃいませ!すみません、気が付かずに·····実は先月主人が突然亡くなってしまって、お店のことをすべて一人でしなければならなくなりてんやわんやで·····」
 女性は髪が乱れ、顔色も悪かった。なんだか疲れているようだ。
「それはお辛いですね。あの·····失礼ですが、私仕事を探しています。何でもしますので、ここで雇っていただけませんか?」
 女性は驚いたようだったが、ナタリーの人柄が気に入ったらしく、すぐに嬉しそうな顔になった。聞けば、人手が欲しかったが求人を出す余裕もなかったらしい。
「家も探してるなら、私の家に住む?主人がいたから2人ならすぐに住めるし····しばらくお給料は少ししか出せないから、家賃はいらないわ。」
 幸運なことに、仕事と家が同時に見つかりナタリーはすごくありがたかった。すぐに店の外で待っていたジークリートに話すと、「花屋で働くのか·····一緒に住むのは女性だな!それならとりあえず大丈夫だ。アッシュ様に報告できる。それじゃあナタリー、元気でな。また来る。」と言い帰っていった。

 それから、花屋の仕事をすぐに覚えたナタリーは、店主の女性イレルとも上手くやっていた。イレルは接客は得意だが数字に弱く、商品管理や経理はナタリーが担当していた。店頭で接客をするのも楽しく、ナタリー目当てに会いにくる客も多かった。
「あなたが来てくれて本当に助かったわ!売上も伸びたのよ。しょっちゅう花を買いにくる男性が何人かいるでしょ?あの人たちね、花をあげる相手なんて絶対にいない。完全にあなたに会いに来てるわね!だって、私が一人で店頭にいるとあからさまにがっかりして何も買わずに帰っていくのよ?失礼しちゃうわよね。」
 たまたまジークリートが様子を見に来ている時にイレルがその発言をしたものだから、ジークリートは「面倒なことを聞いてしまった······」と頭を抱えていた。

 そうして3ヶ月ほどした頃、定期的に様子を見に来ていたジークリートに代わり、意外な人物がナタリーを訪ねてきた。
「え······ウィル??」
「ナタリー久しぶり!すごく楽しそうだね。なんだか羨ましいよ。」
 ナタリーは、久しぶりの友との再会に心を踊らせた。
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