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私と最愛の魔法使い~王女様、私の夫に惚れられても困ります!~

今でも

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「そんなことよりナタリー。こっちに来て座れよ。」
 アッシュからソファーの隣をポンポンと叩かれ、隣に座るよう促された。ナタリーには侍女時代の癖が染み付いているのか、何となくアッシュの言うことに未だに逆らえないところがあった。
 ナタリーはおずおずと近付くと、少し離れてソファーの端に座った。
「何でそんなに離れる?」
「いいの!───アッシュ······石になってたんでしょ??それってどんなかんじ?」
「『無』だな。何も覚えてない。俺からすれば、お前と教会で別れたのが数日前の感覚だ。俺だけが置き去りで気がついたらすべてが変わってた。ナタリーを手に入れたと思ったのに、ウィルとよりを戻してたことが一番衝撃だったな。これでも傷付いてる。」
 ナタリーは何といっていいか分からなくなり黙ってしまった。
「·······ごめんなさい。私待ってたのよあなたのこと。でもエステル様の訃報を知って、死んだってことに納得してしまったの。ボロボロの時にレイが側にいてくれて、以前と変わらず優しくしてくれた。本当に都合がいい話なんだけど·····全部受け入れてくれた彼を愛してる。」
「俺よりもウィルが好きか?」
 アッシュに確信をついたことを聞かれ、ナタリーは狼狽えた。
「正直言うと、気持ちの整理ができてない。でも、私にとっても子ども達にとってもレイは大切な家族なの。離れ離れになることは考えられない。」
「じゃあ俺は?消えた方がいいか?」
「アッシュ·····!お願い。そんなこと口にしないで。今日やっと生きてるって分かったのに、またどこかへ行ってしまうの??男女の仲じゃなかったら、私と一緒にいる意味はない?」
「··········それは、只の幼馴染に戻るという意味か?」
「───うん。ひどいこと言ってるわよね私。」
 ナタリーが辛そうな表情をしているのを見て、アッシュは天井を見上げため息を着いた。
「まぁでも·······俺は側にいなかったからな。何の力にもなれなかったし、子どもを抱いたことすらないな。」
 自虐的な乾いた笑いをするアッシュを、ナタリーは切なそうに見つめた。
「分かった。お前が望むならそれでいい。でも、子どもには時々でいいから会わせて欲しい。いきなり俺が本当の父親だなんて言うつもりはないから安心しろ。只の両親の知り合いでいい。いつか本当の父親が誰か本人が違和感を持った時、俺は自然に受け入れてもらえる存在でいたいんだ。」
 アッシュはもっとナタリーに対して怒るか、失望するかと思っていたので、すんなり幼馴染みに戻るという提案を受け入れたことが意外だった。アッシュへの愛は当然残っていたが、子ども達のことを考えるとこれ意外の選択肢は考えられなかった。ナタリーはレイも愛しているし、2度も裏切ることは死んでもできなかった。しかし、ナタリーが言ったことであるのに、アッシュが恋人ではなくなるということがひどく寂しく切ない気持ちになり、そんな自分がすごく嫌になった。
「ありがとうアッシュ·····分かってくれて。あなたのこと、本当に······大切だと思ってる。」
 愛していたという言葉をナタリーはぐっと飲み込んだ。過去形ではなく、ナタリーは今も彼を愛していたし、『愛』は幼馴染みに使う言葉ではないからだ。
「ああ。俺もお前が誰よりも大切だよ。·····最後に抱き締めてもいいか?」
「え?」
「それぐらい許して欲しい。」
 アッシュに真剣な目で見つめられ、ナタリーはゆっくりと頷いた。
 アッシュの長い腕に抱き締められると、懐かしい彼の体温と匂いがし、ナタリーの心は4年前のあの日に帰っていた。愛しさが込み上げ、心が引き裂かれそうになった。アッシュの胸に顔を埋め、声を殺して泣いているとアッシュが一瞬体を離した。ナタリーが顔を上げた瞬間、ナタリーの唇はアッシュに奪われた。驚いたが、ひどく優しいキスで、ナタリーはすぐにうっとりと目を閉じた。アッシュの舌が口内に入り込んできた為、ナタリーはハッとして慌てて体を離した。
「悪い。止まらなくなった。」
「···········ううん!私こそごめん!───そろそろ寝ない??アッシュは·····ソファーでもいい?」
 いたたまれなくなったナタリーは、あせあせしながら部屋の中を歩き回った。
「じ、じゃあアッシュ、おやすみ!!」
 ナタリーは動揺しながら寝室に入りドアを閉めた。顔が紅くなり、このままアッシュの顔を見ていられなくなった。

 ソファーにゴロンと横になったアッシュは、心の中が嵐のように吹き荒れていた。
 ナタリーの『幼馴染みに戻りたい』という提案を受け入れたのは、現状アッシュがレイに勝てる要素が1つもなかったからだった。4年のブランクは大きく、ましてや人嫌いで子ども嫌いのアッシュが父親になるなど、誰が聞いても無理だと言うだろう。ここで駄々を捏ねるのはナタリーに嫌われかねないし、既にアッシュよりも年上になってしまったレイに余計に負けている気がして嫌だった。
 内心、只の幼馴染みに戻り、ナタリーとレイが子ども達と幸せそうに暮らすのを見守ることなど到底できそうもなかったが、焦っては何も手に入らないと分かっていた。ナタリーは絆されやすく優柔不断だ。時間をかけて側にいれば、いずれはアッシュにもチャンスが巡ってくる可能性があると考えての行動だった。
 しかし、先程のナタリーの反応を見てアッシュの心は揺らいでしまった。ナタリーがアッシュに対して愛情は薄れてしまったのだと思っていたが、抱き締め、キスをした時の表情や仕草が、今でも彼女がアッシュを愛しているということがはっきりと分かってしまったからだった。
 今すぐにあの扉を開け、彼女を抱きたいという欲望と、ナタリーを困らせ嫌われたくないという理性が葛藤していた。さらにいうと、アルヴェインの血のせいなのか、ナタリーの誘うような色気が以前よりも強くなっていることは明らかで、それに直接当てられたアッシュは、ナタリーへの独占欲とレイへの嫉妬心が湧き上がり、収まりがつかなくなってしまった。
 ウィルだった頃のレイは、楽観的で周りより賢い、平和主義者な青年であったが、アッシュに対して敵意を隠そうともしない今のレイが、アッシュにとっては少し意外だった。人はこうも変わるものかと思っていたが、レイが今のナタリーと毎日接していることを考えれば、むしろレイは理性を保てている方だ。元々激しい気質のアッシュが、ナタリーが他の男といちゃつくのを見てどうなってしまうのか自分でも怖くなった。

 アッシュは一晩中悶々とし、ほとんど寝れないまま朝を迎えた。しかしいつの間にか寝ていたようで、ナタリーに体を揺すられ、声をかけられた。
「アッシュ·····起きてアッシュ。そろそろレイが帰ってくるかも。子ども達も起きるし。」
 目を開けた瞬間、顔を覗き込んでいるナタリーが驚くほど美しく扇情的で、アッシュはそのまま抱き締めたい衝動に駆られたが、寸前のところでぐっと堪えた。
「あぁ。世話になったなナタリー·····じゃあ、また───」
アッシュはできるだけナタリーを視界にいれないようにし、すぐに家を出ていった。
アッシュの頭の中には、アルヴェインが死ぬ間際に言った『魔族の血を引く者と関係を持ったら、底無し沼に落ちる』という言葉が脳裏に焼き付いて離れなかった。


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