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私と最愛の魔法使い~王女様、私の夫に惚れられても困ります!~

引力

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 ノーテルはレイの同僚だったから、家に上げないのも失礼かと思ったのだが、レイに注意されていた言葉を思い出し、このナタリーの行動がレイとの約束を破ったことになるのではないかと心配になり始めた。
 先程、ノーテルから目が離せないと言われたことに対して愛想笑いをし、早めに帰ってもらおうと適当な理由を探した。
「ノーテルごめんなさい。エレンがお昼寝の時間になってしまって·····」
 アリシアが「エレンのお昼寝はまだでしょ~!!おじさんと遊びたい!!」と駄々をこねていたが、ノーテルは了承し、玄関先まで歩いていった。
「今日はありがとう。これからも主人をよろしくお願いします。」
 ナタリーが形式的に挨拶をすると、ノーテルは「ああこちらこそ。」と言い、帰ろうとした。帰り際、ノーテルが何かをいい忘れたかのようにナタリーの方に振り返った。
「ナタリー。レイはその·····嫉妬深いだろ?疲れない?」
「え?」
「君みたいな人が一人に縛られているのは勿体ないよ。····俺で良ければ──どうかな?」
「い、いえ!とんでもないです。今のは聞かなかったことにします····!」
 ナタリーは慌てて否定し、一歩後ろに後ずさった。なんてことを言うのだろう。
「·····そうか。気が向いたら教えて。また来るよ。」
「いえ·····!もうここには───」
 ナタリーがもうここには来ないで欲しいと言おうとしたが、ノーテルは足早に立ち去ってしまった。
 (どうしよう·····レイに話したら絶対に怒られる。それに仕事もやりづらくなるだろうし。)

 その日の夕方、任務から帰ってきたレイに、ナタリーは今日の出来事を話し出す機会を伺ってドキドキしていた。しかし、アリシアが
「今日おじさんが来てアリ遊んでもらった!」
 と先にレイに話してしまった。
「──アリシア、おじさんって?どのおじさん?」
「眼鏡の!お父さんと一緒に前にきた人!」
「ノーテルさんが近くまで来たからって立ち寄ってくれたのよ。少し話して帰ったわ。」
 ナタリーはどこまで話していいのか分からないまま、レイに事情を説明した。
「それって家の外で話したの?」
「···いえ、庭のベンチで。レイの同僚の方だったから、立ち話も失礼かと思って·····」
 ナタリーが消え入りそうな声で言うとレイは小さくため息をついた。
「ナタリー。前に言っただろ?男と話すのも駄目だし、家に人は入れないでって。それで?ノーテルは君に何か言ってきた?僕が任務だったことは知ってるはずだし、この近所に他の用があるわけない。わざわざ君に会いにここに来たんだよ。」
「あー····少しお話して、──帰り際にまた来るって。」
「ナタリー。隠さないで全部話して。」
 レイはナタリーが誤魔化していることをお見通しだ。これ以上うやむやに伝えることに意味はないとナタリーは思った。
「───私に、相手が···つまり、夫一人じゃ勿体ないというような変なことを言われて····自分ならどうかって。もちろん否定したのよ!それに、私あの人を誘ったつもりなんて全くないし、世間話をしてただけなの。そんなこと言う人だと思わなかった。レイ、お願い誤解しないで····」
 レイは髪をかきあげ、下を向いた。ナタリーにはこの沈黙が怖かった。
「僕が気が緩んであの男を連れてきたのが悪かったんだ。君のせいじゃない。·····でも、さっき言ったことは守って欲しい。」
「──うん。分かった。」
 ナタリーは肩を落とし頷いた。まるで自分がところ構わず男を誘う色情狂にでもなった気分だ。ただ普通に生活しているだけなのに、家族に迷惑をかけてしまう。以前セントラルで暮らしていた時は、アッシュが張り付いていたから大丈夫だったのか、ここ最近で自分自身の体に何かが起こったのかはよく分からないが、ナタリーから目に見えない引力のようなものでも出ているのだろうか。
 気まずい雰囲気を変えたくて、ナタリーはアリシアとエレンを連れて風呂に入った。夕食の時もレイとはほとんど会話せず、黙々と食べ終わり、子ども達を寝かし付けたあと早めにベッドに入った。
 ナタリーは一緒に寝室に来たレイに小さく「おやすみ」と言い、背中を向けて寝たふりをした。すると、レイがベッドに入ってきてナタリーを後ろから抱き締めた。
「······レイ、やめて。そんな気分じゃないの。」
「ナタリー···怒ってる?」
「──怒ってない。でも、まるで自分が自分じゃないみたいで──どうしたらいいか分からないの。そのうちレイは私に嫌気が差すと思う。」
「僕が君に嫌気が差す?そんなことあり得ないよ。男を引き寄せるのは、例えば、両親のどちらかが魔族の血を受け継いでたとか····」
「魔族の血····?私の母は普通の人間のはずよ。父親は───『普通じゃなかった』って、母が言ってた。彼に見つめられると、まるで魅了されたみたいになって関係を持ってしまったって。」
「·····人を魅了する力がある魔族なら、妖魔とか夜魔(サキュバス)とかかな。魔法使いにもかなり珍しいけど時々いるんだ。先祖が魔族で、血はかなり薄くなっているのに時々魔族の特性が色濃く出てしまう者が。例えば、昔事件を起こしたアルヴェイン·······」
 レイはそこまで言いかけ、はっとしたような表情になり言葉を濁した。
「いや、勘違いだった。ナタリーはきっと関係ないよ。」
 レイは、貴族一家惨殺を起こしたアルヴェイン・ウォレスが確か夜魔の末裔だったことを思い出した。失踪時期がナタリーの年齢と近かったことに気がつき、たまたまだとは思うが、ナタリーには余計な心配をさせたくなかった為、あえて名前を出さなかった。
「ナタリーは、アリシアとエレンと僕の側にずっといて。どんなやつも、君に近付けさせないよ。僕のこと嫉妬深くて心が狭いと思うかもしれないけど······分かって欲しい。」
「うん。分かってるわレイ。あなたを愛してる。」
 ナタリーはギュッとレイに抱き付き、耳元で囁いた。
「抱いて····何も考えられないくらい。」
 劣情を煽られたレイは、ナタリーを乱暴に押し倒し彼女の甘美な体を貪った。
 (こんなに一緒にいるのに、日に日に彼女に溺れていく僕は、魅了されているんだろうか。·····別にどちらでもいい。僕は彼女のものだ。)
 レイはナタリーの目の奥の妖しい揺らぎをみると、目の前の彼女のことしか考えられなくなった。
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