上 下
88 / 121
私と最愛の魔法使い~王女様、私の夫に惚れられても困ります!~

夢の中で

しおりを挟む
 ナタリーとアッシュの子どもは、アッシュの名前にちなんで『アリシア』と名付けられた。アリシアは白銀の髪を持つ神秘的な容姿をした女児で、どこからどう見てもアッシュの子だった。
 ナタリーはアリシアを初めて見たとき、ひどく奇妙だが、アッシュがナタリーの子どもとして生まれ変わってきてくれたのではないかという錯覚に陥った。そんなはずはないと自身でも分かってはいるのだが、それほどアリシアはアッシュに似ていた。

 アリシアとの生活は、赤ん坊を育てた経験のないナタリーにとって苦難と忍耐の連続だったが、無垢で小さな手や紅いぷっくりとしたほっぺを見ていると、堪らなく愛しく幸福な気持ちになった。アッシュの死を知り自暴自棄になった時、もしも自ら命を絶つという選択をしていれば、ナタリーはこの子に会えていなかったと思うと本当にゾッとした。

 アリシアが3ヶ月になる頃には子育てにも慣れ、少し余裕が出てきたナタリーだったが、そのことによって、再び夜になると悲しみに襲われる日々が始まった。

 夢の中にはアッシュやエステルが出てくることもあれば、ケイリーやジークリート、懐かしい魔法使いの仲間が出てくることもあった。
 そして、ナタリーの心の中で、アッシュと共に忘れることができないウィルもまた、頻繁にナタリーに夢の中で話しかけてくるようになった。夢の中ではウィルとナタリーは、フィガロで暮らしたあの家で、夫婦仲良く話ができた。

 ウィルは寂しそうに笑いながら、ナタリーに話しかけてきた。
「·····ナタリー久しぶり。僕のこともう忘れちゃった?」
「ウィル。······元気??忘れてなんかないわ。王女様にひどい目に合わされてない?私はもうひどい有り様。自業自得よね。あなたを裏切ってアッシュを選んだのに、アッシュは遠くへ旅立ってしまった。今は産まれたばかりの子どもと2人きり。」
「僕は君を忘れたことは1日だってないよ。ナタリーがあの人を選んだのはすごくショックだけど·····でもそれは仕方ない。僕は君を守れなかったんだから当然の結果さ。·····辛い時に側にいれなくてごめんね。」
「どうしてウィルが謝るの?私のことは忘れて、ウィルは幸せになって。もう私に関わってはダメよ。私は疫病神なの。そのせいでアッシュは死に、あなたは苦境に立たされた。」
「ナタリー、自分を責めないで。僕は君を愛してるんだ····あの時言っただろ?どんなことがあっても、愛してるのは君だけだって。僕の気持ちまでなかったことにしないで。」
 ナタリーは涙を流しながら、ウィルの頬を撫でた。
「私を許さないでほしいのウィル·····私はあなたに愛される価値はないわ。元気で、さようなら私のレイ。」
 レイの美しい瞳から一筋の涙が流れた。ひどく悲しそうなレイを見ると、シェリーもひどく心が痛み、駆け寄りたくなったがぐっと堪え、フィガロの家を出ていった。

 ナタリーははっと目を覚ました。

 アリシアはまだすやすやと寝息を立てて寝ている。ナタリーも気が付いたら寝てしまっていたようだ。
 それにしても、何と自分に都合のいい夢だろうか。これがナタリーのウィルに対する願望ならば、本気で自分が嫌いになりそうだ。ナタリーがウィルを捨てたくせに、アッシュが死んでしまった後は、ウィルに自分を許してほしい、まだ愛していて欲しいという自分勝手な願望でもあるというのだろうか。
 ナタリーが頭を抱え、罪悪感からしばらくうずくまっていた時だった。

 ドアをトントンと軽くノックされた。

 エルがいつものように様子を見にきてくれたのだ。
 ナタリーはすぐにドアを開け、エルを迎え入れようとした。
「──エル、朝からごめんなさい。いつもありが·····と───」
「────ナタリー久しぶり。じゃないか。夢の中であったよね。」

 扉の前に立っていたのは、1年前のあの頃と変わらない、ナタリーが愛した魔法使いウィルだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

正室になるつもりが側室になりそうです

八つ刻
恋愛
幼い頃から婚約者だったチェルシーとレスター。しかしレスターには恋人がいた。そしてその恋人がレスターの子を妊娠したという。 チェルシーには政略で嫁いで来てもらわねば困るからと、チェルシーは学園卒業後側室としてレスターの家へ嫁ぐ事になってしまった。 ※気分転換に勢いで書いた作品です。 ※ちょっぴりタイトル変更しました★

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

うちの王族が詰んでると思うので、婚約を解消するか、白い結婚。そうじゃなければ、愛人を認めてくれるかしら?

月白ヤトヒコ
恋愛
「婚約を解消するか、白い結婚。そうじゃなければ、愛人を認めてくれるかしら?」 わたしは、婚約者にそう切り出した。 「どうして、と聞いても?」 「……うちの王族って、詰んでると思うのよねぇ」 わたしは、重い口を開いた。 愛だけでは、どうにもならない問題があるの。お願いだから、わかってちょうだい。 設定はふわっと。

さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~

遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」 戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。 周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。 「……わかりました、旦那様」 反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。 その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。

隣の芝は青く見える、というけれど

瀬織董李
恋愛
よくある婚約破棄物。 王立学園の卒業パーティーで、突然婚約破棄を宣言されたカルラ。 婚約者の腕にぶらさがっているのは異母妹のルーチェだった。 意気揚々と破棄を告げる婚約者だったが、彼は気付いていなかった。この騒ぎが仕組まれていたことに…… 途中から視点が変わります。 モノローグ多め。スカッと……できるかなぁ?(汗) 9/17 HOTランキング5位に入りました。目を疑いましたw ありがとうございます(ぺこり) 9/23完結です。ありがとうございました

虚弱で大人しい姉のことが、婚約者のあの方はお好きなようで……

くわっと
恋愛
21.05.23完結 ーー 「ごめんなさい、姉が私の帰りを待っていますのでーー」 差し伸べられた手をするりとかわす。 これが、公爵家令嬢リトアの婚約者『でも』あるカストリアの決まり文句である。 決まり文句、というだけで、その言葉には嘘偽りはない。 彼の最愛の姉であるイデアは本当に彼の帰りを待っているし、婚約者の一人でもあるリトアとの甘い時間を終わらせたくないのも本当である。 だが、本当であるからこそ、余計にタチが悪い。 地位も名誉も権力も。 武力も知力も財力も。 全て、とは言わないにしろ、そのほとんどを所有しているこの男のことが。 月並みに好きな自分が、ただただみっともない。 けれど、それでも。 一緒にいられるならば。 婚約者という、その他大勢とは違う立場にいられるならば。 それだけで良かった。 少なくとも、その時は。

「おまえを愛している」と言い続けていたはずの夫を略奪された途端、バツイチ子持ちの新国王から「とりあえず結婚しようか?」と結婚請求された件

ぽんた
恋愛
「わからないかしら? フィリップは、もうわたしのもの。わたしが彼の妻になるの。つまり、あなたから彼をいただいたわけ。だから、あなたはもう必要なくなったの。王子妃でなくなったということよ」  その日、「おまえを愛している」と言い続けていた夫を略奪した略奪レディからそう宣言された。  そして、わたしは負け犬となったはずだった。  しかし、「とりあえず、おれと結婚しないか?」とバツイチの新国王にプロポーズされてしまった。 夫を略奪され、負け犬認定されて王宮から追い出されたたった数日の後に。 ああ、浮気者のクズな夫からやっと解放され、自由気ままな生活を送るつもりだったのに……。 今度は王妃に?  有能な夫だけでなく、尊い息子までついてきた。 ※ハッピーエンド。微ざまぁあり。タイトルそのままです。ゆるゆる設定はご容赦願います。

婚約破棄されたから能力隠すのやめまーすw

ミクリ21
BL
婚約破棄されたエドワードは、実は秘密をもっていた。それを知らない転生ヒロインは見事に王太子をゲットした。しかし、のちにこれが王太子とヒロインのざまぁに繋がる。 軽く説明 ★シンシア…乙女ゲームに転生したヒロイン。自分が主人公だと思っている。 ★エドワード…転生者だけど乙女ゲームの世界だとは知らない。本当の主人公です。

処理中です...