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私と最愛の魔法使い~王女様、私の夫に惚れられても困ります!~

受け入れられない現実

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 ナタリーは、王族の居住地にある一室のベッドに寝かされていた。
 ナタリーが目を開けると、心配そうにナタリーを見守るエルと、ルイーゼが目に入った。
「·····ナタリー!!気が付いたのね。急に倒れるからびっくりしたわ!お腹の子は無事だって·····!」
 ナタリーが体を起こすと、ルイーゼが駆け寄ってきて、無理をするなと諌めた。
「一体どうしたんだナタリー。先程の話が····君と関係があるのか?」
 ナタリーは虚ろな目で答えた。信じたくない真実を知り、ナタリーの心はぽっかりと穴が空いていた。
「────聖女様が亡くなったと·····聖女様とアッシュは、誓いを立てていたんです。口約束ではない、命をかけた誓約の魔法·····『死ぬときは一緒』だという婚姻の誓いです。」
 ルイーゼは眉間にシワを寄せた。
「どういうことだ?聖女様とアッシュ様は、共に死ぬ誓いを立てていたと!?」
「はい······本人の意思で一緒に死ぬ、ということではなく、どちらかが死ねば、もう片方も同じ時に鼓動が止まる魔法なのです。つまり、聖女様が亡くなったということは、アッシュはもう········」
 ナタリーはそこまでいうと、言葉を続けることができなくなった。この半年以上もの間、アッシュの帰りを待ち続けたが戻っては来なかった。もしや、何かに巻き込まれ戻ってこれなくなったのではないかという考えがよぎったが、アッシュは必ず帰ると約束してくれた。その言葉を信じてなんとか生きてこれたのだ。
 魔法の誓いは絶対だ。魔法使いではないナタリーにも分かる。アッシュがすごい魔法使いだとしても、婚姻の誓いに例外はないと以前アッシュ本人から聞いたことがある。だからこそエステルは婚姻にこだわっていたということも。

 幼い頃の生意気なアッシュの顔が浮かんだ。大魔法使いだった頃の偉そうな態度や表情、時折ナタリーを気遣うような優しげな顔、廃墟となった教会で過ごした二人だけの密月、すべてのアッシュがナタリーの頭の中に浮かんでは消えていった。
 (私の幼馴染はもういない·····私の愛する魔法使いはこの世にいない───)
 ナタリーはショックを受け、事実を受け止めることができなかった。アッシュが死んだということに現実感がなく、涙も出てこない。ただただ何もない空を見つめていた。
 ルイーゼもアッシュの悲報にひどくショックを受け、フラフラとイスに座り込み、頭を落とし言葉が出ないようだった。
 エルはナタリーの背中を擦り、呆然としているナタリーを抱き締めていた。

 それからのナタリーは、まるで生きる屍のように過ごしていた。窓際のイスに座り、ぼーっと窓の外を眺めていたかと思うと急に泣き出したり、エルが言わなければ食事を取ることもしないような日々が続いた。
 見かねたエルはナタリーの肩を掴み、強い口調で諭した。
「ナタリー!あなたらしくないわ。しっかりしてよ!あなたの恋人が亡くなって悲しいのは分かるけど····お腹の赤ちゃんはどうするの!?その子にはあなたしかいないのよ!!」
 ナタリーはエルを見て、悲しそうに笑った。
「エル·····そうよね。分かってるの。私がしっかりしなきゃいけないって分かってる。でも、何もする気が起きないの·····あの人がこの世にいないんだと思うと、私もそっちへ行きたいと思ってしまうの。聖女様とアッシュが一緒に天国へ上がっていく夢を見た───私、聖女様がすごく羨ましい·····あの人と美しい世界でずっと一緒にいられるんだから。情けないわよね。」
 エルは何と言葉をかけていいか分からなかったが、ただただナタリーを優しく抱き締めた。
「ナタリー····あなたは一人じゃないわよ。今は辛いかも知れないけど、時が経てば、悲しみは薄れて思い出に変わるわ。私も、私の子ども達も、あなたのお腹にいるその子も、ずっと側にいる。」
 ナタリーは抱き締めてくれているエルの腕にすがり付き、母親を求める子どものように泣きじゃくった。
 ナタリーの不安定な状態はしばらく続いたが、臨月となり出産が間近になると、自身の中で息づいている新たな命を守らなければならないという母親の覚悟のようなものが芽生え、『しっかり者で頑張り屋のナタリー』を取り戻しつつあった。しかし、以前のように朗らかに笑うことは少なくなり、憂いを含んだ表情を見せることが増えた。

 そして、満月の夜に陣痛が始まり、翌朝、ナタリーは元気な女児を出産した。
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