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私と最愛の魔法使い~王女様、私の夫に惚れられても困ります!~

失意のナタリー

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「イースとジークリートは戻っていいわよ。私はウィルと戻るわ。」
 王女がそういうと、ジークリートとイースは席を立ち、部屋を出ていった。

「やっと2人きりになれたわねウィル」
 王女が、先程の声色とは違う媚びたような声を出した。テーブルの下からは2人の足元しか見えないが、王女がウィルの側にきたのが分かる。
「あなたの部屋は、私の部屋の隣よ。結婚するまでは交われない王家の掟があってね。残念だけど······でも、交わりさえしなければ、他のことは何をしてもいいの。」
「───初めて見た時から、あまりに美しいので僕の頭から離れませんでした。王女様と聞いて、納得です。」
「───私の望みをすべて満たしてね、ウィル」
「はい。王女様、喜んで。」
 2人がゆっくりと口付けしたのが分かった。交わらないとしても、部屋に戻って何をするのかはナタリーは大方想像がつく。
 ウィルはここに来る前に、ナタリーに言った。
『何を言ったとしても、それは本心じゃない。愛しているのはシェリーだけ。』
 ナタリーはその言葉を頭の中で反芻し、張り裂けそうな心を押し込めた。

 2人の足音が遠ざかり、バタンと扉の閉まる音がした。
 ナタリーがうずくまったまま、床の一点を見つめ動かないでいると、アランがヒソヒソ声で声をかけてきた。
「アレクシア、気が付かなかったね!····ナタリー、どこか痛いの?」
「·······いいえ、殿下、大丈夫ですよ。ただちょっと、立ち直るのに時間がかかりそうです。」
 ナタリーが笑顔を見せると、アランは安心してナタリーの頭をさわさわとなでた。
「ナタリーが悲しくなったら、僕がいい子してあげるからね。」
「──ありがとうございます。殿下、ギース様が心配します。離宮に戻りましょう。」
 アラン王子の子どものような優しさに触れ、少しだけ心が癒された。

 アラン王子とナタリーは元来た地下通路を通り、離宮に戻った。2人が帰ると、ギースは呆れて「殿下、ナタリーを殺したいのですか!?かくれんぼは当分禁止です!!」と顔を真っ赤にして怒っていた。

 翌日から、ナタリーは、アラン王子の侍女として仕えることになったが、一般的な主人に従事する侍女の仕事ではなく、アラン王子の遊び相手になることが多かった。体力が有り余っている王子は、一日中ナタリーを遊びに連れ回し、まともに付き合っているだけでヘトヘトになった。
 最も怖いのはかくれんぼで、今にも王女とでくわすのではないかという恐怖があったが、『かくれんぼをしている』という名目で、王宮の中を探索できるのは、唯一良い点だった。
「アラン殿下は、かくれんぼをしているときに、魔法使い達に会ったことがありますか?」
「魔法使い?·····えっとぉ、最近、罪人ではなさそうな人たちが、たくさん連れて来られているのは見たよ!でもそれが魔法使いの人たちかは分かんない。ナタリーは魔法使えるの!?僕見てみたい!!」
「本当ですか!?それは、どの部屋だったか覚えていますか!?」
「確か、王宮の一番外れにある、『赤い塔』だったと思う!でも、あそこは誰も近寄らないよ。怖い人がたくさんいるし、お化けも出るしね!夜探検してみる!?」
 アラン王子は最高だ。本当は一人で連れてこられた魔法使い達を探したいが、アラン王子は王宮内に精通しているし、万が一見つかっても遊んでいたと言い訳ができる。
「はっ!アラン隊長!それでは、月が一番上に登った真夜中にお迎えに上がります。ミッションは、怖ーい肝試しと、隠された魔法使い探しです!」
「ラジャー!!」

 ◇

 そして真夜中、アラン王子とナタリーは、目立たないよう黒いローブを羽織り、『赤い塔』へ向かった。真っ暗闇の王宮は、少数の見張りがいるものの、昼間とは裏腹にしーんと静まり返っており、ひどく不気味だった。無念に死んでいった亡者の亡霊が本当に出てきそうである。

 ナタリーは小声でアラン王子に話しかけた。
「殿下、何故『赤い塔』というのですか?」
「簡単だよ。王宮で処刑を行う時は、『赤い塔』の屋上から罪人を突き落とすんだ。地面に落ちて死んだ罪人の周りは、まるでトマトがグシャッとつぶれたように真っ赤に染まるんだよ。だから、『赤い塔』。僕が見た時なんかは──」
「·······殿下!分かりました!もう大丈夫です!····」
「ほら、ちょうど今僕たちが立っているところが、罪人が落ちて真っ赤に染まる場所だよ。ここだけ草が生えてないだろ?」
 ナタリーが足元を見ると、確かにここ一帯だけ草が生えていない。
「·········ひぃ!!!」
 ナタリーはさすがに怖くなって、アラン王子に抱きついた。
「ははっ!ナタリーは怖がりなんだね。王宮はこういう場所だよ。華やかに見えるかもしれないけど、昔から、血に染まった場所なんだ。」
 ナタリーは、塔の屋上を見上げた。何十メートルあるのだろうか。この高さから落とされれば、地面に落ちたときには人間の原型をとどめていないだろう。ナタリーはゾッとした。
「殿下、早く行きましょう····!どこから中に入れば良いのですか?」
「こっち!」
 石壁の上に、小さな鉄格子の窓がある。鉄格子が古くなって、一部が錆び落ちていた。
「ここから登ろう。高いから、ナタリーが僕に乗って先に上がって。それでロープを垂らして、僕も登る。」
「で、殿下に乗る!?私が殿下を踏むということですか····!?それはできません!私を踏み台にしてください!」
「ダメだよ。僕の方がナタリーより重いし、女の子を踏むなんてできない。」
「いえ!私も殿下を踏むなんてとてもできません───!だから·····」
 2人が言い合いをしていると、見張りの者が近付いてくる足音がしたのでとっさに草むらに隠れた。足音が遠ざかっていき、ほっと息を吐いた。
「ナタリー。いいから早くしよう。見つかっちゃうよ!」
 王子に急かされ、ナタリーは仕方なく、馬跳びの格好になっているアラン王子の背中に乗り、小窓に登った。
 (ああ、私、一国の第一王子を踏んでるのね·····きっとろくな死に方しないわ。)
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