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第七話 手紙

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『イェリへ

 元気にしていますか?
 王都に戻ってから会いにいけなくてごめん。旅先でも、イェリのことばかり考えていました。本当はすぐに会って君を抱きしめたい。
 僕が愛してるのはイェリだけだってことを忘れないで欲しい。

 ルイス』

 イェリはルイスの手紙を読んだ後、混乱して叫びだしそうだった。
 手紙はまるで殴り書きで、ルイスが焦って書いたであろうことが見てとれた。
 なぜこんな手紙を送ってきたのだろうか。なぜ会いにこれないのか、肝心なことが何も書かれていない。愛していると、この状況で言われてもどうしろというのか。

 イェリは、力任せに手紙をグシャグシャに破り捨てた。こんな手紙ならもらわない方が良かった。最近少し心が安定していたのに、それを蹴散らされた気分だった。

 その日は、アクレンと二度目の会う約束をしていた。魅了魔法を解毒する為に必要な材料をアクレンから受け取った後、すぐに薬作りに取りかかり、その日中にアクレンに渡す予定だ。

 イェリの心の中は嵐のように吹き荒れていたが、仕事は仕事としてきっちりとこなさなければならない。
 イェリは両手で頬を強く叩くと、アクレンの待つ部屋へ向かった。

 一週間ぶりに会うアクレンは、以前よりもさらに体調が悪そうで、落ち着かない様子で部屋を行ったり来たりしていた。
「久しぶり、イェリ。言われたものを持ってきた。」
「アクレン様お久しぶりです。確認させていただきますね。えーと、ナスキマの花弁、ネールとかげのしっぽ、聖女様の髪の毛········この短期間でよく揃えましたね?」
 全て一筋縄では揃えられないものばかりだった。アクレンの魅了魔法から解き放たれたいという強い執念を感じた。
「では、今から薬を作りに行きましょうか。時間はかかりません。一緒に見ますか?」
 アクレンは頷いた。その足で一緒に調剤室へ入り、イェリが材料を煮たり、すりつぶしたりするのをアクレンは黙って見ていた。
「不思議だ········」
「え?」
「作り方は他の薬師と全く同じなのに、なぜイェリの作る薬は解毒の効果があるんだろう。竜に噛まれ、君の解毒によって命が助かった兵士が言ってたんだ。『あの子は神の使いみたいだ』って。」
「神の使い········そんなの、私にも分からないんです。魔法使いの先生に聞いたことかあるんですけど、私は気持ちを薬に乗せるのが上手いんじゃないかって。」
「気持ちを??」
「はい。例えば、『解毒してこの人を助けたい!』って強く願えば願うほど、元々私が持ってる魔力が増大した形で薬に作用するのではないかと·······」
「なるほど。興味深いな。だったら、魅了魔法にかかった俺を助けることに気持ちは乗せれそうか?人の命を救うこととは違って、なんだか下らないような気がしないでもない·······」
 本人は悩んでいるくせに、アクレン自身が『下らない』と評したことにイェリは苦笑した。
「下らなくないですよ。人を好きになるのは幸せなことだけど、辛いことでもあります。その人を喪失した時のショックは計り知れないです·····気持ちが乗せれそうか?って質問ですが、今は私にとってベストタイミングです。」
「ベストタイミング??どういうことだ?」
「恥ずかしい話なんですが、聞いてくれますか?」
 アクレンが真剣な顔で頷いた為、イェリは静かに話し始めた。
「私、将来を誓い合った恋人がいたんです。三年彼のことを待ったんですけど、戻ってきた彼はまるで私の知らない顔をしていて。彼の言動が、私の中の彼と全く結び付かないんです。」
「三年············?それってまさか、」
「はい。勇者として魔王討伐に参加したルイスです。」
 アクレンは目を見開くと、両手で頭を抱えた。
「じゃあ·····あの時俺が話したことで、君はルイスの不貞を知ったと?──────本当にすまない。そんなつもりじゃなかったんだ。」
「いえ!謝らないでください。アクレン様の話を聞いていなかったら、私は今でも能天気にルイスが戻ってきてくれるのを待ち続けたでしょうから。望みがないのに何年も何年も。むしろ感謝してます。」
「············イェリ········」
 アクレンは悲しそうに眉尻を下げ、心配そうにイェリを見つめてきた。人の気持ちに鈍感なのかと思っていたが、根は優しい人なのだろう、イェリは薄く笑い、話を続けた。
「まぁ、そんなこんなで話を戻すと、私はアクレン様と同じことを願ってしまうんですよ。もし、私が魅了魔法にかかっていてルイスを好きな気持ちが消えないんだとしたら、自分で魅了魔法を解いて、この辛い日々から抜け出したいなって。でも私は魔法にはかかってない。只の恋なんです。」
「······························」
「アクレン様は私と似ています。私にはできないことを、アクレン様にして差し上げたいです。そして、早く日常を取り戻して欲しいと強く願ってます。だから、今が『ベストタイミング』なんです。─────おしゃべりしてたら、薬の完成です!!飲んでみますか??」
 イェリは、試験管に入ったピンク色の液体に、最後の念を込めた。
 (アクレン様が、悪夢のような恋から抜け出せますように·········!!)
 アクレンはまじまじとピンク色の液体を眺めた後、一口で勢いよく飲み干した。
 しばらく沈黙していたが、すぐに呆けたように口を開いた。
「·············変わった気がする。」
「え?もう薬の効果が?まだ、そんなに急には─────」
「いや、変わった。いつもなら、こうしている間もサリーヤに会いたくなるんだ。会えない時間は死ぬほど辛くなり、イライラして落ち着かなくなる。でも今は·········君とこうして話していることが楽しいと感じる。」
 あまり自信はなかったが、思いの外薬の効果が出てきているようで、イェリは嬉しくなり顔を綻ばせた。
 その際、アクレンの表情が一瞬固くなり、すぐに顔をそらすように横を向いた。
「アクレン様、どうしました?」
「い、いや何でもない。それより·······その薬指の指輪は?」
 イェリは左手の薬指をそっと隠すように触った。
「ルイスから貰ったものなんです。私が他の男性にいっちゃわないように身に着けててって言われたんですけど·······他にいっちゃったのはどっちなんだって話ですよね。───外した方がいいんでしょうけど、まだ心の整理がつかなくて。ルイスと直接話したいんです。でもタイミングがなかなか··········」
 ルイスとサリーヤは、帰還した後は本宮の隣にある離宮で一緒に暮らしていた。その事を知っていたアクレンは、何と言っていいか分からずイェリにただただ同情した。
「俺が手引きしようか?」
「え?」
「俺が、イェリをルイスに会わせるよ。そしたらその指輪も外せるだろ?」
「─────いいんですか?アクレン様にそこまで··········」
「むしろ、そんなことしか俺は君にしてやれない。ルイスのことは早くきっぱり忘れた方がいい。ルイスに君は勿体無いよ。」

 そして、イェリは頃合いを見てルイスのいる離宮へ通してもらうことになった。
 アクレンは薬を何度かに分けて飲み、今後も症状が落ち着くまで経過観察を行うことになった。
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