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第三話 イェリとルイス 2
しおりを挟むルイスには類い希な魔力の才能があり、魔族を討伐する『勇者候補』としてすぐにでも学園に通うよう、国からの要請が出た。
『勇者候補』に選ばれるなどめったにないことであり、町の皆はルイスを持て囃し、「勇者に選ばれ、魔王を倒してこい!」と口を揃えて言った。
イェリはルイスと離れることが辛くて仕方なかったが、名誉なことであるのに水を差すのは悪い気がして、祝いの言葉以外、何も言えずにいた。
ルイスが王都に発つ前日、呼び出されたイェリは、突然ルイスから告白された。
「イェリ、好きなんだ。本当は君と離れたくない。でも、僕はもっと立派になって、イェリに恥じない男になりたい。だから·······自分勝手だって分かってるけど、僕のこと待っててほしい。」
「──────ルイス、私待たない。」
「········イェリ········」
告白を断られたと思ったルイスは、悲しそうな表情になり肩を落とした。
「待たないわ。私もルイスと一緒に王都に行く!」
ずっとルイスから聞きたかった言葉をもらい、イェリの心は清々しかった。微力でも魔力があれば、王都でも働き口はあるだろう。イェリがルイスに勢い良く抱き付くと、ルイスも心の底から嬉しそうに笑い、二人で抱き合いながら喜び合った。
そしてイェリとルイスは共に王都に旅立った。イェリは思いの外、王宮の薬を取り扱う薬剤部で働けることになった。ここでは、騎士や王族など、王宮内での怪我や体調不良に対しての薬を処方する部門で、イェリの知識と微弱ながら良質な腕があれば、十分に役に立つとのことで採用された。
ルイスは学園に通い始め、攻撃魔法、防御魔法、二つの才能を開花していった。また、今までの鍛練の成果で、剣においても右に出るものはいなかった。産まれ持った才能と努力が重なり、ルイスが十八歳になり、勇者に選ばれた際は、誰も異を唱えなかった。それほどルイスは他を圧倒していた。
魔王討伐に旅立つ前夜、ルイスはイェリに、食事でもしようとイェリの自宅に招かれていた。イェリの手作りの夕食を堪能した後、ルイスは明日に備え寮に帰ろうとした。その際、イェリに抱き付かれ、旅立つ前に一度だけでも抱いてほしいと懇願された。
「イェリ·······駄目だよ、中途半端なことはしたくない。僕が魔王を倒して無事に帰ったら、そしたら君を抱きたい。」
「でも·········あなたのこと信じてるけど、何があるか分からないじゃない!相手は人間じゃないのよ?────私がルイスのこと忘れちゃわないように抱いてよ。」
ルイスを忘れることなどあり得ないが、イェリからすれば、ルイスと長い期間会えなくなるのではないか、これが最後の別れになるのではないかという不安が拭いきれなかった。せめて、ルイスの体温を肌に刻み込みたかった。
ルイスは困ったように微笑むと、イェリの頭を撫で、優しく口づけをした。
「イェリごめん······僕は明日から、命をかけた旅に出るんだ。一瞬の油断が命取りになる。今ここで君を抱いてしまったら────多分僕は弱くなると思う。死ぬのが怖くなるし、魔王を倒すことより優先することができてしまう。だから·····本当にごめん。」
イェリは静かに涙を流しながら、笑って頷いた。
「·········分かった。困らせちゃってごめんねルイス。私いつまででも待てるよ!でも、旅先で浮気したらぶっとばすよ。分かった?」
ルイスは「その言葉懐かしい」と微笑んだ。
そしてルイスは、仲間と共に旅立っていった。
イェリはルイスがいない間、変わらず王宮の薬剤部で働いていたが、ちょっとした変化もあった。今までは、任務中の怪我や病気の症状を和らげる薬を処方していたイェリであったが、効果は今一つで、やはり魔力が微弱な為、魔法薬師としての腕は大したことはないのだろうと自分でも感じていたし、周囲からもそのように思われていた。
ある日、魔族退治の任務中、敵の攻撃を受けて負傷した兵士が運ばれてきた。強い魔力による毒に侵食されており、緊急治療を要するような状態ではあったが、魔法専属の医療班でも対処がしきれず、行き場をなくして薬剤部に回されてきた患者だった。
「これはひどい········なんだってこんな状態の患者をこっちに回してくるんだ!?うちじゃ何もできないぞ!?せいぜい鎮静効果のある薬を処方することくらいしかできない。」
イェリの上司はそう嘆くと、どうせ何もできないのだから、適当に鎮静剤でも処方して与えてやれとイェリに言い残し、逃げるように仕事場を離れた。
指示を受けたイェリは、脂汗をかいて苦しみ悶えている兵士を見ると、いても立ってもいられない焦燥に駆られた。鎮静剤など処方しても、魔法による毒の場合、効果はほとんどないだろう。他の薬師達も諦めたような表情をし、イェリの肩を叩くと自分の持ち場に戻っていった。
「イェリ、これは誰も対処できないよ。責任感じることない。上司もああ言ってたし、鎮静剤だけ飲ませて放置で大丈夫よ。」
女性の同僚レイザにそのように声をかけられ、さらにイェリは絶望的な気持ちになり拳を握りしめた。
傷の状態を確認するため、横たわっている兵士の側に行き、そっと声をかけた。肩の辺りが毒でどす黒く変色していた。
「こんにちは。薬師のイェリです。苦しいですよね······すぐに楽になりますからね。少し待っててください。」
イェリの顔を見ると、兵士はフッと半ば諦めたように笑った。
「とうとう薬師に回されたか······竜の毒牙にやられた。もう俺はダメだな。迷惑かけて悪いなお嬢さん。」
自虐的に笑う兵士を見たとき、魔王討伐の旅に出たルイスと兵士が重なって見えた。彼らはいつも戦場にいて、命をかけて戦っているのだ。『一瞬の油断が命取りになる。』かつてルイスが発したその言葉は、大袈裟でもなんでもなく、前線において当然のことなのだ。
何もできないイェリではあるが、せめて命をかけている彼らの力になれるのは今しかないという使命感が湧き上がり、兵士の手をしっかり握ると、足早に調剤室へ向かい、処方について考えを巡らせた。
考えを巡らせ、あらゆる本を調べてはみたものの、イェリにできることは限られている。一般的な毒に効く薬草を潰し、そこに解毒のイメージを込めて魔力を送る、結局はイェリにはそんなことしかできなかった。
出来上がった薬に最後にもう一度想いを込め、苦しむ兵士に飲ませた。
薬を飲んだ後、兵士は心なしか苦しみが和らいだのか、脱力したような表情になった。
「────お嬢さんすごいな。楽になった気がする。ありがとう。」
兵士はそう呟くと、そのままスゥっと眠りについた。
薬に即効性があるわけもなく、兵士がイェリに優しさでそのように言ったのだろう。無力な自分が情けなくなり、イェリは辛そうに顔を背けその場を離れた。
しばらくして、兵士の容態を確認するためイェリが救護部屋へ入ると、既に兵士は起きていて、ベッドから上体を起こそうとしていた。
「!!起きたんですか·······!?駄目ですまだ横になっておかないと·······」
イェリが慌てて兵士を横たえようとすると、兵士は興奮したようにイェリの肩を掴んだ。
「········楽になった·······いや、楽になったなんてもんじゃない!これ見てくれ!毒が······噛まれた痕が薄くなってる!!」
彼が何を言っているのか思考が追い付かなかったが、イェリは急いで兵士の傷跡を確認した。先程までどす黒く広がっていた竜の噛み痕は、信じられない程色が薄くなり、範囲も小さくなっていた。
「え··········ど、どうして!?」
「どうしてなんて、こっちが聞きたいくらいだ!!あんた俺に何したんだ!?すごいぜ!!」
兵士はイェリを押し退けてベッドから立ち上がり、歓喜の小躍りをし始めた。イェリは慌てて兵士をベッドに押し戻した。
何が作用したのか分からないが、兵士の容態はこの数時間で劇的に良くなっていた。竜に噛まれれば、数日以内に命を落とす。これは常識であり、今回は異例中の異例だ。
イェリの処方した薬の効果ではないかもしれない、そう考えたイェリは、時間をおいて何度か兵士に薬を与え、経過を観察することにした。
すると、翌日には噛まれた周辺に広がっていた黒い痕はほとんど分からない程薄くなり、毒は完全に消え去った。
イェリ自信も信じられない気持ちだったが、上司に報告の必要があった為、事実をありのまま話すと、上司は口を開けて呆然としていた。
「は·····?今何と言った??竜の毒を解毒しただと??そんなのありえない!俺は鎮静剤を処方しろと言っただろ?なんでまたこんなことに·········」
面倒事を嫌う上司は頭を抱えた。ちょうどその時、毒を解毒した兵士が、上官を引き連れて薬剤部を訪ねてきた。
「失礼。昨日うちの者が世話になった。薬師のイェリという女性に、改めて礼を言いたい。諦めず助けてくれて、本当にありがとう。」
「お嬢さん!あんたは命の恩人だ。何かあればいつでも力になるよ。」
「い、いえそんな·······お役に立てて光栄です。」
兵士と上官に感謝され、イェリは恥ずかしくなり照れ笑いをした。自分でもなにが起こったのか分からないが、イェリもルイスのように、どんな形であれ誰かの命を助けることができたのならば本望だ。
軍部に恩を売ることができた!と上司は途端に機嫌が良くなり、それ以降、『魔力による解毒』や『魔力による呪いの除去』など、特殊な場面においてはイェリの担当となった。
今回のことはまぐれでも何でもなく、実際ほとんどの場合において、イェリは患者に劇的な効果をもたらすことができた。
イェリのような薬師は、国内どこを探してもいるものではなく、一種の危うさを持つ力でもあった。イェリの力を利用したいという思惑があらゆる方面で働くことを防ぐため、イェリに魔法による解毒や除去の能力があることは、薬剤部と軍の一部の間で伏せられた。
そんな出来事はあったが、イェリはその後も今まで通り、冴えないどこにでもいる薬師として仕事をしていた。時々薬剤部に持ち込まれる特殊案件が来ると、イェリはひっそりと職場から姿を消し、任務遂行に当たることは、薬剤部の中では暗黙の了解になっていた。
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