呪いの言葉

きなこもち

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三章 理不尽

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「ゆうり~、今度三者面談あるじゃん。お前の親来る?」
 昼休み、いつものように屋上で新とランチを取っていた友里は、新の問いに目をパチパチさせた。
「··········三者面談?あ、そうだっけ?いや、うちは来れないと思う。」
 正確には、来れないのではなく、面談があるという事実を静に伝える気がなかった。変態女に母親ヅラされるのだけはどうしても耐えられなかった。
「お前ってマジで何にも話聞いてないのな。········ふーん。友里、進学しないんだっけ?進学校に来といてなんで?貧乏だから?」
 友里は新をじろりと睨み頭を軽くはたいた。
「別に貧乏じゃないし。俺はやりたいこと別にないからだよ。勉強も嫌いだし。とにかく早く家出て自立したい。」
「やりたいこと見つけるために大学行くでもいいじゃん。親とちゃんと話してんの?お前のお母さんって確か若くて綺麗な人だよな。家出たいって、あんまり仲良くないとか?」
 友里はしばらく押し黙った。新が友里の家庭について踏み込んで聞いてきたのは初めてだったからだ。
「············っと、お前って色々聞かれるの嫌いだっけ。悪い、別に言わなくていいよ。適当に聞いただけ。」
 新はおかしな空気にならないようにするためか、何もなかったように口に弁当をかきこみ始めた。

 新に気を遣わせていることが申し訳なくなった友里は、初めて自分の境遇を新に話してもいいかという気になった。隠し通すほどのことでもない、自分にとって何でもないことなのだと思いたかった。
「いや、別にいいよ。大したことじゃないんだ。俺、父親が6年前に事故で死んだんだ。で、今の戸籍上の母親って、親父の再婚相手なんだけど、その人とあんまそりが合わなくてさ。だから早く家出たいんだ。」
 本当に取るに足らない話かのように、友里は軽い口調で話をした。

 新は軽く流してくれるかと思ったのに、一瞬神妙な顔をし、「お前も大変だったんだな。」と呟いた。

「別に大変じゃないよ。でも······新がいてくれて助かってる。図々しい俺と友達辞めないでくれてありがとう。」
 友里が微笑みながら新を見ると、新は照れ隠しのように友里の肩を乱暴に組んだ。
「水くさいこと言うなよ!なぁ、いいこと考えた。卒業したらさ、俺達二人で一緒に住もうぜ。家賃半分だし、毎日楽しそうじゃん。」
「えー?でも、新は彼女連れ込めなくなるけど?俺は部屋に女ウロウロされるの無理。それでもいい?」
 新と途方もない夢の話をしながら、友里の沈んだ心は少しだけ軽くなった。
『父親が死んで、義母とそりが合わない』このことを今まで誰にも言えなかったが、一人に話すだけでこんなにも楽になることが意外だった。
「友里って女嫌いだよな。前に体育のチークダンスでさ、ペアになった女子と手が繋げなくて見学してたじゃん。それからしばらく女子に目の敵にされてたよなお前。─────実は男が好きとか?」
 そういえばそんなこともあった。相手の女子を泣かせてしまったが、どうしても無理だったから仕方ないのだ。女は生理的に無理だが、かといって男が好きなわけでもない。

 友里はその時、新を少しからかってやりたいというイタズラ心が芽生えた。女好きの新はどんな反応をするのか試してみたくなった。気持ち悪いと引いてしまうだろうか。
「あー·········うん、俺男の方が好きかも。」
 ニヤニヤしていた新の表情が固まり、友里の顔をまじまじと見た。
「あらたは最初見たときから俺のタイプだよ。」
 わざと新の顔を覗き込みながら言ってみた。新が呆気にとられたような表情で息を飲むのが分かった。

 おかしな間が空いたところで、
『なんて嘘ー!!』と言おうとしたちょうどその時、一人の女子生徒がこちらに走り寄って声をかけてきた。

「あらた!ここにいたの?お昼、一緒に食べようって言ったじゃん。」
 女子はサラサラの長い髪をなびかせて、可愛らしく拗ねながら新の隣に腰を降ろした。
「あ!こんにちは。冴木君だよね?新の友達の。私、智美(ともみ)です。中川智美!一緒に食べてもいい?」
 ああ、新の新しい彼女かと思いながら、友里は笑顔で「もちろん」と頷いた。

 智美がきたおかげで、『ドッキリ大成功』を言わないまま、新にドッキリをしかけたままというおかしな状態になってしまった。
(まぁでも、後で訂正すればいいか。)
 友里はさほどそのことについて問題だとも思わず、何事もなかったように智美に話しかけた。女子は苦手だが、友人の彼女に感じ悪く接するつもりはなかった。

「ごめん、一緒に食べる約束してたの知らなくって。あらたっていつも何も言わないからさ。こいつ、どうしようもないところあるけど、いい奴だよ。智美ちゃん、愛想つかさないであげてね。」
 友里が笑いながらそう言い立ち上がると、智美は慌てて友理を引き留めた。
「ま、待って!冴木君も一緒に食べよう?邪魔したかったわけじゃないの。」
「うん、ありがと。でも、俺次の授業予習するの忘れてたから早めに戻らないと。じゃあ、またね。」
 友里は柄にもない笑みを智美に投げかけ、屋上から校舎に入った。

 カップルと一緒の空間ほどいたたまれないものはない。
 友里は新と二人なら一緒にいれるが、それが複数人となると途端に居心地が悪くなるのだ。恋愛のことも家族のことも将来のことも、高校生が興味のありそうな話題はほとんど何も聞かれたくないし、当たり障りのない話題を振るというのも苦手だった。
(しばらくは一人で昼は過ごそう。)
 そう考えながら教室に戻った。

 机に突っ伏して寝ていると、委員長の横山から肩を叩かれた。
「冴木。先生が生徒指導室来いって。」
「え?うん。分かった。」
 友里は内心ドキドキしながら席を立った。日頃の不真面目さを注意されるだけならいいが、何だか嫌な予感がする。

 横山の隣をすり抜けようとした時、突然横山から腕を掴まれた。
「冴木!何か困ったことあったら·······いつでも言って。」
「·········?」
 友里は横山を軽く睨み、やんわり腕を振りほどいた。目的の分からない善意は苦手だ。何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。

 生徒指導室に入ると、副担任の生活指導の男性教師が、椅子にどかっと座り短い手足を組んでいた。このいつも不機嫌そうな顔が友里は苦手だった。

「冴木来たか。さっき、お前の親御さんから学校に電話が入ってな。」
 友里は一瞬で背筋が冷たくなった。静が学校に電話?絶対にまともな内容じゃない。
「お前、友達と勉強してるって嘘ついて、お母さんに内緒でアルバイトしてたんだって?いつからなんだ?」
「···········一年の終わりからです。」
 教師は心底呆れた様子で大きなため息をついた。
「バイトは校則で禁止されてるだろ!?」
「···········はい。知ってましたけど、お金貯めたくて。」
「馬鹿野郎。お前はまだ子どもなんだよ!言いたいことはまだあるぞ。お前な、三者面談のことお母さんに伝えなかっただろ?お前が進学するつもりがないみたいだって伝えたら、お母さん泣いてたぞ。」
 友里は教師がべらべらと怒るのを、床の一点を見つめて聞いていた。

 静は友里がアルバイトしているのを知っていた。スマホ代も自分で払っていたし、小遣いだってせがんだことはない。

 晩ごはんも弁当も、用意しなくてラッキーくらいに思っていたくせに、今さらアルバイトのことを告げ口してきたのは、友里が家に帰らないことへの報復だろうか。
 それとも、自由に泳がせておいて最後の最後に絶望の淵に叩き落とす魂胆だったのだろうか。

 黙っている友里を見て、教師は憐れむような目を向けた。
「冴木の家が大変だったのは知ってる。でもな、お母さんも必死なんだと思うぞ?血の繋がらない息子をある日突然託されたんだ。そこから逃げ出さないお母さんはとても立派な人だ。冴木は、反抗するんじゃなくお母さんを助けてやれ。二人きりの家族だろ?」

 熱のこもった教師の目が気味悪かった。他人の子など育てられないと逃げ出してくれたらどんなに良かっただろうか。
 静が今も友里から離れていかないのは、親の責任を感じているからではない。

 あくせく働かなくてもいいほどの財産を持ち、自分の歪んだ欲を満たせる、脆弱で逆らわない相手が手放せないからだ。

 この教師に何も言うつもりがない友里は、死んだような目をして言った。
「はい。バイトはもう辞めます。·····僕は退学ですか?」
「はぁ········今回は多目に見てやる。ただし、バイト代は必ず、通帳ごとお母さんに渡すんだぞ。」
 高校卒業後、引っ越しや新生活で必要になるであろう資金のために、コツコツ貯めた金だった。

 さすがの友里も悔しくなり、文句の一つも言いたくなったが、高校を退学となってはここまで耐えてきたことが無意味になる。中卒で雇ってもらえる仕事など限られている。一人で生きていく為に、高校卒業まではとなんとか頑張ってきたのだ。

 教師に当たり障りなく返事をしながら、友里の頭の中は、静への怒りと無力感でいっぱいになり、息を吸うのも面倒くさかった。

 足掻いても足掻いても、水面にはたどり着かず、海の底へ沈んでいっているようだ。

 昼休みに生徒指導室へ呼ばれた友里が、授業開始直前まで席に戻らない為、周囲の生徒は友里について声を潜めて話していた。
「冴木、何やらかしたんだろうな?」
「さぁ······でもアイツってさ、なんか裏でやってそうな感じはあるよな。」
「確かに!ママ活とかやってそうじゃね?それかパパ活かも!夜体売ってるからいつも授業中眠いんだろ。」
 男子が下卑た話で笑い合っていると、噂話が聞こえていた新が、男子生徒の席に大股で近寄り、椅子の横を思い切り蹴った。
 男子生徒は椅子から床に転げ落ち、焦ったように新に弁解した。
「あ、あらた·····!冗談だよ!怒るなって········!」
 教室内が一触即発の雰囲気になっているところに、ちょうど渦中の友里が戻ってきた。

 友里は周囲の雰囲気を無視するように、無表情で自分の席に座ると、いつものように机に顔を伏せた。

 新は友里に近寄ると、友里の後頭部にそっと手を置いた。
「··········あらた。しばらく世話になってもいい?」
 友里は机に顔を伏せたまま、弱々しい声でそう聞いてきた。

 新には友里の顔は見えなかったが、その声が震えている気がした。







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