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手が届かない彼

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「私は高校時代からこんな感じでね。地味で、目立たなくて、何の取り柄もない女だったの。」
「いえ、そんなことは。」
 一応否定したが、地味なのは本人の自覚通りだと思う。しかし、俺も転生前は目立たなくてモテなくて、冴えない男子生徒だったので、先生の気持ちは痛いほど分かる。
「当時、図書室にいる時に、学園でも有名なある男子生徒がノートを置き忘れたのを見たのよ。すぐに追いかけて渡してあげることもできたんだけど、私なんかこの人と一生関わることもないんだって思ったら、少しでも彼の記憶に残りたいって思ってしまってね。それで、ノートにメッセージを残して、置き忘れた机の上にノートを置いておいたの。そうしたら、次の休み時間にはノートはなくなってた。彼はすぐに気付いて、ノートを取りに来たんでしょうね。私は図書委員だったから、翌日も図書室に来てみたら、なんとまた彼のノートが置いてあったのよ!中には彼から拾った私に対するメッセージが書かれてあって、こんな形で会話することになるなんて、信じられない気持ちだったわ。」
「えー!!すごいドキドキですね。ちなみに、その人が有名だったっていうのは、どういった意味で有名な方なんですか?」
「······それは、すごくかっこよくて、成績優秀だったのもあるんだけど───なんていうか、一般の生徒ではなかったの。彼は特別だった。」
 ん?一般の生徒ではない特別な人······
「例えば王子とか····?」
 アイシャ先生のギクッとした表情を見て、俺は図星だなと思った。先生は俺の予想だと二十代前半····成績優秀でカッコいい王族····俺には一人、心当たりがある。
「もしかしてなんですけど、その人ってクライン様ですか?」
「え、え!?なんで君····!!」
 ズバリ言い当てられ、アイシャ先生は狼狽えていた。
「やっぱり!大丈夫です。俺誰にも言いません。実はクライン様に命を助けていただいたことがあって。素晴らしい方ですよね!」
 俺がクラインを褒めると、アイシャ先生はひどく嬉しそうな顔をして、クラインについて興奮気味に語り始めた。
「君、よく分かってるじゃない!そうなの。彼は尊い身分なのに、どこぞの貴族よりも腰が低くて、決して偉ぶらなかったわ。私みたいな地味な生徒にも分け隔てなく優しかった。ハンサムで努力家な彼が皆好きだったわ。」
 ····べた褒めするじゃないか。転生前、俺がまさるが好きなアニメを昨日テレビで見たよ~という話をすると、聞いてもいないのにズラズラズラとすごい勢いでそのアニメの魅力を語り出したのを思い出した。先生はクラインを好きだったか、もはやファンだったのだろう。
「それで、先生は会えたんですか?クライン様、会いたいから屋上で待ってるって書いてありましたけど····」
 先程まで興奮していたアイシャ先生の表情が曇り、机に目を落とした。
「会えるわけないじゃない。君みたいな華やかな生徒には分からないかも知れないけど、彼が私を見たらがっかりするに決まってるわ。それに、面と向かって話す勇気なんか、昔も今も私にはないのよ。」
 がっかりするかどうかは分からないと思うのだが、結局は会うことなく、2人の縁は途切れてしまったということか。
 なんだかひどく切ない話だ。
「じゃあ、今会ってみるっていうのはどうですか?もう2人は大人だし、色々話せることも······」
「とんでもないわ!!」
 アイシャ先生が再び大きな声を出したので俺は驚いてしまった。ここは一応図書室なのだが、顧問がそんな声を出していいのか。
「私はしがない図書委員の顧問。彼はあの時よりもさらに手が届かない人になってしまった。それに、きっともう昔のことなんて忘れてるわよ。」
「でも、先生は忘れられないから辛いんですよね?このままだと、先生の想いもノートも成仏しません。───先生、僕いいこと考えたんですけど聞いてくれますか?」
「··········??なんなの?」
「ノートの最後に返事を書くんです!先生のことは一切バラさずに、僕がクライン様に渡しに行きます。クライン様は配慮ができる方だから、先生のことを根掘り葉掘り聞かないはずです。ノートを持ち主に返すだけですよ!」
 アイシャ先生は俺の提案を聞くと驚いた表情をして、
「ちょっと考えさせて。」
 と言い、ノートを片手に図書室を出ていった。
 先生は会えないと臆病になっていたが、本当は名乗り出たかったはずだ。当時、先生が屋上に行き2人が近付いていれば、今頃は図書室の顧問ではなく王子の妻だった可能性もある。

 ノートを返す、ではなく、アイシャ先生がクラインに会いに行ってくれたらいいのにな、と俺は願ってしまった。
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