【完結】不出来令嬢は王子に愛される

きなこもち

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【番外編】ライラの憂鬱

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 ライラ・ビートルは、鏡の中の自分の姿をまじまじと見る。鎖骨の辺りまで伸ばした黒髪はさらさらとして櫛通りが良く、目元は母親のララ譲りのパッチリとした二重だった。

 十四歳の彼女は、父親のディアンからは子ども扱いをされており、『化粧はまだ早い』とたしなめられはするが、今日だけは顔に薄く化粧を施し、先日おじのレックスから買ってもらったお気に入りの黄色いワンピースを着て身支度を整えた。

 ライラが普段よりおしゃれをしているのには理由がある。今日は、ライラの憧れの人が家にやってくる日だからだ。

 王都から来るその人は「イリオ」という名前の男性で、ライラはもう何度か彼に会ったことがある。年齢は二十代後半とライラよりもかなり年上だが、顔の造形の美しさはもちろん、少女のライラにも伝わる気高さ、優雅さを纏うそのオーラを目の当たりにすれば、多感な十代の女の子が憧れるのは当然であった。

 ライラがソワソワと部屋の中を歩き回っていると、部屋のチャイムが鳴り、イリオが玄関から顔を覗かせた。いつもの通り、護衛騎士が玄関の外で仰々しく待ち構えている。彼が何者かは知らないが、それほど身分の高い人物であることはライラも感じ取っていた。

 イリオは父と母に軽く挨拶をした後、出迎えに来たライラを見て嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ライラ!大きくなったな!綺麗になってて驚いた。」
 頭を撫でられ、そのように言われたライラは嬉しさと気恥ずかしさで自然と笑みが溢れた。

 それから、リビングで皆揃って他愛もない雑談をした。

 イリオは年頃のライラの普段の生活について気になるのか、「学校は楽しいか?」とか、「不便なことはないか?」と聞いてきた。そして、淡い恋心を彼に抱いているライラに対し、恋愛に関する話題まで持ち出してきた。
「好きな相手はいるのか?男の相手選びは慎重にしろ。貧乏な奴、頭の悪い奴、女にだらしがない奴には気を付けろよ。」
「イリオ様!ライラには早いですよ。まだまだ子どもなんだから。」
 ディアンが呆れたようにそう言うと、イリオは意外そうな顔をした。
「別に早くないだろ?俺なんか、十三歳の時に初恋の女と結婚しようと画策したんだぞ。ライラ、お前の母上なんだがな。ははっ!そしてお前の父上に邪魔され上手くいかなかった。今でも恨んでるよ。」
「全く、自分も妻がいるくせにまたその話を持ち出して······言っておきますけど、例え僕が先にあの世にいってもララは渡しませんからね。」
「??ねぇ、二人してさっきから何の話してるの?」
 母にはよく分かっていなかったようだが、男同士、冗談を交えた昔話をしていただけだった。
 しかし、ライラは衝撃を受け呆然としてしまった。何故なら、『イリオの初恋の人が母』『イリオは結婚している』という事実は初耳だったからだ。

 結局、イリオが帰るまではなんとかにこやかにその場を乗り切ったが、彼が帰った後、ライラは自室に閉じ籠り、ベッドに顔を埋めていた。『結婚している』は正直にいえば、ショックだがもうどうしようもないことだ。貴族はほとんどが二十代前半で結婚することをライラは知っていた。
 腑に落ちなかったのは、『イリオの初恋が母であること』だった。
 (お母さんはあんな風なのに、なんでイリオ様の初恋なんだろう。それに、お父さんもレックスおじさんもお母さんにはすごく優しい······お母さんは何もできないのに───こんなのズルい!!)
 ライラは母に対しての嫉妬が止まらなくなり、そんな自分が嫌になっていた。

 ライラは母のララについて、最近は考えることが多くなっていた。

 ララは現在三十代半ばだが、大抵の人から二十代に間違われるほど若い見た目をしていた。童顔なのもあるが、少女のように幼い雰囲気を持っており、娘のライラからしても、『母』というよりは『年上の妹』といったほうがしっくりときた。

 一般的な母親のように、子どもに対して『あれをしなさい!これをしなさい!なんでできないの!?』と言われたことは一度もない。
『ライラはなんでもできてすごいね!こんなことできるなんて偉いね!』というようなことばかり言ってくる。子どもの自尊心を伸ばす為の称賛というよりは、本心でそう思っているようだ。
 幼い頃は大好きな母に褒められて喜んでいたが、成長するにつれて、誰でもできることをしただけで褒めてきて、また、誰でもできることができない母にイラついてしまうこともあった。

 母にはできないことも多いが、母の周囲の大人は、母に対して恐ろしく寛容だった。父のディアンはまさにその筆頭で、むしろ『ララができないことを自分がやってあげる』ことに喜びを感じているような節があった。
 母はよくボタンをかけ違える。前後ろに服を着ることもあるし、色が似ていれば左右バラバラの靴下を履くこともある。普通であれば、「なんてお前はだらしがないんだ!」と怒る夫は多いだろう。しかし、父のディアンはそんな時、「しょうがないなぁ」と微笑みながら嬉々として母の服を直している。
 父の母への愛情は異常とも呼べる程で、家の中でのスキンシップを隠そうともしなかった。父はよく母を後ろから抱き締めたり、キスをしたり、一緒に入浴したがることもあった。
 ライラからすれば幼い頃からそれが当たり前であったが、それを学校の友達に話したところ、かなり驚かれたことがある。
「え!?うちの親なんて喧嘩しかしないよ?寝るのも別々だし。イチャイチャなんてしてたら吐きそう!」
『両親が普通ではない』ことにショックを受けたライラは、家に帰ってからすぐさま父に抗議した。
「お父さん!お母さんにイチャイチャベタベタするのやめて!」
「え?どうしたんだライラ。外ではしてないだろ?急になんで──」
「だって恥ずかしいんだもん!普通はしないんだよ!」
「········悪いけど、僕はララを愛してるから、家の中でまで隠すつもりない。見たくないならライラが我慢して。」
 普段はライラの要求に答えてくれることが多い父が、即答で拒否してきたことにライラは唖然とした。『母に家の中でいちゃつく』ことは、父にとっては断固譲れないラインのようだった。

 ライラが気になることは他にもあった。伯父のレックスについてだ。伯父とは言っても、母の実の兄でないことはライラも知っている。

 伯父はこの辺りでは幅を利かせている商会の社長で、副社長の父よりも偉いはずだが、何故か父には頭が上がらないようなところがあった。
 お金持ちでハンサムなのに、長い間付き合うような特定の彼女を見たことがない。しょっちゅう家に来ては、泊まりで帰っていくこともある。
 ライラに対しては気さくで優しい伯父で、ライラはそんな彼が大好きだ。
 幼い頃から、遊びに連れて行ってくれたり、両親が買ってくれないような高価なものを買ってくれたり、ライラの友達も一緒に旅行に連れて行ってくれたこともある。

 端から見れば、羨ましがられるような伯父のレックスだが、ライラには気になることが一つだけあった。

 伯父の母に対する態度である。

 普段、伯父と母は『仲の良い兄と妹』でしかない。幼い頃は、両親と伯父の仲の良さが、ライラからしてもひどく心地良いものだった。

 しかし、考えを改めるきっかけとなったのは、ライラが十三歳になった頃のことだった。その頃のライラは、中等部に上がり、男女の恋愛についてある程度は知識があったし、周囲でも早い子であれば既に付き合ったとか、「告白した」とか「された」という話題を耳にすることが多くなっていた。ライラ自身も好きな男の子がおり、たまに目が合うとドキドキする、彼の顔を見ると落ち着かなくなるという経験もしていた。

 その日、父は出張で家にいなかった。
 ライラは学校が終わった後、塾に行く予定だったが、お腹が痛くなってしまった為、塾には行かず早めに家に帰った。
「ただいま~······」
 家の鍵は開いていて、ライラが小声で言った「ただいま」が母には聞こえていないようだった。
 玄関には男性物の靴があり、伯父が遊びに来ているのだと分かった。
 ライラは嬉しくなり、すぐにリビングへ向かおうとした時、別の部屋の中から小さな音楽の音が聞こえてきた。扉は少しだけ開いていて、部屋の外から中の様子を覗くことができた。

 何故だか二人は楽しそうにダンスをしていて、伯父が母を見つめる時の表情がとても幸せそうだが、一種の熱を孕んでいるように感じ、ライラは目が離せなくなった。
 所々話し声が聞こえてきたので、ライラはいけないとは思いつつも耳を澄ませた。
「兄さんと踊るの久しぶりじゃない?すごく懐かしい。」
「ああ、そうだな。」
「そうそう、あんなに練習したのに、結局本番では踊らなかったのよね。私がいじけて·········」
「ララ。」
 伯父は動きを止め、母の手を掴んだまま、真っ直ぐに母の目を見ていた。真剣味を帯びた伯父の様子に、母は伯父の顔を緊張気味に見上げていた。
「俺、考えるんだよ。あの時、俺はアネッサと行かずに、予定通りお前とパートナーとして参加してたらどうだったかなって。大雨が降った日の夜も·········俺が違う行動をしてれば、今と何かが違ってたのかなって········」
「大雨が降った日········」
 母は何かを思い出したのか、顔を赤くし明らかに動揺していた。
「そ、それは忘れてください兄さん。恥ずかしいです。」
「───忘れたいけど、忘れられないんだ。ララを一番近くに感じた最初で最後の夜だったから。」
 母は息をするのも忘れたように、伯父から目を離せないでいた。固く握られた手は離れる機会を失っていて、男女特有の危うい雰囲気を察知したライラは、足音を立てないよう玄関まで戻り、今度は大きな声で「ただいまー!!」と叫んだ。
 すぐに母がパタパタと玄関まで走ってきて、ライラを出迎えた。
「おかえりライラ。」
 母は少し動揺はしていたが、これといっておかしな様子はなく、「晩ごはん作らなきゃ」と言いながらキッチンに消えていった。
 少し遅れて部屋から出てきた伯父は、明らかに気まずそうな、複雑そうな顔をしていた。
「ライラおかえり。今日は帰るよ。また今度な。」
 いつもなら長居して帰る伯父が、今日はライラと入れ代わるようにして帰っていった。

 その出来事以来、伯父に対してライラの見方は変化があった。変わらず伯父のことは好きだったが、おそらく過去に母と何かがあったのだろう。しかも、その感情を捨てきれない上で、今も母の傍にいるのだ。

 父に見たことを話そうかと思ったが、父と伯父は仕事では大切なパートナーだ。ライラが余計なことを言って、関係をおかしくさせるのも嫌だった。それに父は、伯父の母への気持ちに気付いているが見て見ぬふりをしている、伯父自身もそれが分かった上でこの関係を続けている、そんな気がした。

 悩んだ末、ライラは伯父の家を訪ねることにした。突然のライラの訪問に伯父は驚いていた。
「レックスおじさん、正直に言って。お母さんのこと好きなんでしょ?」
「─────え?」
「でも盗らないで。お母さんはお父さんのものだから!」
 伯父は目を見開いて何を言おうか悩んでいるようだったが、苦そうに笑いながらライラの問いに答えてくれた。
「あぁ、あの時見られてたんだな。ごめんライラ、おかしな心配させて。────確かに俺は、お前の母さんのこと好きだよ。でも、俺はチャンスを掴みとれなかったんだ。ララはお前の父さんと結婚したから、今の幸せがあるんだよ。盗らないから安心して。」
 伯父の笑った顔がなんだか寂しそうで、ライラは心配になってしまった。
「伯父さん辛くないの?伯父さんも結婚すればいいじゃない!まだまだもてるよ。」
 今度は伯父は盛大に笑った。
「姪っ子に心配されるとは情けないな。うん。いい人がいればな。考えとくよ。」
 伯父はそう言ったが、きっとこの先も結婚するつもりはないのだろう。ライラはそんな気がして切なくなった。

 イリオのように尊い身分の男性の初恋を奪い、父や伯父のように魅力的な男性から愛され続ける母には何があるというのだろうか?

 ライラよりもできることが少なく、いつも何も考えていなさそうな母が、無自覚にも三人の男性を手玉に取っていたかと思うと、ライラは母のことを不潔とまではいかないが、女の敵だと感じてしまった。

 母への言葉にできない不信感、劣等感を持ちながらも日々を過ごしていたライラであったが、その不満はある日とうとう爆発した。      

 学校からライラが帰ると、既に父も母も帰っていた。母はキッチンに立ち、最近やっと作り方を覚えたスープを煮込んでいるところだった。
「あ!ライラおかえりなさい。もうすぐごはんできるから待っててね!」            
 母はいつものふんわりとした笑顔をライラに向けた。いつもなら大好きな母の笑顔がその日は何故か癪に触り、ライラは母を無視してダイニングテーブルに着いた。
 学校での疲れもあり、かなりお腹が空いていた。運ばれてきたスープとパンを見て、内心『これだけか······』と思ったが言葉には出さなかった。 
 そして、スープを口に入れた瞬間、ライラはスプーンをテーブルの上に置いた。
「········?どうしたライラ。」
 様子のおかしいライラを不審に思い、父が問いかけてきた。
「味がしない。」
「え?」
 母は呆けたような顔をして間抜けな声を出した。すぐにスプーンでスープをすくって口に入れた母は、「あ······本当だ。調味料入れ忘れちゃったかも。」と呑気に呟いた。  
 お腹が空いているのに、最低限の食事にすらありつけなかったライラの怒りは頂点に達していた。
「·········煮込みスープなのに、なんで調味料入れ忘れちゃうの!?これじゃただの茹でた野菜じゃん!!」   
「ライラ、そんなに怒らなくていいじゃないか。お母さんだって失敗するだろ?今から入れたら味良くなるよほら────」
 まただ。いつも父は母を庇う。疲れて帰ってきて、料理に味がついていなくて怒るのはそんなに悪いことなのか。他所の母親であれば、おいしい食事を何品も作ってくれ、絶対に調味料を入れ忘れたりしない。ライラは母がすることの全てに腹が立っていた。
 ライラは、父が調味料を足そうとした皿を掴むと、思い切り床の上に叩きつけた。陶器の破片が床に砕け散り、床が液体まみれになった。

 母は口元を抑え、床に散らばったスープの残骸を見つめたまま固まっていた。
 父は一瞬の沈黙のあと、すごい形相でライラを睨み付け「おい、どういうつもりだ。」と言った。
「お母さんだって失敗するって?お母さんは失敗しかしないじゃない!!何かをちゃんとできたことがあった!?いつもお父さんや私に迷惑かけてさ!ニコニコして何も考えずに生きてきたんでしょ!?」
 母は潤んだ目でライラをじっと見つめてきた。なにか言い返せばいいのに、か細い声で悲しそうに「ライラごめんね·····」と呟いたのが、ライラは余計に腹が立った。
「そうやって弱々しくしてれば誰かが守ってくれるもんね?お母さんは、お父さんや伯父さんの人生狂わせたんだよ!得意なのは男を誑かすことだけでしょ!?」
 そうライラが叫んだ直後、左頬に火花が散るような痛みが走り、気付いたらライラは床に倒れていた。父に頬をぶたれたのだと分かった。
「黙れライラ。言っていいことと悪いことの区別もできないのか?お母さんに謝れ。」
 父が冷酷な表情を浮かべてライラを見下ろしていた。父が本当に怒っている時にする顔だ。
 言いすぎてしまったという自覚はあった。それに、本心からの言葉ではなかった。自身が放った言葉を後悔しかけたその時、母が涙を浮かべ、オロオロしながら走り寄ってきた。
「ライラ!だ、大丈夫!?」
 酷いことを言われても気持ちをぶつけられても、母はいつもこうだった。自分が悪いと言わんばかりに謝り、おどおどとするその姿が卑屈で苦手だった。
 ライラは母の手を振り払うと、脇目も振らずに家を飛び出した。
「ライラ!!待って·······!!!」
 後ろから母の悲痛な叫びが聞こえたが、ライラは振り返らず夜の町へ全速力で駆け出した。

 泣きながら走り続けていると、気が付けば見慣れない路地に迷い込んでいた。辺りは既に暗くなっており、人通りもまばらだった。母の傷付いたような顔が頭から離れず、ライラは人を傷付けてしまった後の特有の罪悪感が胸を占めていた。

 よくよく考えれば、母は悪くない。母にできないことが多かったとしても、母は母なりにできることが増えるよう努力はしていた。料理だって、以前は全くやらなかったが、具材を切るのと鍋で煮るのはできそうだからと始めたことだった。最初は具材を切るだけでも何時間もかかっていたのだから、その時から比べれば努力の跡は伺える。
 父や伯父、イリオから好かれていたのも、あの性格の母が誘ったとは考えにくい。母の性格が穏やかで優しいから、癒しを求めている男性には好かれやすいのだ。ライラは好きな人たちを母に盗られたようで、要するに嫉妬をしていた。

 暗い気持ちでトボトボと下を向いて歩いていると、思い切り誰かの肩にぶつかってしまった。驚いて前を向くと、いかにも柄の悪そうな若い男たちが路地の端にたむろしていた。
「────あんた、ライラ?」
 奥の男の隣に立っている少女が声を上げた。見ると、ライラと同じクラスの、素行が悪いことで有名な不良少女ケリーであった。年上で、同じく素行の悪い男達とつるんでいるという噂だった。

 最悪なことに、ライラはケリーと犬猿の仲であった。
 曲がったことが嫌いなライラは、ケリーが大人しい女の子から金をせびっている現場に遭遇し、すぐに大声をあげ教師を呼んだことがあった。
 ケリーから恨まれてはいたが、ライラは成績優秀で目立つ存在だった為、学校内では表だってやり返されるということはなかったのだった。
「誰??」
「同じクラスの女。私の大嫌いな子。」
 ケリーはそういうと男達に目配せし、ニヤっと笑った。男達三人でライラを取り囲むように立ち塞がった。
「な、なんなの!?私帰る········!」
 恐怖を感じたライラは、踵を返しその場を去ろうとした。すぐに男達から行く手を阻まれ、ライラは小道に押しやられる形になった。
「やっちゃってよ。痛い目みせて、二度と逆らえなくして。」
「········えー?女の子殴れってのか?」
「殴るんじゃなくて、あんた達の得意なアレやればいいのよ。」
 男達はライラに蛇のように粘着した目を向けると、舌なめずりでもしそうな顔で近寄ってきた。
「ガキ過ぎるな·······あんまりやる気おきない。」
「いいからやって!」
 ケリーの甲高い声と共に、男達の目が野獣のようにぎらぎらと光り、ライラは恐怖で足がすくんでしまった。
 (バチが当たったんだ······!助けて!!)
 ライラが体を縮こめるようにして目をつぶると、ライラを呼ぶ声がした。
「ライラ!!」

 ララは男達に取り囲まれているライラの元に走っていき、男達の合間をすり抜けた。そして、隠すようにライラを自分の背に隠し、男達に向き直った。
「私はこの子の母親です。そこを退いて。家に帰りたいの。」
 普段のララからは想像もつかないほど低い声で、ララは毅然として男達に言葉を放った。しかし、男達は全く聞く気がないのか微動だにしなかった。
「えっこの子のお母さん?俺全然いけますよ!こっちの方が燃える。」
 一人の男がそういうと、三人で顔を見合わせ下卑た笑いをした。

 ライラは絶望的な気持ちになった。父が来るならまだしも、何故何もできないどころか弱い母が来てしまうのか。これではライラも母も、この男達から酷いことをされてしまう。
 ライラは母の腕にすがり付き、泣きながら体を震わせていた。

「──────あなた達、この子が誰か分かってるの?」
 突然、ララは人が変わったように男達を睨み付け、どこか余裕すら纏う態度で問いかけた。
「はぁ?誰なんすか?ケリーのクラスメイトでしょ?」
 男達は馬鹿馬鹿しいとでも言うように、ニヤニヤしながらララを嘲った。
「この子は平民じゃない。この国の王子の子よ。意味分かる?王族なの。」
 ケリーと男達、ライラでさえも静まり返り、しばらく誰も言葉を発しなかった。沈黙を破るように、男達の笑い声が辺りに木霊した。
「········ップ!ハハハハ!!!お母さん、冗談きついですよ!助かりたいからって、もうちょっとまともな嘘を─────」
「嘘じゃない。」
 ララは毅然として男達の笑い声を遮断した。
「この子の父親はね、前王妃の息子ディアン・オルレインよ。この子の本当の名前はライラ・オルレイン。────王族に手を出したらどうなるか分かってる?」
 ララの鬼気迫る表情を見て、男達の中にまさか本当に?という迷いが生じ始めた。そして、一人の男が「オルレインって聞いたことある······」と呟いた。
「あなた達のこと、名前も両親も住んでいるところもばれないと思ってる?無駄よ。王族に手を出したものは、徹底的に調べ上げられる。明日の朝あなた達が起きたら、家は憲兵隊に取り囲まれ、両親共々王宮に連れていかれるわ。」
「······························」
 男達は次第に青ざめ、ごくりと喉を鳴らした。
「連れていかれた後は拷問される。楽には死なせてもらえないわよ。目玉をくり貫かれ、舌を抜かれ、あなた達は女の子を乱暴するのが趣味みたいだから、きっとあそこもチョン切られるわね。」
「っひ··············!」
「その後、斬首刑よ。そうなる覚悟があるなら、どうぞ私達を好きにしなさい。でも、私の夫はあなた達を絶対に許さない。」
 ララがそこまで言い切ると、道を塞いでいた男三人は後退り、「す、すみませんでした!見逃してください!!」と叫び、一目散に夜の町に逃げていった。取り残されたケリーは焦りながら、「ご、ごめんねライラ········冗談のつもりだったのよ······」とひきつった笑いを浮かべながら逃げていった。

 取り残されたララとライラは呆然としていたが、すぐにララは足の力が抜け、ヘタっとその場に崩れ落ちた。
「お母さん!!」「ララ!!」
 ライラはララを支え、ディアンは影から飛び出しララとライラに駆け寄った。
「お、お父さん!?今頃来たの!?遅いよ!!」
 ライラは涙を溢れさせながら父を非難した。

 ディアンは実は、影からライラとララの様子を見ていた。すぐに出ていかなかったのは、ララがチンピラ相手にどこまで通用するのか見てみたかったことと、ライラのララに対する見方を変えてほしかったからである。

 この街はのどかで栄えている反面、地域柄よろしくない連中が共存している街でもあった。ディアンとレックスは、ララが万が一何かに巻き込まれた時の為、戦わずに相手を倒す方法を教え込んでいた。
 ララ自身、まさか実践に移す日がくるとは思ってもみなかったが、念入りに頭に叩き込んでいて本当に良かったと思った。

 ライラはララに抱きつき、「お母さんごめんなさい~!!」と泣きながら許しを乞うた。
 ララは緊張が解けたからか力無く微笑み、ライラを優しく包み込んだ。
「ライラ、いつも私何もできなくて······ごめんね、嫌な思いさせて。でも、さっきどうだった?上手くできてたかな?」
「格好良かったよお母さん········!でも、よく咄嗟にあんな嘘つけたね?王子だとか····本当のこと言ってるようにしか聞こえなかったよ!」
 ララはディアンの顔を見て目をしばたいた。
「あー········嘘じゃない」
「え?何?」
「さっきの話は本当だ。ライラには普通に暮らしてほしかったから黙ってた。いつまでも隠してても意味ないしな。僕もレックスもイリオも、この国の王子だよ。」
 ライラは思考が追い付かないようで、しばらく呆けた後ボソッと呟いた。
「はぁ·········お父さんとお母さんって謎が多すぎ。意味分かんないから後でちゃんと説明してね。」
 ディアンとララは顔を見合わせ困ったように笑った。そして三人は帰路についた。

 入浴を済ませたライラは自室のベッドに座っていた。今日は色んなことがあり、頭が興奮してなかなか寝れそうになかった。
 部屋をノックする音がし、見ると父が立っていた。
「ライラ、入ってもいい?」
 ライラが頷くと、父はライラの隣に座った。
 父はライラを静かに見ると、そっと左の頬に触れてきた。
「ごめんな叩いて。痛かっただろ?」
「·········ううん、私が酷いこと言ったから。ごめんなさい。」
 父は微笑むと、前に向き直り、何かを思い出すように窓の外を眺めた。
「僕やレックスや····イリオもそうなんだけど、確かにライラの言う通り、ララと出会って人生が変わったんだよ。」
「··············そうなの?」
「うん。僕は毎日苦痛な日々を死んだように生きてた。レックスは好きなことをして生きてたけど地に足着けずにフラフラしてたな。イリオは大切な人を亡くして今にも壊れそうだった。」
 ライラはこのように切なそうな顔をする父を初めて見た。
「ララに出会ってなかったら········想像するだけで怖いよ。ララは僕の人生を、幸せに向かえるように狂わせてくれたんだ。レックスもイリオもララと強い縁で結ばれてたけど··········ララに選ばれたのがたまたま僕だった、ただそれだけのことなんだ。ララは苦労してないように見えるかも知れないけど、家庭に恵まれなかった。ライラのように両親から愛されることはなかったんだ。母さんがいつも笑ってて、ライラみたいに激しい感情をあまり出せないのは、自分が生き残るために身を守る方法でもあったんだよ。分かってくれる?」
「──────うん。」
「母さんは、人よりスピードがゆっくりなんだ。ライラが待ってくれたり、手を貸してくれたら母さん助かると思う。」
「うん······私お母さんを助ける!────お父さん、今日は一人で寝てくれる?」
「え?」
「私今日はお母さんと寝るから!お父さんは一人で寝て。」
「いや、それなら三人で────」
「駄目!今日はお母さんと二人っきりがいいの。お父さんはここで寝ていいよ。おやすみなさーい!」
 ライラはさっさと枕を取ると、父を子供部屋に残しララのいる寝室へ向かった。取り残されたディアンは心なしか寂しそうだった。

「お母さん。今日一緒に寝よ。」
 ライラは照れ臭そうに寝室にやってくると、ララの隣に腰を下ろした。
「ライラ。うんいいよ。おいでライラ。」
 ララは嬉しそうに微笑むと、ライラをベッドに招き入れ、優しく抱き締めてきた。
「ライラ、かわいい子。あなたは私の宝物よ。」
 ララに額にキスをされ、ライラの胸は温かく優しい気持ちでいっぱいになった。
「大好きお母さん。私、今分かった。お母さんに嫉妬してたんじゃないの。私の一番大好きなお母さんなのに、皆にとられちゃうのが嫌だったんだって。」
「そっか。───そうだ!ライラに寝る前のお話してあげるね!じゃあ·······尻尾の生えた男の子が七つの不思議な玉を集める話は?」
「何それ!面白そう────」
 母娘の楽しいお話は夜更けまで続いた。
 ララとライラは幸せそうに抱き締め合いながら眠りについた。


 ~番外編終~
 ありがとうございました!!

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