【完結】不出来令嬢は王子に愛される

きなこもち

文字の大きさ
上 下
45 / 50

7年前

しおりを挟む
 ララが玄関を開けると、そこに立っていたのは兄のレックスだった。いつものように、人好きのする笑顔を浮かべ、ララを抱き締めてきた。
「ララ!久しぶり!!」
「······兄さん!」
 玄関で兄妹が抱擁し合っていると、部屋の奥からディアンもやってきて呆れた声を出した。
「レックス。········3日前も家に来ただろ?全然久しぶりじゃない。」
「冷たいこと言うなよディアン。ライラは寝ちゃったか。残念だ。」
 ディアンの義理の弟であり、ララの義理の兄でもあるレックスは、7年経った今でも頻繁に家を訪ねてきた。仕事で外国に行った際、ララやライラに大量のお土産を買ってくるのだった。
「またこんなに買ってきて·········レックス、もういらないって言ってるだろ。」
「だって、兄さんはせっかく遠出しても、全然買ってやらないじゃん。代わりに俺が買ってるんだよ。」
 ディアンは家に物が増えることが嫌いな為、『お土産』はほとんど買わなかった。毎日ララが貰って帰ってくる『差し入れ』が増える一方だったからだ。

 ララは嬉しそうにレックスの手を取り、部屋の中に招き入れた。
 兄妹が仲良く談笑している光景を見ながら、ディアンは遠い目をして、7年前のことを思い出していた。



 〈7年前~王妃処刑の日 その後~〉

 王妃の処刑執行後、不正に加担していた貴族や重役達は捕らえられ、王宮内の勢力図には大きな変化があった。

 王妃の席が空席となった為、急遽ではあるが、第二側室のレスタが正室となり、イリオが第一王位継承者となった。
 ディアン専属の側近や騎士達は、ディアンの指示により、イリオ専属に配属を移管されることになった。反発する者も多かったが、イリオ側の関係者は排他的ではなかった為、時間と共にうまく共生していった。

 王妃処刑から一週間後、政務の引き継ぎを終えたディアンは、人知れず王宮から姿を消した。

 唯一、イリオには、王宮を去る直前に一声かけていた為、ディアンの捜索は行われなかった。
 継承権を降りたとは言っても、国で最も有力で高貴だった王子の居場所も分からぬということで、王宮内はその噂で持ちきりになったが、数ヵ月後には平穏を取り戻し、表立ってディアンの噂話をする者もいなくなった。

 ◇

 レックスに連れられ、海辺の町に引っ越してきたララは、徐々に普段通りの生活を取り戻していた。

 レックスは、ララにディアンが行方不明になったということは伝えなかった。
 ララは自身を責めてしまうようなところがあり、人一倍繊細だからだ。自分が関わった人々の不幸を受け入れるのは到底難しいだろうとレックスは考えていた。

 ララと2人きりの生活は、レックスからすれば幸せだったが辛くもあった。ララを妹として大切に思っていたが、一人の女性として愛していた。
「兄と妹」としての線を越えようと思えば、越えるタイミングは何度もあったかもしれないが、結局のところ、レックスはそれを行動に移さなかった。

 それは、兄ディアンへの負い目からであった。

 両親から愛され、好きな仕事をして好きに恋愛をする。それは、レックスにとっては当然のことであったが、ディアンにとっては全て手に入らないものだった。
 そして、ディアンの母は処刑され、地位を全て捨て、唯一愛した女性の元を去らざるを得ない人生になった。

『妹を守っている』という名目で、ララを自分の物にしようなどということはどうしてもできなかった。最愛の人の一番近くで生きることができる、これは何よりも恵まれたことだ。男女の恋愛や肉体関係だけが全てではない、以前のレックスからは想像もつかないが、そのように考えるようになっていた。

 レックスが仕事をしている間、ララは部屋にいることもあったが、すぐ近くの海辺で一日中過ごしていることもあった。
 仕事が終わり、レックスがララを呼びに行くと、ララはいつも浜辺に座って遠くの方を見ているのだ。

 まるで誰かを待っているかのように。

「ララ。帰ろう。」
 レックスが声をかけると、笑顔にはなるが、何故だかいつも名残惜しそうに家に帰るのだ。そんな生活が半年ほど続いた時のことである。

 その日、仕事仲間のネイサンが、興奮した様子でレックスに話しかけてきた。
「レックス!聞いてくれよ!事業も手を拡げてきたし、国外の客とも交渉ができる外交員を雇おうって話してただろ?それで、さっき面接に来た人達に会ってきたんだよ!」
「·····ああ。お前が採用担当だったっけ?どうだった?」
 採用はネイサンに任せており、さほど興味のなかったレックスだったが、ネイサンが聞いて欲しそうだったので一応尋ねた。
「それがさぁ、鼻持ちにならないやつばっかりでどうしようかと思ったんだ。『僕は有能です!』って感じの勘違い野郎ばっかりでさ。」
「はぁ?じゃあ雇わなきゃ良いだろ。勘違い野郎と仕事するのはごめんだよ。」
「まだ続きがあるんだ!······最後に面接した男性なんだけど、超絶有能だった!外国語が10か国話以上しゃべれるんだ。それに、若いのに話を聞き出すのが上手くて、押し付けがましい感じもしない。所作が上品で、何より顔が良い。外交員に顔は重要だろ!?」
 興奮気味のネイサンをよそに、レックスはいつもの疑り深さを発揮した。
「10か国語?英才教育でも受けなきゃ無理だろ。俺ですら5か国語だぞ?平民は自国の言葉しか学ばない。貴族がわざわざ民間の外交員に応募してくるわけないし······怪しさしかないぞ。」
「世の中には、君みたいな頭のおかしい物好きもいるんだよ!とにかく会ってみて!今事務所で待ってくれてる。名前は確か·····ビートル·····」
「ぶはっ!ビートル!?変な名前!」
 レックスは、胡散臭いものを聞いてしまったような気持ちで部屋に向かった。

 レックスが軽くドアをノックし扉を開けると、中で待っていた『ビートル』という男が椅子から立ち上がり、レックスの方を振り向いた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

処理中です...