上 下
36 / 50

企み

しおりを挟む
 ララが王宮に連れてこられてから2週間が経った。ララは、ディアンが仕事中は一緒に執務室に入れてもらい、静かに絵を描いたり、本を読んだりして過ごした。

 時々執務室にやってくる、ディアン直属の女騎士ルビンは、ララを見て最初は驚いていた。「新婚なのにもう愛人ですか!?」と憤っていたが、ダリアの妹で訳ありということが分かると、ララの境遇に同情し、故郷に残してきた妹のようだと可愛がってくれた。空いた時間によく庭園に連れていってくれるので、ララはすぐにルビンが好きになった。

 ディアンは相変わらず、ララに一線を越えるようなことはしてこなかったが、寝食は同じ部屋でしていた。
 理由は、『子作りの為だけに連れてきた女』にディアンが手を出していないと万が一王妃やダリアが知れば、ララの身がどうなるか分かったものではないからだ。使用人達にも、ディアンとララは男女の関係だと思わせておいた方が、何かと都合が良かった。

 仮初めの生活ではあったが、ディアンは生まれて初めて『幸せ』を感じた。

 初めは緊張していたララだったが、段々とディアンに対して心を開くようになっていった。
 ディアンの仕事中は、邪魔をしないようにララは大人しくしていた。
 ディアンの「今日は終わりだ。」という言葉を合図に、ララはパァッと明るい表情になり、ディアンの手を取り「早く早く」と部屋に戻りたがるのが堪らなく可愛かった。
 ララが楽しみにしているのは、部屋で食べる夕食と、ディアンから教えてもらったチェスをやることだった。ボードゲームは経験のないララだったが、何度かやるうちに仕方を覚え、2週間目にしてディアンと拮抗するほど実力をつけていた。
「···········おかしいな。自分でいうのもなんだが、僕チェスはあまり負けたことないんだけど。」
「───悔しいです·······でも次はディアンに勝てます!」
 思わず「殿下」と呼ばずに名前を呼んでしまい、ララはあっと口を押さえた。
「いいよ。部屋にいる時は名前で呼んで。」
 ディアンからこのように言われたので、ララははにかみながら名前で呼ぶようになった。

 寝る時は、大きなベッドに体を離して寝た。夜は離れているのに、朝起きるとララはいつもディアンにくっついて寝ているので、なんだか猫のようだとディアンは余計にララが愛しくなった。

 愛するララに中途半端に触れることは、歯止めが利かなくなりそうで怖かった。ララの髪や、唇や、身体に触れたいと思えば思うほど、初めて手に入れた穏やかで満たされた日常を壊すことが恐ろしく、ディアンはこの生殺しのような状態でも、好きな人の側にいられるのならば、『これ以上ない幸せである』と感じるようになっていた。

 ◇

 それからしばらくして、ディアンは5日間の遠征に出発することとなった。
 王家専属の騎士達と共に、訓練を兼ねて民間の暮らしを視察するという目的であった。騎士達は命を懸けて国や王族を守る為、王子とはいえど、騎士達からの信頼がなければ士気を下げることになってしまう。過酷な遠征ではあるが、王子としては行かなければならない重要な政務の一つだった。

「ララ、僕との約束覚えてる?」
「はい!覚えてます!」
 今から遠征に出ようとするディアンは、見送るララと部屋にいた。
「ララの専属侍女と、僕の側近以外の人間に何を言われても付いていったら駄目だよ。あと、この別棟から出ないこと。」
「はい!分かってます!」
 ララは自信満々に返事をしたが、ディアンは5日間も王宮を空けることが不安で仕方なかった。
「そうか·············じゃあ問題出すよ。ララが一人でいる時に、どこかの侍女が部屋にやってきて言いました。『ダリア様がララ様に会いたがってます。付いてきてください。』ララならどうする?」
「···········え、お姉さまが私に?うーんと·······大事な用かもしれないから会いたいけど、ここから出たらダメだし·······うーん。難しいです。」
 ディアンは溜め息をついた。
「ララ、難しくないよ。知らない侍女の話は聞かなくていいし、ここから出ちゃいけないんだから、会いにもいかなくていい。『行きません。人を呼びます!』これでいい。」
「··········分かりました。気を付けます!」
 ディアンはララの両腕を掴むと、急にガバッと抱き締めてきた。ディアンに抱き締められたのは初夜以来のことであったので、ララはひどく驚いてしまった。
「はぁ········本当に行きたくない。毎年平気だったのに。ララとずっと一緒にいたいよ。」
 ギュッとディアンから力を込めて抱き締められた。『ずっと一緒にいたい』と誰かから言われたのは初めてで、ララはドキドキが収まらなくなった。
 すると、後ろから呆れた声で女騎士のルビンが声を上げた。
「なかなか降りてこないと思ったら······何いちゃついてるんですか。殿下、早くしないと。みんな待ってますよ。」
 名残惜しそうなディアンであったが、渋々ララを解放し、ルビンと共に遠征に旅立っていった。

 ◇

 それから、ララはディアンのいいつけを守り、何事もなく過ごした。
 事件が起こったのは、ディアンが旅立ってから3日目の朝のことだった。
 ララの専属侍女リサが、血相を変えて部屋に入ってきたかと思うと、突然ララの両腕を掴んだ。
「ララ様·········!落ち着いて聞いてください────」
「リサ、どうしたの?」
「で、殿下が··········ディアン殿下が、任務中に落馬し、意識不明の重体です!!」
 ララは一瞬何を言われているのか分からず、ポカンとしていた。しかし、『落馬』『意識不明の重体』はとんでもないことだと分かり、ひどく焦り始めた。
「え·······殿下が!?········殿下の命が危ないということですか!?そんな────リサ、私はどうしたら········」
「ララ様。落ち着いてください。殿下はまだ息はありますが、王宮に帰るまでもたないかもしれません。───ララ様、殿下の遠征先までお連れします!!最後にララ様のお顔を見せてあげてください·······!」
 最後だなどとは到底信じられなかったが、とにかくディアンに会いたい一心で、ララはリサの言葉を了承した。
「分かりました!どうか私を連れていってください·······!」
 ララは急いで、別棟の一階に降り、リサの言われるがまま裏口に待たせてある馬車に乗り込もうとした。
 ララは出口から外に出たが、侍女のリサが付いてくる様子がない。ただ黙ってララを見て、外には出ず屋敷の中で佇んでいた。
「リ、リサ?一緒に来てくれないんですか?そこで何を·········」
「ごめんなさいララ様。」
 リサの頬から涙が流れると同時に、ララは何者かにより口と鼻を塞がれ、気を失った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

[完]僕の前から、君が消えた

小葉石
恋愛
『あなたの残りの時間、全てください』 余命宣告を受けた僕に殊勝にもそんな事を言っていた彼女が突然消えた…それは事故で一瞬で終わってしまったと後から聞いた。 残りの人生彼女とはどう向き合おうかと、悩みに悩んでいた僕にとっては彼女が消えた事実さえ上手く処理出来ないでいる。  そんな彼女が、僕を迎えにくるなんて…… *ホラーではありません。現代が舞台ですが、ファンタジー色強めだと思います。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

男装の公爵令嬢ドレスを着る

おみなしづき
恋愛
父親は、公爵で騎士団長。 双子の兄も父親の騎士団に所属した。 そんな家族の末っ子として産まれたアデルが、幼い頃から騎士を目指すのは自然な事だった。 男装をして、口調も父や兄達と同じく男勝り。 けれど、そんな彼女でも婚約者がいた。 「アデル……ローマン殿下に婚約を破棄された。どうしてだ?」 「ローマン殿下には心に決めた方がいるからです」 父も兄達も殺気立ったけれど、アデルはローマンに全く未練はなかった。 すると、婚約破棄を待っていたかのようにアデルに婚約を申し込む手紙が届いて……。 ※暴力的描写もたまに出ます。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

処理中です...