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ダリアの誤算

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 ダリアは産まれたときから特別な女の子だった。

 天使のような容姿をしたダリアを、両親は大層可愛がり、大人も同年代の子どもも皆、ダリアの関心を集めることに必死になった。
 賢く要領が良かったダリアは、誰よりも勉強ができたし、物分かりも良かったが、それをひけらかしたり自慢するということはなかった。
 なぜなら、そういったことは小物の人間がやることだからだ。自分はすごいんだぞと言えば言うほど馬鹿に見えるし、ダリアは特別な人間であるので、力を誇示する必要はないと考えていた。

 だから、恐ろしく頭の悪い、出来の悪い妹がいても、両親のようにあからさまに罵倒したり、使用人達のように意地悪や嫌がらせはしなかった。
 ただ、妹が視界に入ることは嫌悪感があった。可愛がったことも、遊んでやったこともないのに、ダリアが『屋敷内では唯一攻撃をしてこない人間』だからなのか、「お姉さま、お姉さま」と馬鹿の一つ覚えのように、阿保のような顔で後をついてくる妹がとにかく鬱陶しかった。

 11歳になり、早くも婚約者を決めなければと両親は焦りだした。ダリアに好意を寄せる同年代の令息はこの頃から多かったし、ダリアの家門と賢さから、かなり歳の離れた令息からも申し出が後を絶たなかった。
 何人もの婚約者候補と顔を合わせたが、皆一様に、ダリアに会った途端心を奪われていた。「賢い子」だと噂で聞いていたとしても、実際ダリアを目の当たりにすると、噂よりもはるかに美しく上品で、人当たりのいいダリアは、婚約を熱望された経験しかなかった。

 そんな時、今までにない程の良縁の話が舞い込んできた。
 国王の第一子、ディアン王子との婚約である。
 両親はこのチャンスを逃してはならないと一層張り切り出した。ダリアに作法や表情の作り方、仕草や話し方まで、教師をつけて教育を施した。
 ダリアは特に苦労もせず、それらをなんなくやってのけたが、実のところ、そこまでしなくても気に入られる自信があった。何故なら、今までにダリアに関心を持たなかった人間はいなかったからだ。

 ディアン王子は、幼い頃から王子としての教育を徹底的に教え込まれ、遊びとは無縁の生活を送っている品行方正な男児だと聞いていた。
 ということは、魅力的な貴族令嬢と話したり、遊んだりする機会もそう多くはなかっただろうとダリアは予想していた。婚約者候補を選ぶ目的で、令嬢と会う機会は多いかもしれない。しかし、王子と会えるような有力貴族の令嬢は、家門の力ばかりが強く、令嬢自身は頭が悪く傲慢であったり、器量はさほど良くなかったり、話の受け答えが下手だったりするからだ。
 そんな令嬢達の中で、ダリアは突出する自信があった。貴族でも平民でも、愛されるには「賢さ」が必要だ。それは、知識をひけらかすという意味ではなく、相手が何を求めているかを見極める「賢さ」だ。妹のような頭の悪い人間は、一生人誰からも愛されることはないだろう。

 そして、ダリアは初めてディアン王子と対面した。
 ダリアは対面する前から、彼から気に入られる自信があったので、特に緊張することなく笑顔で王子に挨拶をすることができた。

 ディアン王子は、今までに会った令息とは一線を画していた。艶やかな黒髪に、涼やかな目元が特徴的な美少年だった。厳格で清廉な雰囲気を持ってはいるが、冷たい感じはせず、自然な笑顔で穏やかに話す様は、どこからどう見てもおとぎ話に出てくる王子様だった。12歳の筈だが、男児特有の子どもっぽさはない。

 ダリアとディアンは雑談程度だが話をした。ダリアは全てが完璧で、落ち度は少しも見当たらなかった。しかし、最初に持っていた、『気に入られるだろう』という自身を失っていた。

 ディアン王子の感情が読めなかったのだ。ダリアのことを気に入ったのか、そうでないのか、にこやかに笑ってはいたが、少しの表情にも表れなかった。ダリアは何だか負けたような気がして、2回目に王子に会うまで、悔しい日々を過ごした。

 次に会ったとき、最初の時と同じでダリアには手応えがなかった。しかし、帰り際、ディアン王子はなぜかひどく機嫌良さそうに帰っていった。それ以降も、ダリアに会った後は嬉しそうにして帰ることが多く、とうとう正式に婚約したいという申し出があった。

 ダリアは心底嬉しかった。ダリアの魅力は、王子にもちゃんと効いていたのだ。

 ダリアがどん底に突き落とされるのは、それからしばらくしてからだった。屋敷内にいた使用人がディアン王子を見かけた際、信じられないような光景を見たというのだ。
『ディアン王子と妹のララが一緒に遊んでいた。』と。
 様子を聞くと、2人は園庭にいて、ララは葉っぱに乗る気持ちの悪い虫を手に乗せ、王子に見せながら夢中で何かを話していた。ディアン王子は、虫を嫌がる素振りもせず、楽しそうに頷きながら話を聞いていたというのだ。

 たまたま王子がララのわがままに付き合ってやっていただけなのかもしれない。そう思ったダリアは、次にディアン王子が屋敷に訪れた際、侍女に命令し、王子の後を付けさせた。

 王子はいつものごとく、気分転換に庭園を散歩して来ますと言い、席を外した。王子は屋敷内をウロウロとし、明らかに人を探す素振りを見せていた。そしてララと会った後は、屋敷の裏庭で一緒に絵本を読んでいた。侍女から見ても王子は楽しそうな雰囲気で、嫌々遊びに付き合っているようには見えなかった。

 侍女からの報告を聞いたダリアは、今までに感じたことのない屈辱を味わっていた。ディアンが機嫌がいいのは、ララに会っているからだ。ララに会う為に、何かと理由をつけて一人で屋敷内を出歩いていたのだ。
 頭が悪くて、異性からなど相手にもされないとダリアが思い込んでいた妹は、こともあろうに王子の関心を引いていたのだ。
 人目を避けてわざわざ会いにいくのだから、妹への只の興味というよりも、おそらく淡い恋心があって行くのだろう。そんなことはダリアにも分かっていた。

 腹の虫が収まらないダリアは、侍女を使って、母に王子とララが一緒にいる現場を発見させた。案の定、ララはひどい折檻を受け、しばらく2人が接近することはなかった。
 しかし、王子は結局ララに会うことを止めず、2人の密会は王子が14歳になる頃まで続いた。

 ◇

 現在、ダリアはディアン王子の妻になった。地位を手にし、皆から敬われる存在になった。尊敬する王妃と、いつもダリアに優しくしてくれるディアン王子を手に入れ、ダリアの人生に狂いはなかった。

 それなのに。

 ララと王子の、子どもの頃の一時の遊びなど、記憶から消し去っていたのに。
 今になって、そのままにしていた火種が大きくなり、ダリアを苦しめていた。

 ディアンがダリアと閨を共にする頻度が少なかったとしても、今まではダリアに対しては優しく、褒める言葉も感謝の言葉も欠かさなかった。ダリアを無視することもなく、王妃とダリアの多少の行いにも目をつむり、声を荒げることもなかった。

 だが、ララが王宮へ連れてこられ、ディアン王子との初夜を済ませた翌日から、王子は明らかに変わってしまった。
 夫婦の寝室の近くだった執務室を、別棟に移動させた。そして、執務室の隣をララの部屋にした。
 ディアンは元々、ほとんどの時間を政務か外出に割いている。一日中、執務室で過ごすことが多いため、執務室を別棟に移動させるというのは、夫婦が顔を合わせることが無くなるということである。
 別棟には、ディアンが選んだ側近と侍女しか入ることを許さず、戒厳令が敷かれていた。別棟の中で、ディアンとララがどう過ごしているのかは、ダリアには知る由もなかった。

 あまりに気になり、洗濯係の使用人に金を握らせ、中の様子を報告させたことがある。

 ディアンは政務中も、執務室の中に自由にララを入れており、ララは好きに絵を描いたり、本を読んだりしている。執務室に出入りする王子の側近達もそれは承知していて、ララのことを『お嬢さん』などと呼び和やかな雰囲気である。
 ディアンは仕事を早めに切り上げ、必ずララの部屋へ行き寝食を共にしている。
 ディアンとララは、誰がどう見ても愛し合っている男女にしか見えない。

 洗濯係からの報告内容は、ダリアが耳を覆いたくなるような、信じられないものばかりだった。
 ディアン王子はダリアには対して、ひどく優しく丁寧だと思っていた。政略的な結婚だとはいっても、面だって愛情を示さないのは、王子は目立つことやはしたないことが嫌いなだけだと思っていた。
 しかし、その内容が真実であれば、王子はダリアに対しては愛情の欠片もなく、義務的に優しく接していたということになる。
 ディアンの仕事中、ダリアは部屋に入れてもらったことはない。毎晩同じベッドで眠ったこともなければ、人目を憚らず抱き寄せられたこともない。

 あの妹に、一体何があるというのだろうか。
 ダリアよりも優れているところなんて一つも見当たらないのに。

 妹など、世継ぎを作るのためのダリアの影武者でしかないのだ。本妻を差し置いて、王子を独占していい立場ではない。身の程を分からせてやらねばならない。
 王妃様に従ったまでだが、ダリアはララを王宮に入れることなど到底我慢ならなかった。ララなどいなくても、自分が王子の子を産めば済む話だ。ダリアの仕業とは分からぬようにララを追い詰め、役に立たなくなれば、ララは人知れず消されるか、追い出される他ない。

 ダリアは人払いをし、専属侍女を呼び出した。
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