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イリオの決心

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 イリオはこの1ヶ月近く、ララへの宣言通り橋の下へは行かなかった。何故なら、やるべきことがあったからである。

 イリオは現在13歳であり、結婚できる年齢である。ライラが殺された時から、王位にはほとんど興味がなく、母レスタだけがイリオを後継者にすることに躍起になっていた。

 イリオは、国王が崩御したり、革命が起きた際、次期王位継承権の資格を辞退するつもりでいた。遅かれ早かれいずれはそうしようと思っていたことだ。口で言うのは容易いが、貴族の支持や母レスタとの確執により、一筋縄ではいかないことも多く、状況が変化した数年後に実行しようと思っていたところだった。

 今それをやっているのには理由がある。
 それは、ララへ結婚を申し込もうと決めたからである。

 王位継承者でなくなれば、ただの王族関係者ということになり、結婚相手について口を出されることも、結婚相手が危険に晒されることも、周囲から圧力をかけられることもない。
 ララは最初驚くだろうが、ララ本人も保護者のアリソンも、イリオの申し出を断る理由はないだろう。
 最初は、ただの友達のような夫婦でも構わない。女の格好をしてララの前に現れ、5つも年下の男を、ある日突然男として見ろなどとおこがましいことを言うつもりはない。

 この1ヶ月、大変なことは多かったが、大方予定通りに事が進んだ。あとは、最終的な継承権辞退の申し入れをし、ララに結婚を申し込めば準備は整う。

 イリオが王宮内を歩いていると、たまたま通りかかったディアン王子に出会った。
 ディアンの母、現王妃は恐ろしい女で、イリオの母レスタとも仲が悪かった。ライラの飲み物に毒を入れたのも、証拠はないが王妃側の誰かが仕組んだ可能性は高い。
 イリオとディアンの周囲は犬猿の仲ではあるが、イリオ本人はこのディアン王子を、さほど嫌ってはいなかった。

 王妃の横暴に口を挟める者はおらず、息子ディアンどころか国王ですらもお手上げの状態だ。ディアンは王妃に対して何かを言うことはないようだが、かといって一緒になって何かを企み、共謀している様子はなかった。
 ただ真摯に政務に取り組んでいるようであったので、臣下からも評判は良い人物だった。年下のイリオに対し、偉ぶってきたり子ども扱いをしてくることもない。
 イリオがライラに紛して王宮を出るところを見られたことがあるが、それについて特に何かを言ってきたり、悪評を広めたりということもなかった。

「ディアン殿下、お久しぶりです。」
 イリオが話しかけると、ディアンは軽く笑って挨拶を返してきた。継承権辞退のことを伝えるつもりで、イリオはディアンに時間を作ってもらい、事の一部始終を話した。

「········イリオ、君は、アリソン様の離宮に住んでいる女の子と結婚するために·······継承権を辞退すると言っているのか?」
「はい、そうです。」
「それは、いつ頃伝えるんだ?その······結婚したいと。」
「明日の予定です。今日は辞退の申し出を済ませます。」
 ディアンは手で口を覆い、珍しく取り乱している様子だった。継承権を辞退すると言ったことが衝撃的だったのだろうか?しかし、元々王位に優位なのはディアンであったし、イリオになる可能性は極めて低い。ただ自分から「争い事から降ります」と手を上げているようなものなのだから、ディアン側からすれば、どちらかというと悪い話ではなくいい話である。


 ディアンは落ち着いて考えるため、イリオと別れ自室へ戻っていた。
 レックスの方ばかり気にしていたが、まさかイリオがララと接触しているとは思ってもみなかった。
 イリオが結婚を申し出れば、アリソンは喜んで応じるだろう。全く名も顔も知らない貴族なら、ララを嫁がせることにためらいがあるかもしれない。しかし、結婚をするために継承権を辞退したということになれば、それだけ本気だと分かるし、ララとイリオは友達だというのだから、互いに気が合うのだろう。

 ララにとっては幸せなのかもしれない。そのように考え事をしながら回廊を歩いていると、ダリアに呼び止められた。いつもよりも表情が強張っており、追い詰められたような雰囲気を纏っている。
「殿下、大切なお話があります。誰にも聞かれない場所で。」

 ディアンはダリアから、王妃の『提案』を全て聞いた。これは『提案』という名の『脅迫』だ。王妃は既に、アリソンとララの元へ向かっているという。
 ディアンは急いでイリオを探した。

 ◇

 王宮の申請書類を管轄する部署へやってきたイリオは、血相を変えて走ってきたディアンに驚いた。
「イリオ!!今すぐに行け!」
「え?一体何の────」
「結婚だよ!!明日と言わず、今すぐにララのところに行くんだ!申請は後でいい!!」

 アリソンの離宮へ急ぐ馬車の中で、イリオはディアンから王妃の企みを聞くことになった。
「イリオの結婚相手を、僕の愛人にすることはできない。婚約でもなんでもいい。王妃様より先に手を打たないと。」
「···········世継ぎを産ませる可能性を上げるために、ララをディアン王子の寝所に通わせ、子ができたら取り上げるだって?········王妃め!ふざけたことを!!」
「イリオすまない───もう少し早く聞いていれば、王妃と話ができたんだが·········王妃がアリソン様とララに一度でも話をしてしまえば、後で僕が何を言おうと覆らない。断れば、ララは余計なことを知ったとして、口封じに殺されるだけだ·······」
 イリオとディアンは気が気ではなかった。王妃に先を越されていれば、もう手の打ちようがない。王妃に目をつけられた時点で、ララの命は握られているも同然なのだ。
 (全部僕のせいだ。僕がララに固執しなければこんなことにはならなかった。)
 ディアンは離宮へ急ぐ馬車の中で、自責の念に苦しめられた。

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