【完結】不出来令嬢は王子に愛される

きなこもち

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優しい人

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 明け方、雨も止み、外は晴れ間が差していた。ララよりも少し早めに目覚めたレックスは、ララの寝顔をゆっくりと堪能していた。閉じた睫を触ったり、薄く開いた唇を触っていると、年頃の男性には抑えがたい生理的反応が起こってしまった為、慌てて自室に戻りシャワーを浴びた。
 ちょうどアリソンが屋敷に戻った為、タイミングが悪くなくて良かったとレックスは胸を撫で下ろした。
「ごめんねレックス。昨日ひどい雨で帰れなくて。停電してるみたいね。ララ大丈夫だった?あの子、雨の音も暗いのも怖がるから········」
「ああしばらく一緒にいたら大丈夫だったよ。それより朝食にしようぜ。お腹すいた。」
 レックスはアリソンの顔を見るのが気まずくなった。ララに手を出したと母が知れば、きっと烈火のごとく激怒するか、なんて節操のないことをするんだと嘆くだろう。

 少しするとララも起きてきて、3人で食堂に座った。ララはいつも通りの雰囲気で、特にレックスやアリソンに対しておかしな言動をすることはなかった。
 いつもと違うのはむしろレックスの方で、ブドウの皮を真剣に剥くララをじっと見ては、顔を綻ばせていた。
「レックス。フォークでスープを飲むつもりなの?」
「え?あ···········」
 レックスはあからさまに浮わついていた。態度に出さないようにとは思うものの、気がつくといつもララを目で追ってしまっていた。時折ララと目が合うと、ララはアリソンに気がつかれないようにニコッと微笑むのだ。
 レックスはまるで初恋のように、その日1日、他のことに手がつかないくらい、ララのことばかり考えていた。

 ララの絵が売れたことを報告すると、アリソンはみるみるうちに機嫌が悪くなり、レックスを叱責した。
「ララの絵を売ったの!?あなたって本当にお金のことしか考えてないのね!ララは絵を描くことが好きなだけよ······。商売の道具にしないで!」
「なんでだめなんだ?ララの絵は、人が高い金を払ってでも欲しいと思われるほど価値があるんだ。ララが、得意なことで稼いだらそれは悪いことなのか?」
 2人が険悪な雰囲気に包まれた為、ララは焦って間に入った。
「あの·········正直言うと、私の絵を誰かに買ってもらって嬉しいです。お金をたくさん稼ぎたいとかではないんですけど───養われているだけの人間よりは、人の役に立つ方がいいです。」
 アリソンはララの本心を聞くと、それ以上は何も言わなくなった。

 まとまった金が入ったので、ララ専用の口座を作ろうということになり、ララはレックスと街の銀行へ行くことになった。

 街へ向かう馬車に乗り込み、2人きりになると、ララは向かい合って座らず、レックスの隣に座り手を繋いできた。
「兄さんと手を繋ぎたかったんです。到着するまで·······いいですか?」
 照れながら話しかけてくるララが可愛すぎて、レックスは身悶えしそうになった。
 ララと繋いだ手を、大事そうにもう片方の手で包み込んだ。
 用事が済むと、レックスは名残惜しそうに屋敷から帰っていった。元々長居するつもりではなかったので、色々と仕事を残してきてしまったとのことだった。すぐにまた来るとララに約束してくれたので、ララは次に兄に会うのを心待にするようになった。

 ◇

 翌日、1日ぶりに橋の下に行くと、既にライラが川の近くで足をブラブラさせながら待っていた。
「ライラ!」
 ララが駆け寄ると、ライラは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「お兄さんは?帰ったの?」
「うん!今は家を出てるから。ライラに会えなくて、残念だったって。」
 ライラはララを見て、なんとなく雰囲気が変わったと感じた。2日前までは、無垢な少女のような雰囲気だったのに、今は魅力的な「女性」に見えた。ララは嘘をつくことが苦手なので探ってみることにした。
「ねぇ。ララは、好きな人いるの?」
「え、え!?好きな人!?」
 ララは分かりやすく顔を赤くし、慌て出した。
「フフッいるんだね。それって誰?」
「··········私が勝手に好きなだけ。本当は、私なんかが想ってはいけない人。」
「そんなことない。向こうもララのこといいと思ってるかもよ?好きだって伝えないの?」
「好きだって·······言ったことになるのかな?その人に、虫で言う交尾を───出来るものなら私にして欲しいって伝えたわ。」
「············はぁ!?ララ、何でそんなこと言うの!?結婚までそういうのは大事に守らないと!!それで·······相手はまさか手を出してきたの?」
 ライラは明らかに動揺し怒っていた。ララは、自分が男を誘うような子だと思われ失望されたのではないかと不安になった。
「ううん、断られた。でもキスだけは······してくれた。私の一方的な思いだけど、応えてくれてすごく嬉しかった。」
 恥ずかしそうに笑うララを見て、ライラは溜め息をついた。
「ララ·········それは、『気持ちに応えた』とは言わないんだよ。真剣に考えてたら婚約するよね?結婚する気がないならキスもしちゃダメなんだよ。」
 ララは足元を向いて気まずそうに笑った。
「そうだよね。でも───私とライラは違う。ライラは美人だし賢いし、きっと大きくなったら、たくさんの男性から結婚を申し込まれるでしょうけど·····私のことを『妻にしたい』と思う男性はいない。優しい人は、『そんなことない!』って言ってくれるけど、本当にそうなの。だから───好きになった人が触れてくれるだけでも私にとっては奇跡なの。その先を望んだりしない。」
 ライラは川の方を見つめたまま、無表情でララの話を聞いていた。明らかに怒っているようで、気まずい沈黙が流れた。
「·······ごめんね、ライラ。私こんなで────」
「それってあいつ?ララの兄。」
 ララの言葉を遮り、突然ライラに相手を言い当てられ、ララはひどく動揺した。いつもおしとやかな話し方をするライラが、仮にも王子のレックスに対し、『あいつ』という言葉を使ったことにも驚いてしまった。
「えっ?い、いえ·······何で········」
「レックスのどこがいいんだ?女にはもてて調子いいこと言うかもしれないけど、浅はかで馬鹿だ。真剣なララのこと面白がって遊んでるんだよ。君には似合わない。」
 ライラの突然の豹変ぶりに、ララは面食らってしまった。ライラは2つの人格でもあるんだろうか?
「どうしたのライラ?なんだかいつもと違うね·········それに、兄さんはそんなに·····私のこと面白がってるわけじゃないと思う。優しくしてくれるし、心細いときは側にいてくれるわ。誤解よ。」
 レックスを庇うララにさらに苛立ったライラだったが、ララに怒りをぶつけるのは違うと思い、深呼吸をした。
「分かった。要するに、ララは自分が『役に立たない』『誰からも愛されない』『一生結婚できない』と思ってるんだ。だからちょっと優しくされると好きになっちゃうんだ。違う?」
 ライラからそのように言われ、ララは過去の自分を振り返ってみた。

 初恋だったディアンは、屋敷で居場所がなく、学校でも苛められていたララに初めて優しくしてくれた人だ。
 レックスは、ララを馬鹿にせず一人の人間として見てくれるし、何より一緒にいて楽しい。確かに2人とも、男性でララに優しくしてくれた、珍しい人達かもしれない。
「··········確かにそうかも!でも、意地悪する人より優しい人が好きだし、格好良かったらなおさらドキドキしない?ライラは優しい人好きじゃないの?」
「··········さぁ。優しいか優しくないかで考えたことないな。」
 イリオにとって特別な存在なのは、『双子の片割れライラ』と『橋の下の少女ララ』この2人だけであった。

イリオは何かを決心したような目をしてララに向き直った。
「ララ。」
「なぁに?」
「3ヶ月·······いや、1ヶ月待ってくれる?ララが言ってたことは本当じゃないって証明してみせる。」
「証明??一体何を··············」
「いいから!しばらくはここには来ない。次に会うのは1ヶ月後だ。あと、君の兄に迫られても体を許しちゃダメだ。じゃあララ、またね。」
イリオはそう言うと、足早にその場を去ってしまった。


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