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ライラとイリオ

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 ライラとイリオは、国王の2番目の側室レスタから産まれた。
 王室には珍しい、男女の双子だった。黒髪で人形のように美しい顔をした2人は、まるで分身のように常に一緒で、片時も離れたことはなかった。
 イタズラ好きで、時々服装を入れ換えては、周囲の使用人や母のレスタを困らせ楽しんでいた。
 また、双子の頭の良さは群を抜いていた。正室の息子ディアンや、第一側室アリソンの息子レックスも優秀ではあったが、ライラとイリオはいわゆる「天才」で、10歳そこらで、学者顔負けの知識と見識を持っており、家庭教師を言い負かしてはプライドをズタズタにして追い返すという悪行を繰り返していた。

 王位継承権第一位は、正室の息子ディアンであった。ディアンはまじめで落ち着いた人柄であり、周囲を気遣う慈悲の心も持ち合わせている、王子としては完璧な人物であった。周囲は当然、時期王になるのはディアンだと口を揃えたが、一部、双子の男児、イリオを担ぎ上げようとする勢力も存在していた。
 理由は、イリオが『抜きん出て優秀である』ただそれだけであった。また、イリオはディアンに比べ、慈悲の心というものは薄く、どちらかというと悪童であったが、王となるには、それくらい肝が据わっているような、時には冷酷になれるくらいの人物でないと潰れてしまうというのが、一部の見方であった。
 第一側室の子、レックスに関しては、そもそも政治事や王室に関わるような気質のある人物ではなく、側室のアリソンも、後継者争いには一歩距離を取っていた。
 その為、実質、後継者争いは、正室の子ディアンと、側室の子イリオの2強、ということになっていた。

 その日は王の誕生祭があり、王族は一同に集まり、祝いの席を囲むというのが通例になっていた。
「イリオ、今日は普段会えない王子達もくるんでしょ?私、あなたに成り済ましてディアンやレックスと話してみたい。どんな子達か試してやる。」
「いいよライラ。じゃあ服を取り替えようか。」
 ライラとイリオは、使用人達にばれないよう、身支度直前に入れ替わり、名に食わぬ顔で祝いの席に出席した。

 王室では、男子と女子の扱いには天と地ほどの差があった。男児は王子と呼ばれ特別扱いをされるが、女児は形ばかりの王女であり、『いい家柄の貴族令嬢』となんら変わりはない位置づけだった。王子であるディアンやレックスと話ができるのは、双子の片割れ、イリオだけだったのである。

 イリオに紛し、王子達と話をしたライラは、会場で令嬢達と談笑しているイリオに小声で話しかけた。
「イリオ、王子達と話してきたわ。レックスは噂通り、王になるような人物じゃなかった。遊びたい盛りの子どもって感じね。年寄りばっかりでつまんないぜって顔してた。ディアンは······噂より聡明だったわ。私とイリオが入れ替わってることに気付いてるみたいだった。」
「へぇ。そんなんだ。こっちの令嬢達も面白いぞ。ライラを年下だと思ってさ、みーんな上から目線で話しかけてくるんだ。ライラを通して王子達と繋がりを持ちたいから、あの手この手で俺の興味を引こうとしてた。」
 2人は顔を見合わせクスクスと笑った。
「じゃあ、もうちょっとだけ入れ替わってようぜ。またあとで。」
「うん。あとでねイリオ。」
 2人は軽くハイタッチをし別れたが、それが双子の永遠の別れになるとは夢にも思わなかった。

 王の誕生を祝う名目で、乾杯の杯が掲げられた。全員がグラスを口にした瞬間、王子達の一番端にいたイリオに紛したライラが、突如血を吐いて倒れた。
「!?!?イリオ様!?」
「誰か来て!!早く!!!」
 場内は騒然となり、ライラはすぐに救護班に担がれ王宮内へ運ばれていった。

 イリオがライラが担がれた部屋へ着いた時、医務官達が部屋の外に慌てて出てきた。部屋の外で待機していた側室のレスタと国王は、医務官達の言葉を固唾を飲んで見守った。
「イリオは·········」
 レスタが消え入りそうな声で聞くと、医務官達は一瞬何が起きているのか分からないような表情で応えた。
「イ、イリオ様はお亡くなりになりました······!強い毒を飲んでおり、既に手の施しようがなく·······申し訳ございません!!!」
 レスタはフラッと気を失いそうになり、国王に支えられた。
「し、しかし······亡くなられたのはイリオ様ではなく、女児の体でした!恐れながら、ご息女のライラ様では!?」
 レスタと国王はその言葉を聞くと、扉の後ろに呆然として立っていたライラに紛したイリオを見た。
「イ·······イリオなの?········」
「父上、母上······申し訳ありません。僕がライラと入れ替わったから·····ライラは死んでしまいました。」
 イリオは涙を流しながら呟いた。
 レスタはふらふらとよろめきながら、イリオを抱き締め泣き出した。
「あなたじゃなくて良かった······!!本当に良かった······」
「ああ!そうだイリオ!入れ替わってくれてて本当に助かった······!!」
 イリオは母に強く抱き締められながら、頭はどこか冷えきっていた。

 ライラが死んだというのに、何が『本当に良かった』なのだろうか。
 イリオにとってはライラは半身であり、今イリオは生きているようで、半分死んでいた。なぜライラはいないのに、自分はのうのうと生きているのか、頭の良いイリオにも理解できなかった。

 母や父ですら、時が経つにつれ、ライラの存在を忘れていった。イリオは忘れられるはずもなく、いつしか、ライラは自分の中に住んでいるような気がしてきた。

 そうして3年の月日を過ごした。イリオは髪を伸ばし、授業が始まる前の空き時間、こっそりライラの格好をして外へ出歩くことが日課になっていた。
 その日、王宮の近くにある川は増水していて、流れが早かった。川にかかっている橋は高さがあり、ここから身を投げたなら、おそらく川の勢いに飲まれ助からないだろうと思い、イリオはふらふらと橋の上に近づいた。

 その時、一人のふわふわの栗色の髪をした女の子が、橋の上でぼんやりと遠くを見ていた。
 (俺より先に身投げでもするつもりなのかな。)
 イリオは興味本位で少女を眺めていたが、少女は身投げすることもなく、ウロウロと橋の周りを回ったり、側に生えている草に乗っている虫を捕まえたりしていた。
 (見たところ、成人前くらいの年齢なんじゃないだろうか。それなのにこんなところでふらふらと虫取をするなんて、どこかおかしい子なんだろう。)
 なんとなく、そのような女の子の前で身投げしようとしていた自分が恥ずかしくなり、その日は何事もなく王宮に帰った。
 それから、イリオはなんとなく少女の様子が気になり、何度か橋に来てみると、少女は橋の下で絵を描いたり、ぼんやりしたりして時間を過ごしていることが多かった。

 イリオのことは気付いているはずだが、向こうから一切声はかけてこない。まるでいないものとして扱われていることが、むしろイリオには心地よかった。

 少女への興味が出始め、気まぐれに声をかけてみた。少女はビクッと身体を震わせ、イリオを見上げてきた。
 色白の肌にそばかすがあり、全てを見通すかのようなきれいな瞳をしていた。イリオに話しかけられたことが嬉しかったのか、『鳥を描いている』とはにかみながら答えた。

 それから、イリオはララという少女とこの橋の下で過ごすことが日課となった。何でも知っているイリオに比べ、ララは何も知らず、怖いほどに純粋だった。ここまで無垢だと、人の中に溶け込んで普通に暮らすというのは難しいだろう。
 イリオはララに親近感を抱いた。周囲から理解されないのは、イリオも同じだった。だからこそライラしか心を許せなかったし、ライラがいない今では、イリオは孤独だった。
 ララも頻繁にここに来るということは、おそらく居場所がないのだろう。『側室のアリソンの住む離宮』に住まわせてもらっていると言っていたが、親戚のはずもなく、何か訳ありのようだった。

 イリオは次第に、ララに『ライラ』ではなく『イリオ』を見て欲しくなった。自らこのようにライラに成りきっているのだから矛盾しているが、ララに会えた日は、イリオは孤独ではなくなった。
 自分の話す『物語』をワクワクしながら聞いているララの表情を見ることが好きで、話が尽きてしまわないように、王宮の図書館で物語を予習してきていることは、ララには内緒であった。


    
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