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ダンスの練習

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 それから、ララは祝賀会のパーティーに向けて、ダンスの練習をすることになった。はじめはアリソンも一緒に練習を見ていたのだが、ダンスが初めてのララに対して
「そこはもう少し早く」「そこは丁寧に」などとストップをかけることが多かった為、レックスはアリソンに苦言を呈した。
「母さん!ララは初めてなんだから、まずは楽しく踊ることを覚えないと。細かいところは後からでいいんだよ!まったく自分はダンス下手なくせに口ばっかり出して······」
「な、何よ!だって見てるとつい·····昔の自分を見ているようで気になってしまうのよ。私は先生に厳しく教えられたから───」
「はぁ····昔と今は違うし、母さんとララも違うだろ。だったら、今後は母さんが見ていないところで練習するよ。その方がお互いにいいだろ。」
 アリソンは確かにそれがいいとしぶしぶ了承し、それからはララとレックス2人きりで練習をするようになった。
 ララはまず、ヒールのある靴を今までに履いたことがなかったので、靴に慣れることすら苦労した。しかし、リズム感は悪くなかったので、何度か練習するうちに、レックスの足を踏むこともなくなった。
「うまいじゃんララ。母さんより素質あるよ。相手に身を任せて、動きを合わせてればいいんだ。細かいところは実はそんなに見られてない。誰も目の前の相手にしか興味ないさ。」
 レックスの言葉に気が楽になった。ララは褒められて嬉しくなり、次第にこのダンスの練習の時間が好きになっていた。

 一方、レックスはというと、内心心穏やかではいられなかった。
 ララは練習を重ねる度に、固かった表情がリラックスし、楽しそうに踊ってくれるようになった。至近距離で見るララの笑顔は破壊力があり、純情でもないレックスが柄にもなく、恥ずかしくて目を合わせられなくなった。おまけに、ダンスの練習の際、手を繋ぎ体を密着させているせいか、ララはレックスに対して普段も距離が近くなっていた。常にベタベタしてくるわけではないが、ふとした時に突然、背中にもたれかかってきたり、腕を絡ませたりしてきた。ララは精神年齢は幼いが、身体的には普通の女性と変わらなかったので、その度に一瞬理性が飛びそうになり大変だった。
 しかし、これはアリソンに対しても同じような感じだったので、ララなりの愛情表現の一種なのだろう。赤の他人とはいっても、仮にも慕ってくれる妹に邪な気持ちを抱いてしまい、申し訳ない気持ちになっていた。

 その日は、外が暖かく気持ちがいいので、レックスは庭園のベンチに座り本を読んでいた。そこへララがやってきて、構って欲しいのか隣に腰をおろした。
「··············兄さん、何読んでるの?」
「────小説。」
 本当は、『自分の感情を相手に悟らせない方法』という実用書を読んでいた。ララが隣に来たときから感情が波打だし、この本にはどうすればいいと書いてあったっけ、などと考えながら冷静を装った。
「そうなんだ。じゃあ、私はお昼寝しようかな。」
 嫌な予感がしたが、ララはよいしょと言いながらベンチに横になり、レックスの膝の上に頭を乗せた。
 さすがにこの体制はまずいと思い、ララの肩を掴み、体を起こさせた。
「········ララ、こういうのはちょっと。母さんにはしていいけど、男と女だったら普通しないんだ。兄妹だとしても······」
「そうなの·······?ごめんなさい、困らせちゃって。昔、お友達としたことがあって。笑ってくれてたから、していいことなのかと思ったの。」
 ララにそのような距離の近い友達がいたことが意外だった。言い方的に、きっと男子なのだろう。子どもの時のことであるのに、その友達とやらに嫉妬心を抱いてしまう自分が馬鹿らしくなった。
 その時、以前ララに見せてもらった絵のことを思い出した。ララと男の子が2人で仲良く本を読んでいる絵。他の絵に比べて妙に具体的だったのは、想像ではなく実体験だったからだろうかと思い当たった。
「それって、あの絵の·····?絵本の王子様なのかと思ってたけど、お友達だったんだ?」
 ララははっとし、顔を赤くし下を向いた。その反応を見る限り、初恋の相手だったのだろうか。絵に描いたり、『王子様』と言う辺り、きっとララにとって特別なのだろう。レックスはひどく嫌な気分になってしまった。
「あぁ、うん。今はお友達じゃないけど······王子様なのは本当。」
 ララはきっと『王子』と呼ばれる人は数多くいると思っているのだろう。理解していないのだと思うが、この国で王子と呼ばれるのは、国王と直系の子どもだけだ。側室の子も含めれば複数人いるが、ララと面識がありそうな王子といえば、自分以外には一人しかいない。
「ディアン王子?」
 ララは言い当てられるとは思っていなかったのか、ひどく驚いてレックスを見た。
「──え、え?········兄さんどうして分かったの?」
「分かるさ。ララの屋敷に昔から出入りしてる黒髪の王子って、ディアンしかいない。」
 思えば、アリソンの妄言に加担し、ララを屋敷から連れ出すという強行手段に出たのもおかしいと思っていた。妻のダリアの妹なのだから、そんなことをすれば夫婦の関係は悪くなるだろうにそうしたのは、元々ララに対して特別な感情があったからだろう。
 この前衣装店で会った時も、レックスが屋敷に戻ったのかどうかを気にしていた。要するに、ララの近くに男を近付けるのが嫌だったのだろう。
 思春期のように一人で熱に浮かれていたレックスは、冷や水を頭からかけられたような気分になった。
「ララ、少し疲れたから部屋に戻るよ。」
 レックスはぶっきらぼうにそう言うと、ララを残して自室に戻った。

 それから、夕食の時もレックスは普段のようにララに話しかけず、目を見ることもなかった。ララもレックスの態度には気づいていて、きっと自分が何か気に触ることをしたのだと思っていた。しかし、どの部分に怒っているのか見当がつかず、謝ることもできなかった。2人のよそよそしい雰囲気を見たアリソンは、
「ちょっと何よ、初めての兄妹喧嘩?というよりレックスが勝手に怒ってるわね。大人げないわよ。何があったか知らないけど、許してあげなさい。パーティーは明日なのよ?仲直りして。」
「違う。怒ってるんじゃない。·········少し放っておいてくれ。」
 レックスはそう言うと、椅子から立ち上がり食堂を出ていった。

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