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 食堂に戻ると、やっとブドウを食べ終えたララが満足げな表情をして2人を迎え入れた。
「おかえりなさい!」
「ララ、今朝のブドウはどうだった?」
「昨日のも美味しかったけど、今朝のブドウもすごく美味しかったです!」
 毎朝ブドウの皮剥きをしているのかと思いながら、レックスはララを改めてまじまじと見た。フワフワの栗色の巻き髪はボリュームがあり、触ると柔らかそうだった。華奢で色白で、薄いそばかすと潤んだ大きな目が印象的だ。貴族令嬢にも、平民の女の子にもいないような雰囲気で、どこか浮世離れしたような神秘的な感じがした。突然この子が目の前に現れ『神からのお導きだ』と心を奪われてしまった母の気持ちも分からなくはないなとレックスは思った。
「そうだ!ララ、レックスにあなたの描いた絵を見せてあげたら?すごく上手よ!私はちょっと出掛けるから、2人で仲良くしててね。」
 初日から2人っきりにはしないでほしかったのだが、兄妹で仲良くさせようという作戦なのだろうか?仕方がないと諦めたレックスはララに話しかけた。
「絵が得意なの?良ければ見せてほしい。」
 絵などさほど興味はなかったのだが、何か話すきっかけを作らなければララのことは探れないと思った。
 アリシアがいなくなった途端、ララはレックスに対してよそよそしい態度を取った。少し距離を開け、「こっちです。」と小さな声で呟くと、後ろをチラチラと見ながらララの部屋まで案内された。

 ララの部屋は、まるで小さな女の子の部屋だった。書きかけの画用紙が何枚か散乱していた。ベッドの中に大きな熊のぬいぐるみが寝かされていて、人間のように丁寧に毛布がかけられており、レックスは苦笑した。
 床に落ちていた画用紙を拾い上げ、描いた絵を見てみると、意外にもレックスが見たこともないくらい色鮮やかな味のある絵で驚いた。レックスは外国と絵画の取引をしており、日々多数の画家の絵を見慣れているが、ララの絵は、描写も細かくダイナミックで、常人には描けないような類いのものであった。ララの好きなブドウの絵だった。
「君、絵が上手いんだね。他のを見ても?」
 ララが小さく頷いたので、床に散らばっていた絵を広い集めてじっくりと見た。食べ物や風景の絵が多い中、一枚だけ人物が描かれた絵があった。
 大きな木の根本に子どもが2人入り込んで、仲良く本を読んでいる絵だ。これだけ妙に描写が細かく、レックスは気になってしまった。
「この絵は········女の子の方はララ?男の子は?」
 この絵について聞かれた時、ララは急に赤面し恥ずかしそうに下を向いた。
「あ······それは、物語で·····王子様です。」
 物語を読んで、ララと本の中に出てくる王子様が一緒に遊んでいることを想像して描いたということだろうか。
「そうなんだ。素敵な絵だね。」
 レックスが褒めると、ララは少し嬉しそうにはにかんだ。かわいいなと感じ微笑み返してしまった自分にはっとし、レックスは首を横に振った。
「あの··········レックス様は────」
「様はいらない。兄さんとかでいいよ。」
「··········兄さん──は、私がいて居心地が悪いでしょう?ごめんなさい。」
 突然ララが申し訳なさそうに謝ってきたので、レックスは驚いた。ララは自分のことなど何も気にしていないと思ったのに、微妙な表情や態度を感じ取っていたのだろうか。そう思うと、レックスは疑っていることを悟らせてしまったことがなんだか申し訳なくなった。
「いや、全然·······俺も妹が欲しかったんだ。君が来てくれて嬉しいよ。」
 社交辞令として言ったのだが、それを聞いたララの表情がぱぁっと明るくなった。
「············本当ですか!?私も、お母様や兄さんのような優しい方たちに出会えて幸せです。あの·····迷惑かもしれませんが、仲良くしてください!」
 ララはレックスの手を両手で掴み、ブンブンと振ってきた。握手のつもりだろう。レックスの方が何故か照れてしまい、自然に笑うことができなくなった。
「そうだ!兄さん一緒に来てください。見せたい場所があるんです!」
 ララはレックスの手を掴んだまま、早く早くと庭園に連れ出した。
 あんなによそよそしかったのに、気を許したのか、急に距離を詰められレックスは戸惑っていた。これが彼女の手口なんだろうか。だとしたら、自分はまんまと罠にはまっているし、演技であれば女優も顔負けである。
 庭園に来たララは、パンジーの花の方へ近付いていくと、何かを手に乗せレックスに見せてきた。
 見てみると、赤と黒の芋虫がララの手に乗っていた。仮にも王子として育ったレックスは、虫取遊びは経験がなかった為、一瞬怯んでしまった。平民ならまだしも、貴族で虫取に興じる男児も女児もまずいないだろう。
「この虫は·······なんだっけ。」
「ツマグロヒョウモンの幼虫です!暖かくなったらサナギになって、綺麗なチョウになるんですよ。パンジーの葉っぱをよく食べるので、この辺りに多いんです。兄さんも触ってみます!?」
『いや結構』と言おうとしたのだが、キラキラとした目で問いかけられ、しかも女の子が触れているのに、年上の男である自分が虫を触れないのは格好悪い気がして、レックスは恐る恐る手を伸ばした。手に乗せられた芋虫をよく見ると、動きが以外にも可愛らしく、見れば見るほど愛着が湧いてきた。
「ララは······虫が好きなの?」
「はい!虫は、個体によって形も性質も違うし、みんな精一杯生きていて尊敬します。───人間は······意地悪をするし、なんだか難しいから。」
 ララのような性格だと、周囲から苛められるだろうし辛い思いをしてきたのだろう。友達は虫しかいなかったのかもしれない。守ってくれる家族もおらず、結果的に今は、赤の他人の思い込みでここにいるのだから、彼女のことを『かわいそう』だと思わざるをえなかった。
「あ───でも、私をかわいそうだと思わないでください。」
 心を読まれたのかと思い、レックスはドキリとした。
「周りに迷惑をかけてきたのは本当です。姉さんはみんなを笑顔にできるのに、私はできなかったから。───だから、今こうしてお母様や兄さんに出会えた私は、本当に幸せ者なんです。毎日がもったいないです。」
 ララの笑顔を見ていると、なんだか心が苦しくなった。
 この短時間で、ララのいくつもの顔を見た気がした。その度にレックスの心の中は嵐が吹き荒れているような感覚だった。レックスは、常に人と接するときは、無意識のうちに主導権を握っていて、相手を振り回すことの方が多かった。だが、今は明らかにレックスの方がララに振り回されていて、以外にもそれが楽しく心地好かった。ララのような人間にこれまで会ったことがなかったので、これから何が起こるのか全く予想がつかず、心なしかワクワクしていた。
 結局、その後もアリシアが帰ってくるまでララと遊んだ。遊びが楽しかったというよりは、コロコロと変わるララの表情や仕草を見ていることに飽きず、アリシアが帰ってきた時は『あぁ、母さんもう帰ってきたんだな』と少し残念に思ったほどだった。



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