上 下
12 / 50

不思議な女の子

しおりを挟む
 自室で泥のように眠っていたレックスは、カーテンから差し込んだ朝の光で目が覚めた。目を開けると、不機嫌そうに腕を組んで立っている母のアリシアがいた。
「·········おはよう。母さん。」
「おはようじゃないわよ。突然真夜中に来て。どうせ、居候していた相手に追い出されたか、仲違いしたんでしょ?いつものことよ。」
 さすが母親というべきか、察しの良さにレックスは苦笑した。
「───そういえば、昨日の子は誰だ?」
「後で紹介するわ。きちんと顔洗って着替えてきてよね。変なことは言わないこと。いいわね。」
 すぐに答えない辺り、何か事情があるんだろう。不思議に思いながらも、支度をすませたレックスは食堂に顔を出した。
 既にアリシアと少女はにこやかに談笑しながら朝食を取っていた。
「·······おはようございます。」
「あら。来たわね。ララ、紹介するわ、私の一人息子のレックスよ。あなたより2歳年上のお兄さんね。いつもは屋敷にいないんだけど、一時帰宅してる。変わり者だから、驚かせちゃうこともあると思うけど·······しばらく仲良くしてやって。」
 ずいぶんな紹介だと思いながらも、レックスはにこやかに笑いながら「ララ、よろしく」と言い、手を差し出した。ララはきょとんとした顔をして、レックスの差し出された手を眺めていた。
「ララ、握手よ、握手。」
 アリシアに促され、はっとしたララは慌ててレックスの片手を力強く両手で握り返した。この子は何かがおかしいと感じつつも、レックスは笑顔で乗り切った。
「えーっと········それで母さん、ララはどういう経緯でここに───」
「ああ!そうだったわね。話すと長くなるから簡単に説明するわね。」
 アリシアが事情を説明している間、ララは全く話に入ってこず、食事に集中しているようで、丁寧にブドウの皮を剥いて食べていた。レックスは、自分のことを話している隣でこんなに真剣にブドウの皮を剥く人間を初めて見たので、母の話を聞きつつも、ララの様子を凝視してしまった。
「─────というわけなのよ。·······レックス、そんな怖い顔をしてララを見ないでくれる?」
「うん。大体分かった。母さん、ちょっと来てくれる?2人で話したいんだけど。」
 ブドウに集中しているララを食堂に残し、レックスはアリシアを別室に連れ出した。
 部屋に入るなり、レックスは真剣な顔をしてアリシアの手を取った。
「何よ。」
「母さん、悪かったよ。俺が屋敷を出ていって、そこまで追い詰められてると思わなかったんだ。さみしい思いをさせてごめん!」
「はぁ?」
「だって、赤の他人の子を自分の娘だと思い込んで強引に引き取って?家族ごっこをしてるなんて、頭がおかしいとしか思えないだろ?」
「········あなたはそう言うだろうと思ってた。端から見ておかしいのは承知の上よ。でも理屈じゃないの。これはお導きよ。失った娘が帰ってきたの。あなたには分からないわ。」
「母さんの娘さんなら俺も見たことあるけど········ララとは全く似てないよ。子どもの頃の姿と重ね合わせてるんだろ?彼女の境遇に同情してるのは分かるけど·····感情移入しすぎだ。目を覚まして。」
「レックス、悪いけど、私はララを一生見るつもりで引き取ったの。もう彼女は家族よ。あなたとは兄妹になる。仲良くできないなら、また屋敷を出たら?止めないわよ。」
「··························」
「それに、ララは赤の他人じゃない。ディアン王子の奥さんダリアの妹。つまり、ディアン王子はララの義兄でしょ?あなたとディアン王子は腹違いの兄弟なんだから、あなたとララも遠い親戚よ。」
 ほぼ赤の他人だと思うのだが、今のアリシアには何をいっても効かないだろうとレックスは思った。また、情緒不安定な母が心配になり、自分が側で支えてやらなければという謎の使命感に囚われた。
「·········そうか。分かったよ。もう何も言わない。ララとは仲良くするよう努力する。それで、ララはその······18歳だよな?上手い言い方が見つからないんだけど、精神的な障害が────」
「本当に言い方に気を付けなさいよ。障害というより、少し幼いだけよ。大人が取るようなコミュニケーションがまだ上手く取れないだけ。でも繊細な子よ。人を見ていないようで、顔色や雰囲気を感じ取ってる。あなたが彼女を疑ったり、内心馬鹿にしていれば相手にも伝わるわ。くれぐれも気を付けてね。」
 馬鹿にするつもりはないが、ララが無害を装って、娘を忘れられないアリシアの懐に入り込み、この屋敷を乗っ取ろうとしているのではないかという疑念は少なからずあった。ありとあらゆる方法で王族に近付こうとする輩はごまんといる。母には申し訳ないが、レックスはしばらくララを監視し、正体を暴いてやろうという心づもりでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

処理中です...