【完結】不出来令嬢は王子に愛される

きなこもち

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ララとディアン

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 その日、ララが日課の花のみずやりをしていると、後ろから声をかけられた。
「ララ!おはよう。今日もお仕事してえらいね。」

 ララが振り向くと、ダリアの婚約者でこの国の第一王子、ディアン・オルレインがにこやかにこちらに近付いてきた。

 ララは水やりの手を止め、顔を赤くし下を向いた。土や水で汚れたドレスを着た自分が恥ずかしくなり、彼の目に映る自分がひどく惨めになった。
「ディ、ディアン殿下····!お、お褒めに預かり光栄です──!」
 おかしな受け答えだが、ディアンは慣れているのか、クスっと笑ってララの頬についた土を払ってくれた。

 ◇

 ディアンはこの国の第一王子だが、ダリアの婚約者として、彼が12歳になる頃、初めてララの屋敷を訪れた。

 ララは、幼い頃は彼が王子だということ、ダリアの婚約者であるということを理解できていなかった。
 ララに友達はおらず、姉や使用人、もちろん両親も含め、ララを相手にしてくれる人はいなかった。
 常に誰かと遊びたくて仕方がなかった。その為、ディアンが一人でいるところを見かけると、一緒に遊ぼうなどと誘い不敬な行いを繰り返していた。

 ディアンは寛容だった為、快くララと遊んでくれていたのだが、たまたまその光景を見かけたララの母親が仰天し、ララをひどく叱り、鞭でぶった後、ララは3日間倉庫に閉じ込められた。

 その事件以降、ララは身の程をわきまえ、ディアンを見かけても避けるようにしていた。
 そのようなことを繰り返してから1ヶ月ほど経ったある日、屋敷内でばったりディアンと鉢合わせになってしまったララは、踵を返して逃げようとした。その時、ディアンは逃げようとするララの腕を思い切り掴んだ。
「······ララ!ごめんね、僕のせいでひどい目にあったんだろ?誰も見ていない時しか話しかけないから·····だから、僕から逃げないで欲しいんだ。駄目かな?」
 ディアンの目がひどく悲しそうに見え、ララは彼に悪いことをしているような気になってしまった。
 何故、彼がこのようにいうのかは分からないが、例え自分のような人間だとしても、誰かに逃げられるのは傷付くのかもしれない。
 ララは彼を悲しませることが嫌で、おずおずと頷いた。
「はい······王子様が、嫌じゃなければ····」
 ララがそういうと、ディアンは少し寂しそうな顔をした。
「前みたいに名前で読んでくれないの?2人の時は敬語もやめて欲しいんだけど。」
 そのようなことを言われても、王子に対して敬語を崩さないのが普通であるが、ララは普通ではなかった為、ディアンの『お願い』を聞き入れた。
「·····うん!分かったわディアン。あっちに、あまり人が近寄らない庭園があるの。行ってみる?」
 途端にディアンが笑顔になった。
 ララはディアンの手を取り、裏手にある庭園へ連れていった。
 庭園の近くには大きな木があった。木の根元が剥き出しになり、人が入れるくらいの空洞ができていた。
「私の秘密基地だよ。ディアンには特別に教えてあげるね。」
 2人でそこに入ってみると、少し狭い小部屋のようで、一人で入る時よりもなんだかワクワクした。
「いい場所だね。秘密基地を教えてくれてありがとうララ。また、僕もここに来てもいい?」
 ディアンが嬉しそうにしていたのでララも嬉しくなり、ニッコリと笑って「もちろん!」と頷いた。
 それからというもの、ディアンは度々この秘密基地を訪れては、少しの時間だがララと遊んだり、話をしたりした。

 ディアンはララよりも2歳年上で、ララが12歳頃までは変わらず秘密基地で遊んでいた。
 しかし、ディアンの背が伸び声が変わり、秘密基地も2人で入るには狭くなった頃、ララはディアンのことを異性として意識するようになっていった。

 中等部に上がり、ララの身近にいた学園の男子達といえば、ララのことを阿保だと笑い、足を引っ掛けて意地悪をした。
 誰も優しくしてくれない中、いつもディアンがララに優しく接してくれるのは当たり前ではないことを知った。

 ディアンは流れる黒髪に、意思の強そうな眉と形の良い目をしていた。

 顔のパーツ全てが整っていて、明らかにララの知る他の男子とは違う、いわゆる『かっこいい』部類の人だと気づき始めた。
 人の美醜に頓着のないララだったが、自分が醜いことは分かっていた。両親はララを『そばかすがひどい不細工な子』だと言うし、クラスの子達は『くるくるの髪の毛がモップみたい』と言う。
 そんな自分が、美しい王子であるディアンとこそこそと会い、ましてや姉の婚約者であるのに、異性として意識するなど許されないことだと思い始め、ララはディアンに今までのような態度が取れなくなってしまった。

 ララの態度がおかしなことに気づいたディアンは、ある日ララに問いかけた。
「ララ、全然僕を見てくれないけどどうしたの?何か怒ってる?」
「········ううん。ただ·····私は馬鹿で醜いから、ディアンと全然違うなって思って。私と仲良くしてくれて嬉しいけど·····私、お姉様みたいになりたかった。」
「ララが馬鹿で醜いって?誰がそんなこと言うの?」

 ディアンの声が怒っている気がして、ララは余計なことを言ってしまったかと思った。
 しかし、質問をはぐらかすことができず、正直に答えることしかできなかった。
「······皆よ。でも本当なの。何をやっても失敗ばかりだし、人を怒らせちゃう。そばかすだって汚いし·······」
 ララがそこまで言うと、ディアンは急にララの肩を掴んだ。
「ララは馬鹿じゃない。心が綺麗なんだよ。そばかすが汚いって?そう言う奴らには勝手に言わせておけばいいさ。君は誰よりも美しいよ。」
 美しいなどと言われたこともないララは驚きを隠せなかったが、元気付けるためにそう言ってくれるディアンの気持ちが嬉しくなり、ララの頬に涙が流れた。
 泣いてしまったララを抱き締めたディアンは、ララの頭を撫でながらこう言った。
「ララが綺麗なことは僕だけが知ってればいい。何者でもない僕を見てくれるのは君以外いないよ。」
 ディアンの言葉に感謝したララだったが、彼の言葉が余計にララの心の奥底に沈み込み、異性として意識するどころか、分不相応にも彼のことを好きになってしまった。

 ララにとっては初恋だった。

 年齢を重ねるにつれ、子どもであっても、婚約者のいる男性と2人っきりで会うことは駄目なこと、好きになるなど言語道断であることを知ったララは、段々と秘密基地には行かなくなり、ディアンとは距離を取るようになった。

 ディアンは寂しそうな顔をしていたが、以前のようにララを問いただす事はなく、ララの反応を受け入れ、適度な距離を保つようになった。


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