上 下
3 / 34

アリオンside

しおりを挟む
 アリオン・ベルファストが、クロエ・ブライトンに出会ったのは、7歳の年であった。

 内気すぎるアリオンを心配し、母が引き合わせたのが同い年のクロエであった。

 クロエを最初に見たとき、アリオンが出会った人間の中で最も輝いて見えた。

 薄紫のウェーブした長い髪に、7歳にして、どこか憂いのある大人びた表情の彼女は、
 アリオンにとって信じられない程美しかった。

 彼女に見られていると思うと、ひどく緊張し、何より声が出なかった。

 段々と打ち解けていき、お互いのことを話すようになった。クロエは、基本的に身も蓋もない言い方をするし、取り繕わないところがあった。

 こんなに美しいのに、美しいという自覚がほとんどなく、自分を他人によく見せようという気がまるでなかった。彼女の好意は、アリオンにのみ向けられていた。

 彼にとっては、そこがまた彼女の好ましいところだった。

 2人きりで色んな遊びをしたが、どれも特別な時間で、母達が呼びに来なければいいのにと何度思ったことか。


 次第に数年が経ち、中等部に入るタイミングで、アリオンの父、シュミット・ベルファストから部屋に呼ばれた。

 シュミットは元軍人で、楽観的な母に比べ、厳格な父親であった。

 緊張した面持ちでアリオンが部屋に入ると、早速、父が言った

「ブライトン家の娘と懇意にしているそうだな。」

「・・・はい、良くしていただいてます。」

「カーラが、ブライトン家の母親と、お前達を婚約などと勝手に話を進めているようだが、、、」

「ブライトン家は国内でも最有力の家柄だ。富も権力もな。ブライトン家と婚姻となれば、お前が婿としてブライトン家に入る形となるだろう。そうなれば、我がベルファスト家も安泰だ。」

「だがな、今までのようにヘラヘラと笑って過ごしたまま婚姻できるほど甘くはない。お互いの家門にとって恥とならぬよう、お前は常に一番でなければならない。」

「勉学も剣術もな。もちろん社交の場での立ち居振舞いも完璧でなくてはならない。その為に、寝る間を惜しんで鍛練しろ。甘えは許さない。」

 一切の情を捨てた父の物言いに、アリオンは背筋が凍る思いがしたが、父の言っていることは最もだし、何よりクロエと婚姻したい気持ちが強かった。

 それからのアリオンは、父の言い付け通り、寝る間を惜しんで勉学と武芸に励んだ。

 弱みを見せないよう、周囲やクロエにさえ一切悟られることなく、勉学も剣術も常に首席をとり続けた。

 常に気が張っている状態で、心身ともに疲れきっていたが、それでも周囲にはいつも笑顔で穏やかなアリオンであり続けた。

 そんな時、転機が訪れた。

 セリーナとの出会いであった。


 ◇


 セリーナは、平民出身だが、類いまれな治癒の力を持っており、中等部三年の時に入園してきた。

 アリオンは、クロエ以外の女子生徒には興味がなかった為、セリーナのことも、黒髪の編入生くらいの認識がなかった。

 変化が訪れたのは突然であった。

 アリオンは、誰もいない剣道場で、剣の練習をしていた。

 頑張っているところを人に見られたくない為、遅くまで1人稽古するのはアリオンの日課であった。

 そんなとき、1人の女子生徒が声をかけてきた。それがセリーナだった。

「うわっ!また残ってたんですね!アリオン様、ここ最近遅くまでいらっしゃるから、今日もいるのかなってなんだか気になっちゃって」

 セリーナは、数日前から治癒能力の鍛練のために放課後残っていたらしい。その際、アリオンが遅くまで稽古していたのを見たのだった。

「君には関係ないよ。」

 見られたことがなんだかいたたまれなくなり、アリオンは帰ろうとした。

「待って、アリオン様」

 セリーナに呼び止められ、彼女の方を振り向いた。

「アリオン様、無理してません?いつも笑顔で優しいけど、なんだかいつも疲れてるというか、諦めているように感じるときがあって」

 アリオンは、誰にも悟られなかったことを突然編入生に見破られたことで、いつもの取り繕った笑顔ができず黙り込んでいた。

「私、いつでも聞きますよ。」

「私なんか、貴族の人たちからしたら何の価値もない人間だし。アリオン様が皆に知られたくないことがあるなら、私に話してください。私のことは、玉ねぎだとでも思って」

 そういって、セリーナは帰っていった。

 アリオンは、帰宅してからも、彼女から言われた言葉が頭の中で反芻していた。

 どんなに辛くても弱音を吐けなかった本音を、誰かに聞いてほしいという欲求が生まれていた。

 ◇

 翌日、中庭で1人で弁当を食べているセリーナを見かけた。

 アリオンは近付いて、話しかけた。

「いつも1人で食べてるの?」

 セリーナはあっけらかんと言った。

「平民とランチしたい物好きがいなくって!」

「玉ねぎに話しかけたい僕は物好きなのかな?」

 アリオンが冗談っぽくそういうと、セリーナはふふっと笑った。

 それから、時折2人は、誰にも話さないお互いのことを話すようになった。

 セリーナは平民なので、学園でも浮いてしまい友達がまだ作れずにいるらしい。
 貴族とのつきあい方も分からないそうだ。

 当たり前のように貴族としての特権を浮けてきたアリオンにとって、彼女は新鮮で、気の毒にも思えた。

 また、セリーナはアリオンの事情を聞いて、

「それはお父様厳しすぎる!!」

「婚約者さん重くない!?」

 などと、誰も使わないような言葉でアリオンを慰めてくれた。

 クロエが重いなどとは思っていなかったが、婚約という口約束がアリオンの負担になっていることは事実だったので、特に否定はしなかった。

 話を聞いてもらうだけでも、今までにない、心が解放されるのを感じた。

 それからは、男子生徒のルイとも一緒にいることが多くなり、クロエのいない友人との時間が、アリオンにとって心安らげる時間となっていった。

 そんな時、クロエがセリーナをひっぱたくという事件が起きた。

 ◇

 アリオンは、クロエがそんなことをするとは到底信じられなかった。クロエはいたって冷静なタイプだし、アリオン以外の人間には関心がないのに。

 初めて、クロエのことが分からないと感じた。

 また、心を許している友人、セリーヌを目の敵にしているというのも、アリオンにとっては悲しいことであった。


 どうしてそうも婚約にこだわるのか。
 ありのままの自分ではだめなのか。


 アリオンの頭の中には疑問ばかりが残り、また、クロエの気持ちが分からなくなってしまったことから、アリオンは結果的に

『婚約解消』

 の決断をくだしてしまったのだった。

しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

自称地味っ子公爵令嬢は婚約を破棄して欲しい?

バナナマヨネーズ
恋愛
アメジシスト王国の王太子であるカウレスの婚約者の座は長い間空席だった。 カウレスは、それはそれは麗しい美青年で婚約者が決まらないことが不思議でならないほどだ。 そんな、麗しの王太子の婚約者に、何故か自称地味でメガネなソフィエラが選ばれてしまった。 ソフィエラは、麗しの王太子の側に居るのは相応しくないと我慢していたが、とうとう我慢の限界に達していた。 意を決して、ソフィエラはカウレスに言った。 「お願いですから、わたしとの婚約を破棄して下さい!!」 意外にもカウレスはあっさりそれを受け入れた。しかし、これがソフィエラにとっての甘く苦しい地獄の始まりだったのだ。 そして、カウレスはある驚くべき条件を出したのだ。 これは、自称地味っ子な公爵令嬢が二度の恋に落ちるまでの物語。 全10話 ※世界観ですが、「妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。」「元の世界に戻るなんて聞いてない!」「貧乏男爵令息(仮)は、お金のために自身を売ることにしました。」と同じ国が舞台です。 ※時間軸は、元の世界に~より5年ほど前となっております。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

処理中です...