すてられた令嬢は、傷心の魔法騎士に溺愛される

６２話 魔獣退治２ カルムside

　突然、出現した青い炎に包まれた魔人イフリートは、長く鋭い爪がはえた青い手をコカトリスにのばした。

　カルムたちの攻撃を受け、瀕死ひんしの状態でのたうち回っていたコカトリスは、イフリートに触れられると、ビクンッ…　ビクンッ…　と巨体を痙攣けいれんさせた後、バタバタとばたつかせていたコウモリのような羽も、ピタリと静止し硬直こうちょくする。

　あたり一面は、不気味ぶきみな静けさに支配された。


「あれは一体…　イフリートは何をしているのだ？！」
　カルムの耳にフロアのつぶやきが聞こえる。
　
　パニックになりそうな状況だったが、コカトリスの攻撃で受けた呪毒じゅどくが引き起こした激しい痛みが、カルムの正気をとどめていた。

「今のうちに、全員下がって距離を取れ！　…それと、騎士団本部に『イフリート出現』の警告を送れ！」
　カルムは近くの騎士に命令を出す。

「は…　はい！」
　カルムのななめ後ろにいた騎士が、騎士服の内ポケットから幻鳥げんちょうを飛ばすための伝言版を取り出し、指先から魔力をインクのように使い文字を書く。
　魔力の文字が一塊ひとかたまりに収束し、小鳥へと形が変化し警告色の赤色に輝くと、瞬時に飛び去り騎士たちの前からアッ…　と言う間に見えなくなった。

「ケガ人は今すぐ救護テントまで退避たいひしろ！！」
　このまま何の準備もなく、コカトリスとの戦いの傷も癒いえないまま、イフリートに立ち向かっても、騎士たちを無駄死むだじにさせるだけだ！
　たとえ無傷で準備万端だったとしても…　イフリートが相手では、勝てる自信は無いけどな…！

　イフリートを刺激しないよう、なるべく声をひそめて、カルムは次々と部下たちに命令を出す。

「……」
　どうせなら4人目の子を、この腕に抱きたかったなぁ…　シュクルにもよく頑張ったと、ねぎらいの言葉をかけてやりたいのに、どうやら無理そうだ。

　無駄死むだじにすると予想出来ても、副騎士団長の立場上、魔獣の前からカルムは逃げ出すことは出来ない。

「王都には団長がいる…　後は、あの人が何とかしてくれると期待しよう！」
　ブチブチと文句を言われそうだな？

　カルムは頼りになるアンバレの顔を思い浮かべ、苦笑した。

「副団長…　あれって、コカトリスの魔力を奪っているのでは？！」

「何？！」
　魔力を使ってカルムは魔力の流れが見ると…　フロワの言う通り、硬直こうちょくしたコカトリスからイフリートへと、魔力が移動しているのが見えた。

「もしかすると…　我々との戦いで、コカトリスが放出した大量の魔力に引かれて、イフリートが出現したのでは、ないでしょうか？」
　カルムの意見を聞きたくて、フロアは自分の分析ぶんせきを語った。

「確かに、ありえない話ではないな！　あのコカトリスは、巨体に見合う魔力を持っている…　それにイフリートが過去に出現した場所も、魔石鉱山近くだったはずだ」
　地中深くに眠る魔石を人間たちが穴を掘り、採取しやすくなった鉱山を狙いイフリートは出現していたのだろう。

　学園生時代に読んだ、魔獣に関する記録を、カルムは頭の奥から引っ張り出した。

　本来魔獣は、命ある者の血肉に宿る魔力を得ようと、人間を襲い肉を食らう。
　軟弱なんじゃくで襲いやすく、そのうえ上質な魔力を保有しているのも、魔獣が好んで、人間を襲う理由でもある。
　そのため、大勢の人が密集する王都は、魔獣を寄せ付けないよう強固な結界で守られているのだ。

「イフリートは魔獣のように、血肉を食らわずとも、魔力をえることが出来るようですね？」

「ああ、そのようだ！」

　過去にイフリートの姿を見た生存者が極端きょくたんに少なく…　それも１００年に一度、出るか？　出ないか？　と滅多めったに出ない珍しい魔獣（魔人）だったために、　なぜそこに出現するのか、目撃した者は皆無かいむだった。

「なんだ…　他の魔獣と大差ない理由だったのか？！　でも、それもそうか！　アイツも魔獣だし？」
　思わずフロワは笑った。
　カルムもフロアに釣られて笑う。

「あいつの強さは笑えないけどな！」

「コカトリスの魔力で満足して、自分の棲すみ処かに帰ってくれれば良いのですが…」

「ああ…」
　フロアの言葉に、カルムも同意する。

　二人の前で、コカトリスの赤黒いトサカと眼が、炭のように黒ずみボロボロと崩くずれ落ちてゆく。

　ケガ人を退避たいひさせた後、カルムが騎士の数を確認すると…　カルムの弟リベルテと、リベルテの新米部下が2人残っていた。

「……この状況では難しいが」
　確かリベルテの婚約者が、結婚前なのに妊娠したと、父上が怒っていたな…　生まれてくる子供のために、結婚するまでアイツが生き残れれば良いが…


　ゲスな男でも、実の弟のリベルテをカルムは心配した。