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55話 美しく貴重な時間
しおりを挟む書斎の窓から、王太子クリストフがペイサージュ伯爵邸を去る後ろ姿を、2人でこっそりとのぞき見る。
「アンバレ様… 王太子殿下は、上手くだまされてくれたでしょうか?」
ソレイユは窓から視線をアンバレにうつし、たずねた。
「うう~ん… どうだろう? 首を捻っていたから… 恐らくは半信半疑… というところだと思うな」
「やっぱり、私… さけび過ぎましたか?」
私が心を病んだフリをしていると、王太子殿下に見破られたらどうしよう…?! たぶん、私は不敬罪を問われることになるのよね…?
「ふふふっ… 一生懸命、怖がるフリをする君は可愛かったよ?」
さりげなくソレイユをほめて、アンバレはニッコリと笑う。
アンバレにほめられて赤くなった顔に、ソレイユは手のひらをペタリッ… とくっつけ、赤みを隠した。
「実は途中から… 少しやり過ぎかなぁ~? と思ったのですが… 楽しくなってしまって、ついつい何度もさけんだりして…」
子供のころを思い出して、アンバレ様と2人で王太子殿下を相手に、悪戯を仕掛けているような気分になってしまったのが、いけなかったわ…
窓際から離れ、アンバレはソファセットへと腰をおろし、冷たくなったお茶を飲み干した。
金切声でさけんだせいで、イガイガする喉を潤すために… ソレイユもアンバレの隣に腰を下ろし、夫のマネをして冷めたお茶を飲み干す。
「カルムから聞いた話だが… 私が最後まで聖女をこばみ、聖なる魔法(浄化魔法)を受けられなかったことを、誰かが国王陛下の耳に入れたらしくて、今は聖女の立場が危うくなっているらしい」
「危ういとは?」
「つまり… 聖女の自由を奪おうという動きが、あるということだ」
「自由を奪う…」
今ひとつ理解出来ず、ソレイユは眉をひそめた。
「今までは護衛さえ連れていれば、準王族という扱いで、基本的に行動の自由が与えられていた」
「はい、それは理解できます… つまり、自由に外を出歩くことさえ許されなくなると?」
「そうやって、よぶんな情報や人間に触れないように軟禁状態にしようという話だ」
アンバレは腕組みをすると、険しい表情を浮かべる。
「元々、聖女様には、自由などあまりないというのに… それではまるで囚人ですね…? 我がままな聖女様にも、問題はありますけど」
今の聖女様のおこないの悪さで、これから生まれる聖女様たちも、そんな扱いを受けるようになるのかしら?
「君の持つ聖女エクレラージュの記憶は、そんな細部まであるのか?」
「あると言っても断片的なものばかりで、すべてではありません… とても強い、印象が残るような記憶だけですから… それもオルドナンスの神殿にいた時よりは、私自身の日々、積み重ねて行く経験に押しだされて、エクレラージュ様の記憶が少しずつ薄れてきている気がします…」
それでも、忘れられない強烈な記憶がある。
恋人のオルドナンス公爵ロワン様と死に別れた時の、苦痛と悲しみは簡単には消せないわ… 不意に思いだして、他人の私でも苦しくなる時がある。
でも、エクレラージュ様の辛い記憶があるからこそ… 私はアンバレ様との時間が、どれだけ貴重で美しいものなのかを、知ることができた。
「なるほど、そうか… ソレイユ、聖女エクレラージュの記憶は辛くはないか? 辛い時は必ず私に言って欲しい! 私に君の治療が出来るわけではないが… 少しでも、君の役に立ちたい!」
「優しい旦那様と一緒に生きられることが、私はとても嬉しくて、とても愛おしくて… 私の大きな力となっています!」
嬉しい、アンバレ様! あなたと出会えて、私は本当に嬉しい!!
長い腕を捕まえて、ソレイユは大きな手に指をからめ、アンバレの逞しい身体にピタリッ… とくっ付いて甘えた。
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