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31話 王宮街の神殿
しおりを挟むアンバレの婚約者となったソレイユは花嫁修業を名目に、ペイサージュ伯爵邸で暮らすようになってから1ヶ月がすぎた。
その間… ソレイユは毎朝、使用人とともに空が暗いうちに起きて、王宮街の神殿へ行くのが日課となっていた。
毎晩、欠かさずアンバレの傷痕を浄化するため… 神官たちと一緒に、ソレイユも女神ルージュへ朝の祈りを捧げた後、できたての聖水を分けてもらうのだ。
「今日は栄養たっぷりの、ドライフルーツとナッツが入った焼き菓子を持って来たけれど… 子供たちは喜んでくれるかしら? 変わった味だと、嫌がったらどうしましょう…?」
毎日、来るついでに神殿で保護されている孤児たちのために、ソレイユは伯爵邸にある、不用品や焼き菓子を寄付している。
「いつも、子供たちへのお心づかい… ありがとうございます、ソレイユ嬢! 育ちざかりの子たちですから… きっと大喜びしますよ」
女性の神官長はニッコリ笑って、ソレイユから焼き菓子を受け取った。
(女神ルージュ神殿の神官は全員女性)
「ふふふっ… 良かった!」
「ところでソレイユ嬢は、王都の西南にあるオルドナンスという町をご存知ですか?」
「いいえ、神官長様… お恥ずかしながら、私はまだこの王都のことはあまり知らないのです… 王都へ来てから1ヶ月が過ぎましたが、ペイサージュ伯爵邸の家政を学ぶことで、今は精一杯で……」
実家のジャルダン子爵家でも、家政に関することは私が全部やっていたけれど… おぼえることが多過ぎて… 今までは執事のジェランが1人でやっていたらしいけれど、さすがに頼りっきりはいけないから…
屋敷の大きさだけでなく、使用人の数も、維持にかかるお金も、何から何まで、ペイサージュ伯爵家はジャルダン子爵家とは規模が違うのだ。
「あらあら、伯爵夫人になるのは本当に大変そうですね…? ふふふっ… 実はですねソレイユ嬢、そのオルドナンスにある女神ルージュの神殿に、聖女エクレラージュ様の聖遺物が保管されているのですよ」
生成りの布で作られた質素な神官服と同じぐらい、髪が白くなった神官長は、しわが刻まれた目元を和ませて笑った。
「聖女様の聖遺物ですか?! そんなお話、初めて聞きましたわ…? 確かエクレラージュ様とは、120年ほど前の聖女様でしたね?」
指で自分の顎をトントンとたたきながら、ソレイユは記憶のはしから聖女に関する情報を引っ張り出した。
「ええ、そうです! ソレイユ嬢は、何でも良くご存知ですね?!」
聖女の名前を聞いただけで、いつの時代の人物かまで言い当てたソレイユに、神官長は喜びを隠せないようすだ。
「ふふふっ… 聖女様のおこなった奇跡の数々をまとめた本を、亡くなった母に言われて、子供の頃は毎日読んでいましたから」
懐かしい母との思い出を語れて、ソレイユは嬉しかった。
「なるほど、良いお母様ですね」
「はい、自慢の母でした」
「ソレイユ嬢、私の名で紹介状を書きますから、それを持って1度オルドナンスの神殿へ行ってみてはどうですか? そこの聖水は特別ですから、伯爵様に良い影響があると思うのですよ」
ゆっくり何度かうなずき、神官長は素晴らしい提案をソレイユにした。
「まぁ! ありがとうございます! 神官長様が書いて下さるのですか?!」
神官長様はとても気難しい人だと、若い神官たちからこっそり注意されていたから… こんなふうにたくさんお話するのも初めてだし?
目を丸くして、ソレイユは驚きを隠せなかった。
「あなたは特別ですよ、孤児たちにとても親切にしてくれましたから、ですが聖遺物を守るために、このお話は内緒にして下さいね?」
神官長は唇の前に指を一本立てた。
聖遺物の盗難を防ぐために保管される場所は… 本来、それに関わる高位の神官たちしか知らされていないのだ。
「ふふふっ… はい、神官長様!」
アンバレ様の苦痛が減らせるなら、秘密だってなんだって、守って見せるわ!
神官長に自分も必ず秘密を守ると… ソレイユは自分の唇を手のひらで隠して見せた。
貴族の令嬢にしては珍しく… 毎朝、欠かさず神官たちの朝の祈りに参加する、信心深いソレイユに、好感を持った神官長は、呪毒に苦しむペイサージュ伯爵の事情を知り、興味深い情報を教えてくれた。
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