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14話 戯れ(たわむれ)

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 『もう少し伯爵様のそばにいよう』 …と決めたのは良いが、半裸はんらの男性を前にして、未婚のソレイユは目のやり場に困り、居心地いごこちが悪かった。
 そこで、意志の疎通そつうに必用な伯爵の長い腕だけを出して、ソレイユは上がけを引き上げ裸の胸を隠し、ホッ… とため息をつく。

「……」
 伯爵の裸が見えなくなると… 今度は禍々まがまがしく浮かんだ、魔獣の毒にけがされたあざが気になるわ…? 本当にお気の毒に。
 ブルイヤールのおじ様にどんな治療が有効か、確か聞いたおぼえがあるけれど… 思いだせないわ?!

 治療法が何だったのか、ソレイユは思いだそうと、首をひねる。
 思い出せたとしても、医者でも神官でもないソレイユに、何かできる訳ではない。
 だが、病気で苦しむ母を、最期まで看病した経験があるソレイユには… ケガで苦しむ伯爵を前にして、何もしないではいられない。

 伯爵の長くて重い手をそろそろと持ち上げ、ソレイユは両手で包むようににぎると… ゴツゴツとした大きな手は、ひんやりと冷えていた。
 ソレイユの予想通り、伯爵はケガのせいで上手く体温が保てないのだ。

「わぁ… とても手が冷たい… この季節でこんな冷えているなんてお辛かったでしょう?」
 暖炉だんろに火を入れて、部屋をこんなに温かくしてもダメなのね? 私の手のひらは暖炉が暑くて汗をかいて、湿しめっているのに…

 声をかけながらソレイユは伯爵の手を、自分の体温が移って少しでも温かくなれと、なでてこすった。

 かたい指先がピクリッと動き、ソレイユの手のひらを伯爵はゆっくりとなでた。

「あ! 嫌でしたか? それとも痛みを感じたのですか?」
 許しもなく、いきなり手をこすったのはいけなかったかしら?! 礼儀作法なんて、忘れていたわ?!

 ソレイユがたずねると、伯爵の指はピタリと動きを止めた。

「あら? それとも… もっと、なでて欲しいのですか?」
 たずね直すと、伯爵の指がすりすりとふたたび、ソレイユの肌をなでる。
 自分の行動は間違っていなかったのだと、伯爵に教えられ… ソレイユは嬉しくなった。

「ふふふっ… わかりました、もっと伯爵様の手をなでることにします! とても大きな手だから、普通の倍はなでないといけませんね?」
 意思の疎通そつうがしっかりとできたのが嬉しくて、ほんの少し揶揄からかうと… 伯爵は指先を立てて、つめでソレイユの手のひらをコリコリと引っかき、くすぐる。
 伯爵もソレイユを揶揄からかっているのだ。

「ああ、ダメです伯爵様! そんなふうにしたら、手のひらがくすぐったいですわ?! ふふふっ…」
 私と話すことで、少しは気がまぎれて、伯爵様が苦痛を忘れられたら良いけれど…?

 辛そうな苦悶くもんの表情でゆがんでいた、伯爵の顔が… 今は安らいでいるように見える。
 どうやら伯爵はこの時間を楽しんでいるらしく、ソレイユの手のひらを、くすぐることをやめようとしない。

「ああダメ! 伯爵様…?! やめてください、私はくすぐられるのが弱いのです! 母によく、言うことを聞かないと、わきの下をくすぐるばつを、あたえられたぐらいなのですよ?!」

 笑って身悶みもだえながら、ソレイユはふとベッドサイドのテーブルに、神殿のシンボルが入った陶器とうきのボトルが置いてあるのに気付く。

「あ! 聖水が…?! 確か魔獣の毒にきくと聞いたことがあります! …もしかして、あの聖水をあざにかけたら、少しは伯爵様の痛みも引くのですか?」

 ソレイユがたずねると… 伯爵はくすぐるのを止める。
 親指の腹でソレイユの手のひらを優しくなでた。



 ソレイユの微笑みが、満面の笑みへと変わった。




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