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10話 伯爵夫人の部屋
しおりを挟む『まだ、ご結婚前ではありますが、早くお嬢様に慣れていただきたいと… 伯爵夫人のお部屋にお通しするようにと、旦那様から指示されております』
執事のジェランにそう説明され、ソレイユは広々とした居間と寝室に分かれた、伯爵夫人の部屋に通された後… 侍女のディヴェールを紹介された。
「お嬢様の身の回りのお世話をするディヴェールです」
「ありがとう… ジェラン助かります」
まぁ、さっそく私に侍女を付けてくれるのね? さっそく伯爵家のことを聞き出さないと!
「未来の伯爵夫人のお世話を出来て、光栄です!」
「何かと教えてもらうことが多くなるでしょうから、頼りにさせてもらうわ! どうかよろしくお願いしますね」
「はい、お嬢様! 何なりとお申し付けください」
ソレイユよりも年上の侍女ディヴェールは、優し気に微笑んだ。
伯爵がどんな人なのかと、ソレイユは侍女のディヴェールと他愛もないおしゃべりを楽しみながら、いくつか聞き出すことに成功する。
部屋に用意された軽い食事と、美味しいお茶を堪能し、そのうえ甘いデザートまで出され… ソレイユが最後の一口を、うっとりと食べ終えた時には強い眠気に襲われた。
ディヴェールに手伝ってもらい(本当は必要ないけど)寝衣に着替え、ラヴェンダーの香りがするフワフワのベッドにバタンッ… と倒れ込んだ。
…それから数時間後。
真夜中の変な時間にソレイユは目が覚めてしまった。
「もう! 眠れない…!」
昼間、馬車の中で座ったまま眠ってしまったから… 眠れなくなってしまったわ…?!
寝心地の良いベッドの上でゴロンッ… ゴロンッ… と何度も寝返りを打ちソレイユは眠ろうと頑張ったが… 増々、目が冴えてしまう。
「本でも読めば眠くなるかしら?」
寝室の扉を開き居間へ行き、小さな本棚で読めそうな本を物色するが…『刺繍の図案集』だとか… 『社交に必用な話題作り』の本だとか… 本の背表紙を見ただけで、まったく興味が湧かない本ばかりがならんでいた。
「でも、興味がある本を読み出したら、朝まで眠れなくなるから… これで良いわ…!」
学園生時代に読んだ詩集を一冊持って、ソレイユは寝室に戻る。
寝室に入った時に、どこかから声が聞こえた気がして… ソレイユはピタリと立ち止まった。
「気… 気のせい… よね?」
もしかして、本当に幽霊?!
ソレイユは聞き間違いだと自分に言い聞かせて、ベッドへ戻ろうとするが…
「…ぁぁぁぁ―――…」
「……っ!」
ハッ… と息をのみ、ソレイユは耳をすませる。
「…っ…ぁぁ…ぁ…ぁぅぅぅ―――…」
「聞こえる! 何かしら? 誰かのさけび声? いったいどこから聞こえるのかしら?! やっぱり幽霊がいるのね?!」
始めて来た古い邸宅で、いきなり珍妙な体験をして、恐ろしくなったソレイユはぶるぶると震え出す。
何を隠そう、実家のジャルダン子爵家でも子供が生まれると白い老婆が、真夜中に子供部屋へあらわれて、子守り歌を唄うという話は有名で… ソレイユも子守唄を聞いた1人だった。
当時は物心つくまで、ソレイユはその老婆が幽霊だとは知らず… 後から亡くなった母に聞いてゾッ… とした覚えがある。
「ぅぅぅぅぅ―――…ぅぅぅぅぅっ…」
「ひっ……!」
苦しそうなうめき声がまた聞こえるわ?!
幽霊なんかに関わらない方が良いとわかっていても… 好奇心に負けて、ソレイユは恐怖で震えながら寝室中を歩き回り、どこから聞こえるのかを探した。
「衣装部屋だわ…?」
寝室の奥の小さな衣装部屋から聞こえる気がして、恐る恐る扉を開き中をのぞく。
「ううあああああぁぁぁぁ―――…!」
衣裳部屋の扉を開けたとたん、幽霊の声がハッキリ聞こえた。
「……きゃっ?!」
ギョッ… とソレイユは飛び跳ねた。
そこでふと… ソレイユはジェランに伯爵夫人の部屋に案内された時に聞いた話を思い出す。
『こちらの伯爵夫人のお部屋は、寝室の奥の衣装部屋にある隠し扉で、伯爵様の寝室とつながっています』
『まぁ… 夫婦が誰にも知られずに会うためですね?』
貴族の寝室は一般的に、夫婦でも別々なのが普通であり、そのための工夫である。
『結婚式が終わるまでは、お嬢様はこの扉は開けないようにして下さい』
…とソレイユはジェランに注意されていた。
「もしかして… この苦しそうな声の主は、幽霊ではなくて… 伯爵様なの?!」
それまで感じていた恐怖が、ソレイユから消える。
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