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38話 夫のいない部屋
しおりを挟むベルナール様が出かけた後、寝室の奥にある服を収納する小部屋の扉が、わずかに開いていることに気づいた。
こっそり中をのぞいて見ると… 1番手前に騎士服がならべられてあった。 ベルナール様が着ていた、王立騎士団の騎士服の予備だ。
「本当にベルナール様は騎士なのね。 やっぱり想像が出来ないわ。 さっき、騎士服を着て剣まで腰に下げた姿を見たのに……」
私がもっと早く、夫について関心を持っていれば、こんなことは無かったかも知れない。
そう思うと… 自分の薄情さがまた、恥かしくなる。
あまりベルナール様が使わないからだろう。 まだ、真新しい騎士服のパリッ… とした手触りを指先で感じながら、思わずハァ――――… とため息をつく。
「とにかく… これからは夫について、たくさん学んでいこう」
王立騎士団の騎士服の後ろに隠れている服を見る。
袖や裾にほつれが目立つ、使い古したヨレヨレの騎士服を見つけた。
「この騎士服……」
見覚えがある。 2年半前に王立図書館で出会った、傷だらけの優しい騎士様が着ていた物と同じだ。
涙をぬぐうハンカチを借りたまま、私は名前を聞きそびれてしまい… ハンカチを返すことが叶わず、今も大切に保管している。
『返さなくても良いから』 …と言ってくれたが。 ハンカチを返し、落ち込んだ私を慰めてくれたお礼を言えなかったことが、今も心残りだった。
「まさか…?! でも… あの騎士様は、顔も手も傷だらけだったわ。 それに、ベルナール様よりもずっと年上に見えたし…」
優しい騎士様が持っていた物と、そっくりの魔剣に… 今度は同じ騎士団の騎士服が出て来た。
本当に今夜は、訳がわからないコトだらけ。
「ベルナール様は以前… 北方辺境騎士団に所属していたと言っていた。 …つまり、同じ騎士服を着ていた王立図書館で会った騎士様も、北方辺境騎士団の所属?」
そうか! 顔にあった大きな傷は魔獣との戦いで付けられた傷なのね?
北方は魔獣が多く出没する激戦区だから。 それで、負傷者がたくさんいて… あの騎士様は顔の傷を治療師様に治してもらうのをひかえたのね。 納得だわ。
「なんだ!」
たぶん、ベルナール様とあの騎士様は… 元同僚という訳ね。
ベルナール様が帰ってきたら、あの騎士様のことを聞いてみましょう。
「お借りしたハンカチを、返せるかも知れない……」
……だが、のんきにそんなことを考えていた私は、後から死ぬほど後悔することになる。
◇ ◇ ◇ ◇
ベルナール様は2週間がすぎても帰らなかった。
それどころか、3週間がすぎ、一ヶ月近くたっても帰らない。
「もう、黙って待っていられないわ!」
ベルナール様は… ただ、出かけたのではない。
騎士服を着て魔剣を腰に下げ、騎士として… おそらく仕事で出掛けたのだ。
それはつまり… 『危険がともなう外出だったのではないのか?』 と思うようになった。
いつまでも帰ってこない、ベルナール様を捜しに行きたかったが… 私は不安で不安で、体調を崩してしまう。
「ベルナール様… 本当に、どこへ行ったの? 早く帰って来て。 あなたの無事を知りたい!」
毎日、吐き気が止まらず… 身体も怠い。
あまりにも体調が悪くて、イライラと気が短くなり… 時には気分が落ちこみ、号泣した。
何より異常に眠くて… 最近は病人のように、ベッドから出られない。
「王立騎士団に… ベルナール様がどこへ行ったのか、聞きに行きたいのに……」
ううっ… こんなに体調が悪くては、外出もできないわ。 ベルナール様がいないだけで、こんなに弱くなるなんて!!
「夫がどこで、何をしているかさえわからない! …私はバカよ! なんてダメな妻なの?! なぜ黙って見送ったりしたの?!」
あの時、素直にベルナール様に従って見送るべきでは無かった!
私は彼を止めるべきだったのよ!!
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