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23話 夜会の準備
しおりを挟む『レオニー、絶対にベルナール卿には内緒にするのよ? たまには旦那様を驚かせてあげないと。 ああ、楽しみだわ』
――――と、友人たちに助言をもらい、私は結婚してから初めての社交活動に参加する計画を、ベルナール様には秘密にした。
友人たちの訪問から5日後。 ついに決戦(?)の日がやって来た。
夫に秘密を持つことで罪悪感を感じつつ… 私は朝食をとりながら、ベルナール様の許可をもらった。
「ベルナール様、実家へ行っても良いですか?」
「もちろん、良いよ。 行っておいで」
「あ… ありがとうございます」
夜会へ出ることをベルナール様に知られないよう、私は夜会に出席する女性に必要な準備をするため、ドレスと宝石を持って実家に帰ることにした。
「レオニー… 実家に戻るぐらいで、私に許可を求める必要はないよ?」
「そうですか?」
「うん。お義母さんと義兄上によろしく伝えてくれ」
「は… はい… ベルナール様」
ううっ… ごめんなさい、ベルナール様…! ベルナール様の美しい笑顔が、胸に刺さります。
朝の清らかな光の中でベルナール様に、ニコッ… と爽やかに微笑まれ、私の罪悪感はさらに強まる。
「結婚してから初めて、キンレット男爵家に帰るのだから、ゆっくりして来ると良いよ」
「はい、そうさせてもらいます。 …ところでベルナール様も、今日はどこかへ出かけるのですか?」
「ああ、ブリンクロウ侯爵家の夜会へ行くつもりだけど」
「そうですか。 ベルナール様もゆっくり、楽しんで来て下さい」
セリーヌの予想通り、ベルナール様も私と同じ夜会へ行くのね。 良かったわ。
◇ ◇ ◇ ◇
私が実家のキンレット男爵家に戻ると、満面の笑みを浮かべた使用人の手で、綺麗に長い茶色の髪をアップにされた。
人妻らしく落ち着いた雰囲気に、艶っぽさを出すために、首筋にかかるよう、おくれ毛をわざと垂らしてある。
「さぁ、レオニー… 次はお化粧よ」
「はい、お母様」
「ふふふっ… 口紅はドレスに映えるよう、鮮やかな赤にしましょう」
「ええ、お母様に任せるわ」
いつも嫌々、社交活動をしていた私が… 自分から夜会へ行くと言い出し、お母様にドレスアップの手伝いを頼んだ。 そんな私の変化をお母様は歓迎しているらしく、嬉しそうにずっと笑っている。
化粧が終わると……
「レオニーにピッタリの良いドレスだわ。 これを選んで正解だったわね」
ドレスは光沢がある深緑の生地に、フリルやレースなどの派手な飾りは最小限にして、レオニーの高い身長をいかした、シンプルなラインのデザインだ。
ドレスを着ると、私はようやくお母様に眼鏡をかける許可をもらった。
「この眼鏡なら、今日の雰囲気をあまり壊さずにすみそうね」
「ええ…」
「さぁ、レオニー! 姿見(全身が映る大型の鏡)で自分を見てみなさい!」
「……っ?!」
自分の姿を鏡で見て私は息をのんだ。
「どう? 私の娘は綺麗でしょう!」
「……」
自分で言うのもなんだけど… まるで別人だわ。 これならきっと、誰が見ても『カマキリ令嬢』とは言われない。
「レオニー、まだ終わりではないわよ」
お母様はベルナール様から結婚前に贈られた宝石のケースを開き、最初にネックレスを私の首にかけた。
オレンジの色味が強い、大粒のインペリアル・トパーズを雫型にカットして、ダイヤモンドと組み合わせたネックレス。 …そして、ネックレスとセットのイヤリングと指輪。
深緑のドレスに良く合う色の宝石だ。
「まぁ……」
こんなに美しくて素敵な物を、贈って下さるなんて… ベルナール様、本当にありがとうございます。
ベルナール様に贈られた時、『綺麗でも私に宝石は似合わない』 …と思い込んでいた。 だから本当の意味で… 今、自分の胸もとで輝くインペリアル・トパーズの価値を、私は今まで知らなかった。
「綺麗だわ……」
「ええ、綺麗ね。 本当に綺麗よ、レオニー… 私の娘はこんなに綺麗だったのにね……」
贈られた宝石に対して感嘆の気持ちを込めて私は、『綺麗』だと言ったが… お母様は娘の美しさを表現するために『綺麗』だと言った。
ドレスアップを終えた私の姿を見て、お母様とお兄様は涙ぐむ
「父上が生きていてくれたら… レオニーに惨めな思いをさせずに済んだのに。 今まで、金のことで苦労をかけて本当にすまない」
「お兄様? やめて、そんなコト言わないで」
お父様が亡くなってから、お兄様が男爵家を守るために、どれだけ苦労してきたか私は知っているわ。 私の方こそ、フレデリック様に婚約を解消されて、お兄様にたくさん迷惑をかけてしまった……
「そうね… 年頃のレオニーが、1番辛かったわね。 あなたは良く耐えたわ」
「もう、お母様まで… 2人とも、どうしたの?」
「あなたは本当は、とても綺麗な女の子だったのに… フレデリック様に婚約解消をされてから、どんどん自分を卑下するようになってしまったから」
ハンカチで涙をぬぐいながら、お母様は切々と胸の内を語った。
「それは……」
醜い容姿のことで、これ以上傷つきたくなくて… 最初から私の容姿に『望みは無い』と割り切ることで、自分を守ってきた。
…つもりだった。
「レオニーにお洒落な眼鏡を買い替えてやったり、流行のドレスをそろえてやったりできなくて… 母上はずっと心を痛めていたんだ」
「お兄様……」
「ベルナール卿のおかげで、本来の魅力を引き出すことが出来て嬉しいわ。 レオニー… 本当に綺麗だわ」
「…お母様」
ああ! 私が卑屈な言葉を使うたびに、お母様とお兄様は自分たちにお金が無いから、私を卑屈にさせていると… 胸を痛め傷ついていたのね。
きっと友人たちも。 私を大切に思ってくれる人たちはみんな、私の卑屈な態度で傷つけていたのかもしれない。
今さらながら、そんなコトに気づき、 私は申し訳ない気持ちになった。
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