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20話 背中

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 夕暮れ時に目をらして王立図書館から帰宅すると… 使用人にベルナール様が出かけた先で体調が悪くなり倒れたと聞き、あわてて寝室へゆく。


「ベルナール様…?」
 いったい、どうしたのかしら? 昨夜はとても元気そうに見えたのに。 疲れがたまっているのかもしれないわね。

 夕焼けで赤く染まった室内で、ベルナール様はうつ伏せになってベッドで眠っていたが… 呼吸があらく顔も赤い。 

「…顔が赤いわ。 熱があるのかしら? …それとも夕焼けで、そう見えるだけ?」
 ベルナール様の首筋にそっと触れると、身体が異常に熱くなっていた。 

「これは… 身体を冷やさないと」
 壁際に置かれた水差しから洗面器に水を注ぎ、顔をぬぐうための布を濡らすと… ベッド脇へ戻りベルナール様のうなじに布をのせる。

「…っうう」

「ベルナール様…?」
 冷たい濡れ布をうなじに当てられ、ベルナール様は眠りから覚めてしまう。

「レオニー…?」

「熱があるようですが… もしかして持病でもあるのですか? 昨夜はとても元気そうでしたのに」
「ああ、少し身体が驚いているだけだよ…」
「身体が驚いているとは? 身体がとても熱くなっているわ」

「うん… 背中に火傷やけどをして、それに治癒魔法をかけてもらったから。 身体が少し驚いたのさ」
 うつ伏せで寝ころがったまま、ベルナール様は手をのばして、私をなだめようと腕をトントンッと軽くたたいた。

「背中に火傷やけど?!」
「大丈夫だよ… 治癒魔法で綺麗に治ったから」
「でも治癒魔法は、こんな副作用が出るのですか?!」

「いや、普通はないけど。 少し疲れていたのかもしれないなぁ…?」
 ベルナール様が苦笑いを浮かべ、ハァ――… とため息をつく。

「まぁ… かわいそうに…」
 声が熱のせいでかすれている。 それにすごく辛そうだわ。

 熱で汗ばんだほほにかかる黒髪を指先で耳にかけてやり、私はベルナール様にキスをした。
 温まってしまった、うなじにのせていた濡れ布をもう一度、洗面器の水で冷やし… ベルナール様のひたいや顔に浮き出た汗をぬぐう。

「んん…っ…」
 気持ち良さそうにベルナール様はうめいた。

「ベルナール様、背中も冷やしましょう? さぁ、シャツを脱いで…」
 少しでも熱を冷まさないと。

「いや… 背中はしなくて良いよ」
「冷やしましょう。 シャツを脱いで下さい」
「背中は… しなくて良いから」

「私がシャツを脱がせます」
 どうしたのかしら、シャツを脱ぎたくないの? それとも私に遠慮しているの?

 シャツを引っぱり下衣かいからすそを出して、背中をめくろうとすると、ベルナール様が私の手をつかんで止める。

「いや、背中はやらなくて良いから、レオニー…」

「私に触れられたくないの?」
 ベルナール様にひどいことをされている訳ではないのに… ほんの少しこばまれただけで、私はなぜか深く傷ついた。

 友人のイネスに昨夜の夜会で、ベルナール様とアンヌ様が親しくしていた話を聞いてから、心が傷つきやすくなってしまった。

「違うよ。 そうじゃない、レオニー…」

「でも……」 
 もしかして、ベルナール様が朝から手伝いに行った友人とは… アンヌ様? そうだとしても、お飾り妻の私にベルナール様を責める資格はない。 こんなふうにベルナール様を困らせてはいけないわ。

「レオニー…違うんだ。 私はただ、君に汗臭い背中を見せたくないだけだよ」

「汗臭い…?」
 本当はアンヌ様に触れられた身体を… 私に見せたくないのではないの?

 自分でも嫌になるほど、ゲスな想像をしてしまい、私はさらに深く傷ついた。

「……」
 勝手に傷ついた私を見つめ、ベルナール様は困った顔をする。 黙ったまま身体を起こし、自分でシャツを脱ぎ捨てた。

「ベルナール様…?」
「少し不安なんだ… 君に身体を見せるのが。 だってほら、君は新しい眼鏡めがねをかけているだろう?」

「え… 眼鏡?」
 ベルナール様に贈られた、薄い魔石のレンズの眼鏡に触れる。

「君はいつも、私の容姿が美しいとめてくれるから。 その眼鏡。 視力を補助する魔法が効いた眼鏡だと、私の身体の小さなホクロまで、ハッキリと見えてしまうだろう?」
「ええ…」

「君が言うように… 自分の身体が本当に美しいのか自信が無い。 だから、君に見せるのが少し不安で……」

「ベルナール様…?」
「//////////////…っ」

 ベルナール様のほほが赤い。
 身体が発熱しているせいか? それとも窓から差し込む夕焼けのせいか? ベルナール様が恥かしがっているからか? 何が原因で頬が赤いのか私にはわからない。

「私……」
 私の勘違かんちがい? いえ、勝手な思い込み?! ベルナール様はアンヌ様に会ったから、私に背中を見せたくなかったのではないの?! 本当に不安なだけなの?!

 私も発熱したように、顔がカッ… と熱くなる。


「/////////」
 プイッ… と視線をそらし、ベルナール様は再びうつ伏せで寝ころがる。 よく見ると、耳まで赤い。 背中も真っ赤。

 私はあわてて布をもう一度水に浸し、冷たくしてからベルナール様の広い背中に浮き出た汗をぬぐう。

「とても… 美しい背中です。 ベルナール様がなぜ不安になるのか、私には理解できないわ」
 汗をぬぐい終わった布を洗い、今度は背中にペタリッ… とのせる。

「君は、わからなくて良いよ」
 ベルナール様はポツリッ… とつぶやき、そのまま静かに目を閉じた。 







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