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3話 神殿
しおりを挟むギリスにあたえられた妻の部屋へゆくと、マリエルは急いで寝衣から普段着へ着がえる。
「ああ、もう… もう一度つめ直さないと!」
昼間出して綺麗に整理した、実家から持ってきた自分の荷物をぜんぶ集めて、カバンにつめ直す。
元々、マリエルの荷物は少なかったから、すぐに作業を終えることができた。
自分で荷物を玄関まで運ぶと、使用人部屋へゆく。
「ごめんなさい… おそくまで働かせて疲れているでしょうけれど、馬車を用意してくれるかしら?」
「奥様… こんな真夜中に馬車ですか?」
普通なら、夫の寝室で初夜をむかえるはずの夫人が、馬車を用意させ外出しようとしているのだから… 使用人は不安そうな顔をした。
「お願い! 今夜中に行きたい場所があるの!」
「旦… 旦那様は、このことを知っていますか?」
「ええ、ギリスさんにことわってから、寝室を出て来たから大丈夫よ?」
腹を立てて寝室を、飛びだしてしまったけれど……… 彼は『勝手にしろ』と言っていたから、大丈夫よね?!
「そうですか? どこへ行かれるのですか? ご実家ですか?!」
「いいえ、神殿へ行くの」
実家には迷惑をかけられないから、帰ることは出来ないわ… でも、女神様を祀る神殿なら、私のような女性を受け入れてくれる! 少しのあいだだけ、お世話になって… それからどこかで働き口を見つけるつもり。
ギリスの残酷な言葉で、マリエルは自立への道を、歩もうと決心した。
「神殿… こんな時間にですか?」
「女神カルミーン様に祈りを捧げたいの… だからお願い!」
祈りを捧げたいのは本当だわ… 他の人を愛している私が、目の前の結婚に飛びついたせいで、こんなに痛い目に、あっているんですもの… 女神様に懺悔しないとね…?
セインさまに… 私の初恋の男性、ガルフェルト侯爵様に、部下のギリスさんを紹介されて、これは運命かもしれないと… そんな夢に酔って、結婚にふみ切ったのが間違いだったわ……
「わかりました」
使用人はしぶしぶ、マリエルの願いを聞く。
マリエルはその日のうちにモリダール家を出て… 昼間、マリエルとギリスが婚姻の儀式をおこなった神殿へとむかった。
夜中にいきなりたずねたマリエルを、女神カルミーンを祀る神殿の女性神官たちは、何も聞かずにあたたかくむかえ入れてくれた。
「まぁ…! マリエルさん、どうしたのですか?」
最初に応対に出て来た女性神官が、マリエルの足元にならべられた、荷物がつめ込まれた、トランクケースをチラリと見下ろす。
「夜おそくに、申し訳ありません、神官様… 少しのあいだだけ、泊めていただけないでしょうか?」
ギリスの言葉で傷つき、疲れはてたマリエルの瞳から… ずっと我慢していた涙が、ポロリ… と一粒、頬をつたって落ちた。
「あらあら… どうぞ中に入って下さいな!」
「ありがとうございます…」
「お話はお茶を飲みながら聞かせて下さい」
「はい」
昼間、婚姻の儀をおこなったばかりの花嫁が、普通なら夫と初夜をむかえている時間に、神殿に戻ってきたのだ。
夫婦の間に何か問題がおきたのだろうと、女性神官たちがすぐに気が付くのも当然である。
「ありがとうございます… 神官様…」
女神カルミーンの神殿は、行き場をうしなった女性が避難する場所で… 助けを求める女性を、けしてこばむことは無い。
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