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54話 騎士団長の取り調べ
しおりを挟む騎士団長のあとに、筆記具を持った王宮の書記官があらわれ、部屋のすみに置かれた小さな文机に着くと… クレマンの取り調べが始まった。
「クレマン君、君は相手が誰か知っていて、殴り倒したのか?」
「いいえ、暗がりのことだったので… 僕の婚約者はクリーム色のドレスを着ていて、月明かりの下でも彼女だとわかりましたが…」
「君は相手が誰か知らずに、気絶するまで殴ったのか?!」
騎士団長はズバズバと単刀直入に質問してゆく。
「嫌がる僕の婚約者の腕を、無理矢理つかんで転ばせた、下劣な男だから殴りました」
ミレイユにあんな乱暴をふるった男が相手なら、婚約者の僕には、絶対に殴る権利があると思う! 気絶するまで殴ったのは、少しやりすぎたかも知れないけれど……?
「ふむ…」
「さっき、騎士たちの待機所についてから、明かりの下で彼女の手首を見たら… 乱暴に捕まれて痣になっていました! あれは立派な暴力です!」
片方の長手袋が脱げたミレイユの華奢な手首に、赤く腫れた指の痕まで残っていた…! 絶対に許せない!
「その件に関しては、王宮の医療室でミレイユ嬢を診察をさせて、今夜中に診断書を書いて出すよう指示してある」
「あ… はい!」
診断書?! そんなこと考えもしなかった?! でも、そうやってミレイユが暴行を受けた直後の証拠を、残して置かないと… 僕とミレイユ、そして相手の暴行犯しか、暴行した事実を知らないとしたら…?! 騎士団長は、なんて抜け目のない人なんだ?!
思わずクレマンは騎士団長を、キラキラと輝かせた尊敬の眼差しで見つめる。
「確かにあの暗がりでは… クレマン君の言うとおり、相手が誰かわからなくてもおかしくない… 君とミレイユ嬢はあれだけ広間で注目を浴びていたのに、喧嘩騒ぎを目撃して警備の騎士を呼んだ招待客たちは、喧嘩をしているのが君だとは誰も気づかなかった」
騎士団長はクレマンをジッ… と見つめながらうなずいた。
「あの… それで、相手の男は誰だったのですか?」
騎士団長の質問の傾向からして、僕が相手を知っているか、どうかが重要なポイントのようだけど?! 何でだろう?
「アルブライトン公爵家の令息ジョゼフだ!」
「あの、ゲス野郎―――っ!!」
もっと殴ってやれば良かった!! クレマンはカッ… と怒り、拳をにぎりガンッ!! と両手で机を殴った。
騎士団長は、クレマンが婚約者ミレイユを守るためではなく… 『元々恨みがあってジョゼフを暴行したのではないか?』 …と真偽を確認するために、意地悪な質問をいくつか続けたのだ。
「僕たちを学園で侮辱するだけではたらず… あんな暴力を!! ミレイユを怖がらせてまで…!」
クソッ…!
「君が腹をたてるのは当然だが、相手は王国内でも大きな力を持つ、4大公爵家の1つだ…! これからは、くれぐれも注意するように! 挑発されても、けして乗ってはいけない!」
騎士団長はクレマンの相手が4大公爵家の子息だと知り、慎重にことを進めなければ… ただの喧嘩騒ぎが、大きな事件へ発展するかも知れないと予想した。
そこで最初の取り調べから、騎士団長自身が関わることにしたのだ。
「……っ」
ああ、そういうことか?! 僕がいくら正しくても、権力でねじ伏せられてしまうかも知れないと…?! なるべくそんな相手には、関わらないようにしろと…?!
ようやくすべてが理解できたクレマンは、ぼうぜんと騎士団長を見つめた。
「わかったか?」
「……」
クレマンはコクリッ… とうなずいた。
「だが、私個人の意見を言えば… 良く守った! とほめてやろう!」
騎士団長はニヤリ… と笑った。
クレマンのもとへ来る前に騎士団長は…
医療室で目覚めたばかりのジョゼフを、3人の屈強な騎士たちで囲んで、ミレイユを襲おうとした理由を聞きだしていた。
『クレマンの醜聞が、王妃様とミレイユのせいで上手く消されたうえに… 僕が学園で不正を行ったことまで、父上に知られて責められたから…』
強面の騎士ににらまれ、ジョゼフはオドオドと怯えながら吐いた。
『それでお前は逆恨みをして、ミレイユ嬢に暴行を加えようとしたのか?!』
『暴… 暴行だなんて! 僕はただ、あの生意気な女のドレスを乱して… 淫らなことをしていたように見せかけようと! …それで醜聞になれば良かっただけだ…! 実際に襲うつもりはなかった!!』
一応ジョゼフにも、女性への暴行には抵抗があるらしいが… 自分の行動には、それ以前の問題があると、動揺しきったジョゼフは気づかなかった。
『若い令嬢のドレスを乱すだって? それを暴行と言うのではないのか?!』
『僕は… あの女の手をつかんだだけで、実際にまだ何もしていない! クレマンが僕をいきなり殴ってきたから! 先にクレマンが僕を暴行したんだ!! 僕の方が学園で成績が上だから、あいつは僕に嫉妬しているんだ!』
論文で不正をしたが、ジョゼフの成績自体は本人の主張どおり、20位以内に入っている。
前回の試験結果から言えば、確かにジョゼフの方がクレマンよりも良い成績だが… 新たに猛勉強を始めた後のクレマンの成績は、次回の試験を受けるまでは未定である。
「まだ何もしてないから、自分に罪はないだと? …まったく! 頭でっかちの愚かな子供が考えそうなことだ!」
騎士団長は嫌そうな顔をして、吐き捨てた。
だが、騎士団長が迅速に行動し、ジョゼフの悪巧みを聞きだしていなかったら… クレマンは破滅への道を進むことになったかも知れない。
「……」
だから僕が… 相手がジョゼフだと知らずに殴ったことが、重要視されたんだ?!
騎士団長から話を聞き、クレマンは心底ゾッ… とする。
その後、警備騎士にケンカ騒ぎが起きていると、報告した招待客たちが、ミレイユがジョゼフに襲われそうになっていたと証言した。
事件直後にクレマンとジョゼフ、双方から取った調書と証言、医師の診断書を照らし合わせ… 正当性が認められたクレマンは、暴行の罪に問われずにすんだ。
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