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48話 夜会

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 招待客が集まりざわつく王宮の大広間で、知人たちへ挨拶まわりをする両親たちから離れ、ミレイユはクレマンにエスコートされ、奥へと進んで行く。
 若い2人の耳に貴族たちが話す、自分たちに関する不快な雑音が聞こえてきた。

「……ファーロウ家の令嬢が…」
「あら…? 浮気をした婚約者の令息も一緒だわ?!」
「まぁ、令嬢は顔を出すのも恥ずかしいでしょうに?」
「婚約破棄はしないのかしらね…?」
 貴婦人たちはおうぎで唇を隠し、ミレイユとクレマンをながめながら、クスクスと楽しげに笑っている。


「……」
 本当にお父様の言った通りだわ?! もう、嫌ね!! 
 でも、以前のように何も知らず、悩み続けていた時の私とは違うわ! クレマンは浮気をしていないと、今の私は真実を知っているから… だから私は大丈夫。

 ミレイユの顔に、自然と笑みがこぼれる。
 父親に警告され、対処法を教えられているおかげで、ミレイユは自分でも意外なほど、貴族たちが自分のうわさ話で、花を咲かせていても冷静でいられた。
 …だが、ミレイユをエスコートするクレマンの顔を見あげると… ビクッ… と身体を強張らせて、冷静ではいられないようすだ。

「ごめん、ミレイユ! 僕のせいで、君に恥をかかせて…」
 どれだけ反省しても足りないと… 目が合うと、クレマンはなさけない表情で、ヒソヒソとミレイユに謝った。

「大丈夫よ、私は平気だから…」
 ミレイユは母親に教えられたとおり… おうぎを広げて唇を隠し、ヒソヒソとクレマンに答えた。

「本当にごめん、ミレイユ… パトリシアとのことで、こんなことになるなんて… 自分の軽率さにき気がするよ!」

「わかっているわ、クレマン… でも今は、お父様に言われたように、私たちは不安そうな顔をしていたら、ダメでしょう?」
 お父様は早くこのうわさを静めるためには… 『仲の良い2人の間に、誰かが入り込むすきなどないように見せること』だと言っていたから…?!

「そうだね… ここで弱気になったら、ダメだったね?」
 頬を引きつらせながら、クレマンは何とか笑う。

「そうよクレマン、ダメよ! 私たちは心から幸せの中にいると思わなければね?」

「うん… 気をつけるよ、ミレイユ…… 僕たちは幸せの中にいる!」
 清楚せいそなクリーム色のノースリーブ・ドレスに合わせて、白の長手袋ロンググローブを付けたミレイユの手を取り、クレマンはそっとキスをする。

 クレマンのキスは、2人の仲睦なかむつまじい姿を周囲に見せつけるための、何げないしぐさだったが…
 夜会用の正装で身をつつみ、目をふせてキスをするクレマンの端正たんせいな顔が、自分のまぢかまでせまると、ミレイユは平静ではいられなくなった。
 ミレイユの心臓がドキッ…! とびはねる。

「……っ」
 まぁ…! こうして近くで見ると、クレマンのまつ毛は、なんて長いのかしら?! 思わずため息が出てしまいそう…?! 綺麗だわ…… 

 キスのためにせていた目を、クレマンはゆっくりとあげてミレイユを見つめると… ちょうど2人の視線の高さが、同じぐらいになった。
 ミレイユを見つめるクレマンの瞳には… 大広間を照らす明かりがうつりこみ、キラキラと琥珀色こはくいろに輝いている。

「ありがとう、ミレイユ… こんな僕にやり直すチャンスをくれて、本当にありがとう!」  
 クレマンの顔に満面の笑みが浮かぶ。
 社交のための作り笑いではなく、ミレイユだけに向けた本物の笑顔だ。

 ミレイユのほほが急激に熱くなった。

「ど… どういたしまして… でも下級文官の試験にあなたが受からなければ、意味はないのよ?」
 この夜会でエスコートをして欲しいと、クレマンに頼んだ日に… 文官試験に合格したら、クレマンと婚約を続けて結婚すると、私は約束した。   
 あの日以来、クレマンは… 私の婚約者でいられて自分は幸せだと、毎日、しみなく気持ちを伝えてくれる。
 少し恥ずかしいけれど、とても嬉しいわ…!

「もちろん、必ず合格するよ!」
「これ以上、私に恥をかかさないでねクレマン…! 絶対よ?!」

「うん!」
 クレマンはもう1度、ミレイユの手にキスをする。


 ほほをピンクにそめたミレイユは… ついつい、照れ隠しでクレマンに意地悪な言いかたをしてしまう。

 


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