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17話 キス
しおりを挟む新しい婚約者となったイザークの本心を知り、おかしな笑いが私の中に込みあげてきた。
「……ふふっ」
「アンリエッタ…?」
クスクスと笑う私を、イザークは不安そうに見つめる。
「エミール様に唇を捧げなくて良かったと… そう思ったの」
エミール様は恥ずかしがり屋で手をつなぐ時でさえ、私から彼の手をつかまなければ、いけなかった。 唇へのキスも… 彼は婚約して7年間、求める私の期待を裏切り続けた。
そんな不満をこれからは持たなくてすむ。
「つまり私は君に、初めて口づけをした男なのか?! 私はなんて幸運な男なんだ!」
「そうよ。 アナタは婚約して1時間もたたないのに… 私の唇を奪ったわ。 信じられないぐらい早かった」
さすが、気がきくお兄…… いえ、イザークだわ。
エミール様には絶対に言えなかった本音を、幼馴染みの気安さから、イザークが相手だと簡単に言える。
「君に拒まれたら、どうしようかと… ハラハラ、ドキドキしていたのに」
不安そうに曇っていた顔が、パッ… と輝きをとりもどす。 イザークは嬉しそうに笑うと、もう一度私の唇にキスをした。
「…イザーク自身を、私が嫌がることはないわ。 だって、私の初恋はアナタだから」
エミール様と婚約する前は… イザークが好きだった。 幼いころの恋だから、すぐに消えてしまったけれど。
恋心をうしなっても、誰でも初恋は特別な記憶としてのこる。
「うん」
イザークも昔の記憶を思いだしているのか… 笑みが深まった。
「公爵夫人になるのは怖いし。 私自身が完璧なイザークにつり合わない、平凡な人間なのが嫌なの」
「私には… 君が特別に見えるけどね」
「私が幼馴染みだからよ。 でもお兄… イザークにいつまでも、甘えていられないわ」
私はとても単純な性格だから。 こんなに愛されているとわかったら、『イザークのために、いっぱいがんばろう』 …とやる気が出てきた。
「アンリエッタ、私は甘えられたい」
「ふふっ… 公爵夫人にふさわしい教養を2年間の留学でしっかり身につくよう、努力すると誓うわ。 でも、私がいないあいだに浮気したら殺すから」
後もどりはできないし、私を愛してくれるイザークに恥をかかせたくない。
私の努力次第で、この結婚はうまくゆく。 そう思えばがんばれる気がするの。
「はははっ… その話だけど… 私も隣国へついて行くよ」
カラカラと笑うと、イザークはさらりと言った。
「え?」
「大使の補佐官の職につき、我が国の外交官として隣国の大使館で働くことになった。 ずっと一緒ではないけれど、君のそばにいられる」
「ウソでしょう?!」
「この私が、君を1人で外国へ行かせるわけが、ないだろう? こんな時こそ、公爵家の権力を使わないとね」
王位継承権を放棄し… 2年後、イザークが帰国したら王太子の側近になることが、補佐官の職をえる条件だった。
「お… お兄様はそんなに私が好きなの?」
私があきれて、たずねると…
「イザークだ。 イザーク!」
…と言いなおさせられた。
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