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9話 イザークの婚約者3
しおりを挟む私を見てイザークお兄様は苦笑する。
「レティシア嬢は婚約当初から嫉妬ぶかくて… 年々、彼女の束縛が激しくなっていたんだ」
「レティシア嬢がそういう人だとは知らなかったわ」
とても綺麗だから、お兄様にピッタリの女性だとしか思わなかった。
「…それで最近は特に社交をひかえていて… アンリエッタにも迷惑がかかりそうだから、会わないようにしていたけど……」
「その話なら… イザーク卿のお母様もおっしゃっていたわ。 レティシア嬢をエスコートして夜会に出席すると、イザーク卿にベッタリとくっついて、殿方どうしの話し合いに彼女が口を出すから困ると……」
イザークお兄様の話に、お母様が付けくわえた。
「結婚すれば少しは落ちつくだろうと、思っていましたが……」
「私は社交デビュー前だから… 知らなかったわ」
それでもイザークお兄様は、未婚の令嬢たちに人気があるから、レティシア嬢が心配する気持ちもわかるけど。 でも、やりすぎだわ。
「ねぇ、お兄様… 私が聞いたエミール様の『好きな人がいる』 …という話はウソなのね?」
エミール様がレティシア嬢に、そう入れ知恵されたのなら。
イザークお兄様は私に申しわけなさそうに、答えた。
「エミール卿はたぶん… レティシア嬢に君が私の『恋人』だと吹き込まれて、不安をあおられたのだと思う」
「全部エミール様のウソなの?」
「たぶんね」
「ああ、だから… 好きな人なんて、本当は存在していないから… 自分は浮気をしていないと、エミール様はずっと言い張っていたのだわ!」
「本当にすまない、アンリエッタ。 私のほうが婚約者との問題に、君をまきこんでいたんだ」
そう言ってイザークお兄様は私に頭を下げた。
「や… やめて、お兄様は悪くないわ!」
「アンリエッタの言うとおりですよ、イザーク卿。 むしろ冷静に対応してくれたおかげで、 エミール卿の行動に問題があるとわかった」
それまで、だまって私たちのやり取りを見ていたお父様も、お兄様を慰めた。
「そうよ、お兄様」
「ありがとうございます」
お兄様はホッ… とため息をつく。
「…それでバラスター公爵家は、今後どうするのか決めましたか?」
「はい。 父上と相談して… 先日、バラスター公爵家から、正式にロスモア伯爵家に抗議し、婚約を破棄することをつたえました。 伯爵家は全面的に非を認め、婚約破棄を受けいれると… 昨日、手紙がとどいたばかりです」
この問題のすべてが明かされてから、イザークお兄様は報告にきたのだ。
「なるほど。 そうでしたか… 良い縁組みだったのに残念でしたね、イザーク卿」
「ええ… ロスモア伯爵は話の真偽を確かめるため、アップトン男爵家にも連絡を取ったそうですから」
チラリッ… とお兄様は私を見た。
「今頃、エミール様は自分のウソについて、ご両親に問いつめられているでしょうね。 彼が悪いのよ!」
私をうたがい、ウソをついて一方的に責めたてた。 そのうえ私の話を聞こうともしなかった。
「そうだね。 エミール卿が他人のレティシア嬢の話を受けいれず… もっと婚約者のアンリエッタを信じていたら、こんなことにはならなかった」
「ええ。 そしてエミール様が私の話を聞きいれ、ウソをついたことをすぐに謝ってくれたら… こんな大騒ぎにはならなかったわ…」
私も彼を好きでいられたのに……
「他に好きな令嬢がいてもエミール君の『気の迷い』だから、結婚するまでには落ちつくだろうと… アップトン男爵と話し合い、見守ることにしていたが……」
お父様はそう言うと… そのまま考えこんでしまう。
今まではエミール様の『気の迷い』が消えるまで、私が我慢すれば良いという流れだった。 でもその『気の迷い』がウソだったのだ。
これでお父様の、エミール様への信頼が完全にくずれた。 このまま私たちの婚約も、解消されるかもしれない。
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