27 / 35
第27話 初めてかもしれない……ここまで他人に怒りが湧いたのは①
しおりを挟む
「私のパパはね……この国の騎士団長だったの」
そう言って、メスガキ――ミーサは過去を語り始めた。
ミーサが父親であるグラハムと二人でこの国に移り住んできたのが、今から約10年前。
遠方の国にとても有能な騎士がいると聞きつけたこの国の王様が、三顧の礼で騎士団にグラハムを迎え入れたのだ。
つまりところ、引き抜きである。
当時は魔王も健在であり、街道を歩けばモンスターに襲われることも多かった情勢であったため、とにかく実力ある者を必要としてのことだった。別にこの世界ではさして珍しくもないこと。
その後、グラハムはその実力を遺憾なく発揮し、驚くべき早さで騎士団長にまで上り詰めた。
「他国出身の人間がこんなの異例だ、ってみんながパパを尊敬してた。本当に自慢だった」
そう語るミーサの顔は嬉しそうで、懐かしそうだった。
だが、悲劇は突然やってきた。
6年前のある冬の日。
その日、当時まだ勇者ではない王子を乗せた馬車は、大勢のお供を連れて山道を進んでいた。
目的は雪景色で有名な観光地へ行くため。もちろん王子の希望。
王室関係者の移動には当然騎士団の護衛がつく。
とりわけ騎士団の慣例として、王や妃、王子のような最重要人物には騎士団長自らが護衛団を指揮することとなっていた。
ゆえに、当然グラハムもその旅に同行していた。そしてミーサも。
無論、通常ならミーサが任務についていくなど許されることではない。
だが、今回の旅は観光目的。王子の気分次第で滞在も長引くかもしれない。それで周囲の気遣いもあり、片親だったミーサの同行も特別に許可されていた。
裏を返せば、この旅路はそれほどまでに平和で何も起こりえないということを意味していた……はずだった。
「王子が……山に向かって魔法を撃ったの。覚えたてで試してみたかったとか、そんなふざけた理由。で、それがたまたま魔羆の巣穴に当たった」
【魔羆=ベリアルベアー】
体長3~5メートルの巨体を持つ獰猛なモンスターで、素早く屈強なだけでなく、魔法をも使用できる。
モンスターとしての危険度としては最上位クラス。討伐には1頭相手に1個小隊以上が必要とされている。
そんな強大なモンスターが、そのときは同時に5頭出てきた。
「それでもパパは戦った。他の護衛を率いて、ボロボロになりながらなんとかあと1頭になるまで仕留めた。でも……」
怯えて腰を抜かしていた王子に、モンスターが襲い掛かった。
『あぅ……あぁ……!』
『お逃げくださいッ! 王子ッ!! ――グハァッ!!』
致命傷だった。
その後最後の1頭をなんとか残る力を振り絞って葬ったところで、グラハムは息絶えた。
そしてその一部始終を、ミーサは馬車の陰から見ていることしかできなかったという――。
「…………」
話を聞き終えた俺は、小さくため息を吐くことしかできなかった。
父親の死の原因を作った相手……か。
……つらいだろう。つらいに決まってる。
庇った相手というだけでなく、ふざけてモンスターをおびき寄せてしまったのも勇者だ。
あるいはそもそも勇者が観光に行きたいなどと言わなければ……。
そう考えると、恨みたくなる気持ちも十分理解できる。
「――でもそれだけじゃない」
「え」
ミーサの声は、震えていた。
「全部が終わった後、アイツ言ったの」
言った? なにを?
「…………」
「?」
しばしの間。
まるで思い出すのも悍ましい、そんな雰囲気だった。
「……アイツは――」
その発言は、耳を疑うような内容だった。
『……チッ。使えねぇ。
なんでオレがこんな目に遭わなきゃいけねーんだよ――この役立たずがッ』
王子は吐き捨てるように言った。
そしてあろうことか――
「蹴った……? 親父さんを……?」
今度こそ、本当に耳を疑った。
なんと王子は、亡くなったグラハムの頭をこれでもかと踏みつけたという。
自分のせいでモンスターに襲われたという事実を棚に上げ、こんな状況になったのはすべて騎士団長であるグラハムのせいだというお門違いの逆恨みで。
「……」
ミーサが無言で頷く。
「……そうか」
俺も、それ以外は何も言えなかった。
信じられない……。
自分を庇って死んだ人間の頭を蹴る? 文句を言いながら?
――しかも……実の娘の前で。
ありえない。狂っている。
まともな人間の所業ではない。
「さらに許せないのは、あのバカ王子がモンスターを倒したのは自分だと吹聴して回ったこと。そのせいで、騎士団でも倒せなかったモンスターを一人で倒した天才みたいな扱いになって、世間では勇者が誕生したって騒がれるようになった。
結果、パパはただ王子を危険な目に遭わせた無能の烙印を押され、激怒した王様のせいで騎士団長の任を解かれた。ううん、騎士団長であったという事実すらなかったことにされた」
「なっ……!? そんなこと――」
「できちゃうの、この国は。それくらい王家の力が強い。しかもタチが悪いのが、結局魔王を倒したことで、今やこの話も英雄譚の一節みたいに語られてること」
ゆえに、今更実はモンスターを倒したのがミーサの父親だと言ったところで、誰も信じない。
それはつまり、事実上、汚名返上は不可能ということを意味する。
「わかった? これが、私があのクソ勇者を狙う理由。
……私はアイツを許さない。絶対に……!!」
まるで決意を新たにするかのように、ミーサはそう言った。
「ああ……よくわかった」
俺は静かに頷いた。
あんなボロ屋にペロとふたりぼっちで暮らしていた理由も分かった。
騎士団長としての職歴すらなくなったということは、遺族がもらえる弔慰金のようなものもないだろう。もともと住んでた家だって奪われてもおかしくない。
結果、まだ若いのに朝から働いて自力で生計を立てる生活を余儀なくされている。
事ここに至って、俺はようやくミーサの恨みに納得がいった。
殺したいなんてワードが子どもの口から出るなんて……と思っていたが、今ならその気持ちも理解できる。
――だからこそ、この先取るべき行動も決まった。
そう言って、メスガキ――ミーサは過去を語り始めた。
ミーサが父親であるグラハムと二人でこの国に移り住んできたのが、今から約10年前。
遠方の国にとても有能な騎士がいると聞きつけたこの国の王様が、三顧の礼で騎士団にグラハムを迎え入れたのだ。
つまりところ、引き抜きである。
当時は魔王も健在であり、街道を歩けばモンスターに襲われることも多かった情勢であったため、とにかく実力ある者を必要としてのことだった。別にこの世界ではさして珍しくもないこと。
その後、グラハムはその実力を遺憾なく発揮し、驚くべき早さで騎士団長にまで上り詰めた。
「他国出身の人間がこんなの異例だ、ってみんながパパを尊敬してた。本当に自慢だった」
そう語るミーサの顔は嬉しそうで、懐かしそうだった。
だが、悲劇は突然やってきた。
6年前のある冬の日。
その日、当時まだ勇者ではない王子を乗せた馬車は、大勢のお供を連れて山道を進んでいた。
目的は雪景色で有名な観光地へ行くため。もちろん王子の希望。
王室関係者の移動には当然騎士団の護衛がつく。
とりわけ騎士団の慣例として、王や妃、王子のような最重要人物には騎士団長自らが護衛団を指揮することとなっていた。
ゆえに、当然グラハムもその旅に同行していた。そしてミーサも。
無論、通常ならミーサが任務についていくなど許されることではない。
だが、今回の旅は観光目的。王子の気分次第で滞在も長引くかもしれない。それで周囲の気遣いもあり、片親だったミーサの同行も特別に許可されていた。
裏を返せば、この旅路はそれほどまでに平和で何も起こりえないということを意味していた……はずだった。
「王子が……山に向かって魔法を撃ったの。覚えたてで試してみたかったとか、そんなふざけた理由。で、それがたまたま魔羆の巣穴に当たった」
【魔羆=ベリアルベアー】
体長3~5メートルの巨体を持つ獰猛なモンスターで、素早く屈強なだけでなく、魔法をも使用できる。
モンスターとしての危険度としては最上位クラス。討伐には1頭相手に1個小隊以上が必要とされている。
そんな強大なモンスターが、そのときは同時に5頭出てきた。
「それでもパパは戦った。他の護衛を率いて、ボロボロになりながらなんとかあと1頭になるまで仕留めた。でも……」
怯えて腰を抜かしていた王子に、モンスターが襲い掛かった。
『あぅ……あぁ……!』
『お逃げくださいッ! 王子ッ!! ――グハァッ!!』
致命傷だった。
その後最後の1頭をなんとか残る力を振り絞って葬ったところで、グラハムは息絶えた。
そしてその一部始終を、ミーサは馬車の陰から見ていることしかできなかったという――。
「…………」
話を聞き終えた俺は、小さくため息を吐くことしかできなかった。
父親の死の原因を作った相手……か。
……つらいだろう。つらいに決まってる。
庇った相手というだけでなく、ふざけてモンスターをおびき寄せてしまったのも勇者だ。
あるいはそもそも勇者が観光に行きたいなどと言わなければ……。
そう考えると、恨みたくなる気持ちも十分理解できる。
「――でもそれだけじゃない」
「え」
ミーサの声は、震えていた。
「全部が終わった後、アイツ言ったの」
言った? なにを?
「…………」
「?」
しばしの間。
まるで思い出すのも悍ましい、そんな雰囲気だった。
「……アイツは――」
その発言は、耳を疑うような内容だった。
『……チッ。使えねぇ。
なんでオレがこんな目に遭わなきゃいけねーんだよ――この役立たずがッ』
王子は吐き捨てるように言った。
そしてあろうことか――
「蹴った……? 親父さんを……?」
今度こそ、本当に耳を疑った。
なんと王子は、亡くなったグラハムの頭をこれでもかと踏みつけたという。
自分のせいでモンスターに襲われたという事実を棚に上げ、こんな状況になったのはすべて騎士団長であるグラハムのせいだというお門違いの逆恨みで。
「……」
ミーサが無言で頷く。
「……そうか」
俺も、それ以外は何も言えなかった。
信じられない……。
自分を庇って死んだ人間の頭を蹴る? 文句を言いながら?
――しかも……実の娘の前で。
ありえない。狂っている。
まともな人間の所業ではない。
「さらに許せないのは、あのバカ王子がモンスターを倒したのは自分だと吹聴して回ったこと。そのせいで、騎士団でも倒せなかったモンスターを一人で倒した天才みたいな扱いになって、世間では勇者が誕生したって騒がれるようになった。
結果、パパはただ王子を危険な目に遭わせた無能の烙印を押され、激怒した王様のせいで騎士団長の任を解かれた。ううん、騎士団長であったという事実すらなかったことにされた」
「なっ……!? そんなこと――」
「できちゃうの、この国は。それくらい王家の力が強い。しかもタチが悪いのが、結局魔王を倒したことで、今やこの話も英雄譚の一節みたいに語られてること」
ゆえに、今更実はモンスターを倒したのがミーサの父親だと言ったところで、誰も信じない。
それはつまり、事実上、汚名返上は不可能ということを意味する。
「わかった? これが、私があのクソ勇者を狙う理由。
……私はアイツを許さない。絶対に……!!」
まるで決意を新たにするかのように、ミーサはそう言った。
「ああ……よくわかった」
俺は静かに頷いた。
あんなボロ屋にペロとふたりぼっちで暮らしていた理由も分かった。
騎士団長としての職歴すらなくなったということは、遺族がもらえる弔慰金のようなものもないだろう。もともと住んでた家だって奪われてもおかしくない。
結果、まだ若いのに朝から働いて自力で生計を立てる生活を余儀なくされている。
事ここに至って、俺はようやくミーサの恨みに納得がいった。
殺したいなんてワードが子どもの口から出るなんて……と思っていたが、今ならその気持ちも理解できる。
――だからこそ、この先取るべき行動も決まった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる