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第14話 ハプニング……そう、これはハプニング。俺は決してロリコンでも変態でもない①

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「もう1か月か……」

 異世界にやってきて今日で30日目。
 いったいいつの間にこんなに経っていたんだと震える。

 この世界と元の世界の関係性が不明なのでなんとも言えないが、もし時間の流れが平行だったらどうしよう。
 家賃や光熱費は自動で引き落としだから問題ないとしても、1か月も失踪なんて大騒ぎじゃなかろうか。

 ……いや、冷静に考えてそれはないな。
 働いてないから職場で騒ぎになることもないし、親や友だちとも頻繁に連絡を取るわけではない。1か月程度なら誰も俺がいないことに気付かないだろう。
 あるとすればハローワークの担当のおっさんくらいか。でも来なかったらこなかったで、あいつバックレたなくらいにしか思われないんだろうな。
 なんかちょっと悲しくなってきた。

 それにしても、年を重ねるにつれどんどん時間の進みが早くなっているような気がする。
 年齢のことはあまり考えたくないが、さすがに30歳ともなればこんなものなのだろうか。
 なんなら最近はまるで1日が半分になってしまったようにさえ感じる……と思ったが、お昼に殺されて翌朝目が覚めるのだから実際半分だった。むしろそれ以下だ。
 そう考えると、俺は命だけでなく、いつの間にか貴重な時間さえ奪われていたのか……。

 くっ、ますます許せなくなってきた。
 あのメスガキ、絶対に今度こそ打ち負かして屈服させてやる……!

「ふぅ……」
 などと決意を新たにしながら、俺はソーサーの上にコーヒーカップを置いた。

 時間と言えば、働き始めてからまた少し起床時間が早くなっていた。
 おかげで、今の俺はこうして出勤前にカフェでモーニングを嗜む余裕すらある。

「うまい……」
 齧り付いたハムサンドの味が口に広がる。

 何の肉を加工しているのか知らんが、濃厚でうまい。食べたことのない味だ。
 あとパンがバゲットタイプというのも食べ応えがあっていい。食パンとはまた違った良さがある。なによりこういうパンだとちょっとお洒落な食事をしている雰囲気が出るのがいい。節約のために近所のパン屋で8枚切れの食パンをさらに半分にカットして食べていたころが懐かしい。

 リストラ後の生活を思い出す。ひどいものだった。
 当時は目減りする通帳の残高を見るだけで夜眠れなくなった。
 たぶん人生の中であれほど深夜の通販番組を視聴していた期間はない。好きで見ていたとかでなく、とにかく無音が嫌で垂れ流していただけだが……。

「あ、やべ。もうこんな時間か」
 ふと壁に掛かった時計を見ると、すでに8時を過ぎていた。
 出勤にはまだ少し早いが、今日は寄るところがあるのだ。

 残ったコーヒーをグイッと飲み干した俺は、お会計を済ませて『武器屋』へと向かった。

 無論、今度こそあのメスガキを倒すための武器を仕入れるため。
 そのために資金も貯め直したのだ。決して朝の優雅な時間を楽しむためではない。

 カランカラン。

「失礼しまーす」
 扉を開けると、店主はやはりカウンターで暇そうにしていた。
 相変わらずの強面。相変わらずのスキンヘッド。そして相変わらず客はいない。

「いらっしゃ――お、なんだ。こないだのブーメランのあんちゃんじゃないか」
「いや、誰が生粋のブーメラン使いですか」
 むしろ押し付けられただけなのに……。

「で、今日はどうした? また武器を買いに来たのか? この前買ったばっかなのに」
「ああ、それが実ですね――」

 俺はかくかくしかじかで前回の敗戦について店主に伝えた。

「……なるほどな。物理遮断か」
 事のあらましを聞き、店主が唸る。
「まさかそんなもん使ってくるとはな。結構上級な防御魔法だぞ。、かなりの手練れだな」
「そうなんですか?」
「ああ、どうやら兄ちゃんの相手は相当高度な魔法使いのようだ」
 ちなみに店主には対戦相手が少女という点だけは伏せた。
 なぜって? 俺の名誉のためです。

「なんとかなりませんかね? このままじゃ一生勝てない気がするんですけど……」
「そうだな……ないことはない」
「ほんとですか!?」
「ああ、ちょっと待ってろ」
 そう言って、店主は店の奥へと引っ込んでいった。

 すごい、ダメ元で聞いてみただけなのに……。
 なんだか急に希望が湧いてきた。

「待たせたな。これだ」
「おお……!」
 戻ってきた店主がカウンターに木箱を置く。
 しかもただの木箱ではない。漆塗りで豪華な装飾が施され、なにやら護符のようなもので厳重に封されている。
 見るからに漂う物々しいオーラに、俺は思わず息を飲んだ。

「す、すごそう……」
「まあな。実際すごい。オレの店の中でも最高クラスの武器だ。なんせ“コイツ”には触れただけで魔法を無効化する加護が付与されている。“コイツ”にかかればどんな防御魔法だろうと紙切れ――いや、金魚すくいのすくうヤツ同然よ」
「金魚すくい……」
 言い直した意味は分からんが、まあ言いたいことは伝わった。
 すごい、そんなとんでもない代物がよくこんな寂れた店にあったものだ。

「出すぞ」
「はい……」
 護符を剥がし終えた店主が、蓋に手を掛ける。
 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

 しかし、そこで店主の動きがピタリと止まる。

「先に言っておくが、コイツはじゃじゃ馬だ。誰もが使いこなせるわけじゃない。だが、兄ちゃんならあるいは……そう思って引っ張り出してきたんだ」
「え? 俺……ですか?」
「ああ。俺の見立てでは兄ちゃんには才能がある」
「才能……」

 もしや先日の作戦を聞いて武器を扱うセンスを感じたとかだろうか。
 あるいは、なんとなくだが俺が異世界人であることと何か関係していたり……?

 わからん。でもちょっとうれしい。
 他人からそんなこと言われるなんて初めてな気がする。

「じゃ、開けるぞ」
「…………」

 ドキドキする。いったいどんな武器なのか。

 ゆっくりと蓋が取り外される。
 開放された木箱の中に入っていたのは、なんとも豪華に彩られた……


 ――金色のブーメランだった。


「なんでだよっ!!!」
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