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第1部 1章 底辺ぼっち、スキルの目覚める

予知夢の正体

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「た、倒した……」

 天井へと立ち昇っていく膨大ぼうだいな光の粒子を見上げ、時杉が呟く。

 まるで室内にオーロラが発生したかのような幻想的な光景。
 絶命とともに崩壊したボスの肉体が、ただの魔力へと還っていく。

 一般的に、魔力の量はモンスターとしての強さに比例する。
 ゆえに目の前に広がるこの光景だけでも、相手がいかに強敵だったかよくわかる。

「はぁ~……」

 ズルズルと崩れ落ちた時杉の口から漏れる、心からの安堵のため息。

 思えば第4階層で遭遇した火蜥蜴サラマンダーを筆頭に、今回の攻略で対峙したモンスターはすべて格上ばかり。
 攻略者として最底辺のGランクである時杉にとっては、生き残れたのが奇跡と言うほかない状況の連続だった。

 しかし、その状況もようやく終わり。
 ボスを倒して第7階層を攻略できたことで、ついに目標は達成された。

 これでやっと家に帰れる。
 そう思ったら、自然と時杉の身体から力は抜けていた。

 だが、そんなすっかり油断しきった時杉に対し……。

「やったねトッキー!」
「おわぁっ!?」

 突然前方から襲ってきた衝撃。
 走り寄ってきたデルタが、勢いよく時杉の胸に飛び込む。

「ちょっ、デルタさん!? な、なんですかいきなり……!?」
「なにって、そりゃあもちろん勝てたのはトッキーのおかげだし……ありがとう? 的な?」
「いやいや、だとしてもスキンシップのレベルが高すぎでは……!?」

 柔らかいやら良い匂いやら……。
 五感を満たす刺激的な要素のオンパレードに、時杉が激しく混乱する。

「てか、そもそもありがとうって話なら、むしろ逆なんですけど……ぶっちゃけ俺なんにもしてないですし」

 そうとも、ボスを倒せたのはあくまでデルタのおかげ。
 時杉自身はただ後ろで突っ立っていただけに過ぎない。なんなら道中でさえまるで役に立っていないのだ。

 感謝こそすれ、される理由などないはずなのだが……。

「な~に言ってんのさ。十分ナイスアシストだったじゃん。もしトッキーが叫んでくれてなかったら、最後のは普通に直撃してたかもしれないし」
「アシスト……ああ」

 なるほど、そういうことか。

 最後の場面。
 ボスの放った渾身の回転斬り必殺技を後方へ下がろうとしたデルタに、時杉は下に潜って避けるよう指示した。

 攻撃を躱せたのはそのアドバイスのおかげ。
 だから勝てたのも時杉のおかげ。

 どうやらデルタはそう言いたいらしい。

「でも、それにしたって大げさな気がするんですが……」
「え~、そんなことないよ。いくらアタシだって、さすがにアレをまともに喰らってたら危なかったしね。だからこの勝利は二人の連係プレイの賜物(たまもの)、ってことで」
「連係プレイって、そんな……」

 ニコッと微笑むデルタに、困惑した表情を返す時杉。

 しかし、その内心では……。

(俺の……おかげ)

 初めてダンジョンに潜ってから約8年。
 まさかそんな言葉を言われる日が来るとは思いもよらなかった。

 なんだか無性にむず痒くなり、思わず視線を逸らしてしまう。
 心なしか顔も熱い気がする。

 ――と。

「でもさ、冷静に考えたら、よくあの場面で咄嗟にアレが範囲系の攻撃って気づけたよね。指示だって的確だったし。正直ビックリしちゃった」
「!」

 改めて最後のシーンを振り返りながら、デルタが感心したように頷く。
 一方、時杉はその言葉に思わずドキッとした。

 なおもデルタが続ける。

「あと最初のヤツもそう。あの速度で突進されたら、普通の人だったらたぶん反応できてないよ? すごいじゃん、トッキー」
「ああいや、それは……」

 言葉を詰まらせる時杉。
 理由はもちろん、例の夢のことを話すかどうか悩んだからだ。

 一度は余計な混乱を招かないために伝えなかったが、それはあくまで第7階層の手前――まだボスが出現するか不明確だった頃の話。
 今となってはボスも倒した後であり、話したところで問題はない。

 とはいえ、逆に言えばあえて今更話す必要があるわけでもない。
 むしろ話すことでやっぱりデルタに笑われてしまう可能性もある。

(……まあでも、このまますごい人扱いされたままってのも、それはそれでなんかダマしているみたいで申し訳ないしな)

 というわけで……。

「あの、すいませんデルタさん。実はその件なんですけど……」
「?」

 かくかくしかじか。

「――とまあ、そんなわけで夢と現実がごっちゃになっちゃって、そのおかげでボスの攻撃も読めたというか……」

 道中で遭遇したモンスターの種類や出現位置、ダンジョンの構造……そして、ボス。
 さらには第4階層でデルタと出会った際などに感じた、デジャブのようなシチュエーションの数々について。

 時杉は自身に起きた不思議な体験の一部始終を、洗いざらい順を追って説明した。

「いったいなんだったんでしょうね……? まさか予知夢……ってことはないでしょうけど、はは」

 頭を掻きながら時杉が苦笑する。
 正直話していて途中から少し恥ずかしくなってきた。いくらダンジョンがなんでもありの空間とはいえ、予知夢だなんて聞いたことがない。

 案の定、デルタの方も終始無言。
 あれほど明るかった彼女がここまで押し黙るとは、あまりに突拍子もなさすぎて呆れ返っているのだろうか。あるいはどこか腕のいい脳外科はないかと考えているのかもしれない。

 ああ、こんなことならやっぱり言わない方がよかったかも……。
 そこはかとない後悔が時杉の中でこみ上げてくる。

 だが、そんな時杉に対し、ようやく口を開いたデルタはこう言った。

「……それってさ、トッキーのなんじゃないの?」
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