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第1部 1章 底辺ぼっち、スキルの目覚める

『廻り』始める世界②

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 『8月31日(日) 22:37』


「ほらー、やっぱりじゃん! アタシの勝ちー!」
「そんな……」

 両手を上げてデルタが喜ぶ。
 その一方、まさかの結果に時杉は頭を抱えた。

(マ、マジかよ……てことは、ガチでさっきまでのは夢だったってこと……?)

 結論から言うと、そういうことだった。

 メロンソーダ。
 額の傷。
 そして、時間。

 これだけ材料が揃ってしまえば、もはや否定のしようもない。
 正しいのはデルタで、間違っているのは時杉。

 つまり、時杉の中にある記憶は全部

(あれか? もしやこれが白昼夢ってやつなのか……? おいおい、嘘だろ? いくらピンチだったとはいえ、終わりすぎだろ俺のメンタル……)

 事前の情報とはまるで違う高難度ダンジョン。
 進むどころか帰ることすらままならない絶望的な状況。

 たしかにテンパってしまうのも無理はなかったかもしれないが、まさか脳みそが真っ先に現実逃避してしまうとは……。

「まあまあ、そう気にしなさんな。誰だって妄想と現実の区別がつかなくなることくらいあるよ……特に思春期はさ」
「すいません、全然フォローになってないんですが……」

 時杉の肩にポンと手を置き、デルタが菩薩のように優しい笑みを浮かべる。
 一応励ましてくれているのだろうが、むしろ傷口に塩を塗られている気分だった。これでは完全に痛い子扱いである。

 ただ、そんな時杉をよそにデルタは仕切り直すように言った。

「さて、それじゃ無事に決着もついたことだし、そろそろ行こっか」
「え、行くってまさか……下層したにですか?」
「もちろん。そのために来たわけだしね。キミだってそうでしょ?」
「まあ、そうですけど……」

 正直なところ、あまり気乗りはしない。
 なんせ時杉の体感的には二周目。気分的にはお腹いっぱいである。

 しかし、ここへ来たのはあくまで夏休みの宿題のため。先ほどの攻略がただの妄想の産物だったのなら、事実としてはまだ第4階層に辿り着いただけ。
 となれば、このまま帰るわけにもいかない。

「どうする? やっぱり帰るなら出口うえまで送ってくけど?」
「……いえ、行きます」

 こうなったらとことんやってやる。
 最後は半分ヤケクソだった。

「おっと、そうだった。ちなみにキミの名前は?」
「え……ああ、時杉です。時杉蛍介」
「なるほど時杉くんか。うん、じゃあトッキーだね」

(あ、そこは変わらないんだ……)

「よし、そんじゃ改めてレッツゴー」

 意気揚々とデルタが出発する。
 その後ろを時杉がついていく。

(くっ……まあいいさ。考えようによっちゃ、これはラッキーとも言える。だってもし俺の記憶が事実なら今頃あの世行きだったわけだし……うん、とりあえずそういうことにしとこう)

 死んだと思ったはずが、実は死んでいなかった。
 ある意味で九死に一生。これを幸運と言わずして何と言う。

 だが、そんな風に時杉が無理やり気を取り直した矢先だった。

(……あれ?)

 ふと覚えた違和感に、時杉の足が止まる。

「ここって、たしか……」

 目の前の景色を見つめる。

「ん? どったの?」
「え? ああ、いや……」

 振り返ったデルタが不思議そうな顔を浮かべる。
 だが、時杉は言いかけた言葉を飲み込んだ。

(いや、まさかな……)

 どことなく見覚えのある道。
 時杉の脳裏にフラッシュバックしたのは、通路脇から飛び出してくるモンスターの姿だった。

 とはいえ、それはあくまで夢の中での話。
 ならば同じことが起こるはず――。

「GRRRR……!」
「なっ……!?」

 現れた人ならざるモノの影に、時杉が我が目を疑う。

 爬虫類特有のギョロっとした瞳に、シュルシュルと出し入れされる舌。
 そしてなにより、分厚い皮膚の上に纏った高熱の炎。

 それは紛れもなく――。

「さ、火蜥蜴サラマンダー……!?」




 時杉の世界が、今まさに変わり始めていた。
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