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027『気が狂いそうだ』

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 思い返せばそうだったかもしれない。

 本人にそんなつもりは一切無いのに、いつだって人目を惹いていた。

 学生時代は初恋キラーなんて異名があったとかなかったとか。

 まぁとにかく俺の幼馴染、シオンは子供の頃からめちゃくちゃ目立っていた。

 綺麗な髪色のせいか、人誑しな性格のせいか⋯⋯いや、多分絶対両方だと思う、間違いない。

 子供の頃から、性別を問わずいろんな人からアプローチを受けてきたシオンだけど、すべてが無意味に終わっている。

 シオンは天然を通り越してもはや心配になる所、鈍感が過ぎる所があって、誰の言葉も届かないし、好意として受け取らないし、性別を問わず普通にモテるのにずっとフリーだった。

 自然と、気が付けば高嶺の花になっていた。

 そんなシオンがレオ様に見初められたって聞いて驚きはしたけど、正直に言うとそんなに驚きはしなかった。むしろ、俺の幼馴染が⋯⋯なんて誇らしく思ったくらいだ。

 シオンのうなじに深く刻まれた、証を見るまでは。

 泣きそうな声で「痛い」とか「怖い」とかは言うのに、俺が聞きたかったソレだけは、今も絶対に言わないのはどうしてだろうな。

「大丈夫、落ち着くまで一緒に居てやるから」

 早鐘を打つシオンの背中をあやすみたいに軽く叩いて。国内外を大きく揺らし続ける、血で濡れた首元に手を添えて。

「シオン⋯⋯」

 いつまで経っても聞こえない「助けて」を、現在いまでもずっと待ち続けている。



 ✲



 レグルス城の城下町の中心部⋯⋯から少し離れた場所にある路地裏で、カルタは頭を抱えていた。

 自分が連れ出したとはいえ、ここに居てはいけない人物が居るのだから。

 こんな薄暗い路地裏でも確かな存在感を放つ、淡い紫色の髪が印象的なレグルスの現国王、シオン。

 ただのレグルス国王ならまだマシだったかもしれないが、シオンは違った。

 国の象徴である星獣せいじゅうレオに見初められたことを機に、平民でありながら国王になってしまった、特異な存在。

 故に城内に、ネメアラヴァン王家に敵が多く、いついかなる時もレオが傍でシオンを守っている。

 油断ができない、休まる隙がないシオンが少しでも楽しんでくれたら良い⋯⋯なんて思って城から連れ出した俺が浅はかだった⋯⋯。

 部屋で大人しくしているはずのレオ様は人の目に触れてしまったし、シオンはいろいろ隠していた帽子を落とすし、一体どうして城まで帰らせよう。

 不安でいっぱいのカルタを他所に、レオの喉がご機嫌を奏でた。

「ゴロゴロ♪」

 ひと時とはいえシオンに触れられない場所に居るのがよっぽど嫌だったらしい。触れられなかった時間のぶんだけシオンに甘える様子は、大きな黒猫にしか見えない。

「レオ」

 頬を擦り寄せてきたレオのたてがみを撫でるシオンが諭すように言う。

「帰るまで我慢できなかっ」
「あぁ」

 凛々しいキメ顔で「それがどうした」と鼻を鳴らすレオに呆れるカルタを横目に、シオンが両手でわしゃわしゃとたてがみをかき混ぜる。

「皆びっくりしちゃうから。今は部屋に戻ってて、な? できる?」

 小さな子供を宥めるみたいに言われてカチンッときたレオが、慣れた動作でシオンの背後に回った。

 瞬間。心臓が止まりそうなカルタが大きく目を開く。

 あ。喰われる。

 レオの牙をハグで受けとめたシオンはその漆黒のたてがみに顔をうずめて、囁く。

「帰ったらいっぱい構ってやるから。今だけ、言う事を聞いてほしいな」
「む⋯⋯」

 愛しい愛しい【淡紫の花シオン】に言われてしまったのだから、仕方ない。

「仕方ない」

 褐色の肌。鮮血色の目。

 思考を諦めたシオンを抱きしめる、力強い

 全知全能の父ゼウスに与えられた、人間の姿に変身したレオが同じく思考を諦めたカルタに告げる。

「命知らずな人間め。これ以上、俺の主人シオンに触れるな」

 腕の力を強めて、よりシオンとの距離を縮めたレオはこの上なく機嫌が悪そうだ。

「俺よりほんの少しばかり、シオンと一緒に居る年月が長いだけで幼馴染などと偉そうに⋯⋯」

 反応に困っているカルタを無視したレオがあからさまな怒りを顕にする。

「嫉妬で気が狂いそうだ」

 あぁ、俺はどうやってこの獣からシオンを救い出せば良いのだろうか⋯⋯いつかできる日は来るのだろうか。

「なぁ」

 シオンに呼ばれて僅かに腕の力を弱めたレオが、そのまま淡い紫に頬を寄せた。

「カルタとは仲良くするって約束は?」

 あっ居たぞ!!

 こっちだ、早く!!

 路地裏で、背中に獅子を背負った軍服姿の男達と行方知れずとなってしまった国王陛下シオンの目が、バッチリ合ってしまった。
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