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013『かぷ。』
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定期健診。
動物にとってのソレは緊急事態と言っても過言ではない。全力で暴れて、それはそれはもう全力で回避しようとする。
知らない人物に身体を触られるのが嫌、予防接種の注射針など痛い目に遭うのが嫌。それらを回避する為、動物は全力で抵抗する。
そして、この星獣も例外ではなくーーーー
「レオ様ッ!!!!」
長年、専属医師としてレグルス王家に遣える彼は齢80になろうかという老体にそぐわず、背筋はピンとしており、声には気迫がある。そして頑固だ。
「まったく!! 毎度毎度!!」
今にも頭の血管が切れてしまいそうなドクターが、部屋の中央に配置された背もたれがない1人用ソファーに座るシオンをビシィッと指差す。
「陛下の身にもなって下さいまし!! あぁおいたわしや!!」
シオンのうなじにある、レオお手製の本当の意味を持った契約印ははっきり言って怪我だ。
深々と刻まれた牙の痕は痛々しいだけではなく、放っておくと感染症などのリスクも考えられる。今は奇跡的に無事だが、このままだとシオンが危ないかもしれない。心配したドクターが定期的に診せろと言うのだが⋯⋯。
「俺のシオンに触れるな。それに、レグルス王家の息がかかったお前を信用できる訳がないだろ。あと俺のシオンに近付くな」
シオンの前に立ち塞がるレオが低い唸り声をあげた。
「ごめんなさい、ドクター」
ガルルル唸るレオのたてがみを撫でるシオンが心底困った様子で顔を引きつらせながらも微笑む。
「俺は大丈夫だから」
「大丈夫な訳ないでしょう!!」
かけていた眼鏡を指先でグイッと上げたドクターが更に声を張り上げた。
「いいですかシオン陛下!! 貴方は常に危機的状況に晒されているのです!! 獅子様に噛まれるだけでも大問題なのに、その場所が首なんですよ!? 大事な血管や神経の通り道をそのように傷付けてはいけま⋯⋯」
かぷ。
説教中、ドクターに見せ付ける為だけにシオンのうなじを甘噛みしたレオが渾身のドヤ顔で「ふん!」と鼻を鳴らす。
「こら、レオ!」
信じられない物を見るような目でレオを見ていたドクターの眼鏡がギラリと怪しげに光る。
「レオ様がここまでおっしゃるのなら、私にもご提案があります」
どうやってレオを説得するんだろ、と興味津々なシオンを他所にドクターは医療器具などが収納された大きな黒いカバンをテーブルの上に広げ、準備を始めた。
「ところで⋯⋯シオン陛下は『アンドロメダの鎖』というものをご存知でしょうか」
素直に首を横に振ったシオンにドクターが解説する。
「アンドロメダ座を依り代とする星獣、アンドロメダが作った代物で、星獣を封じる力を持つ鎖なのですが⋯⋯」
カバンから真っ赤な手枷を取り出したドクターがじわりじわりとシオンに近付く。
「なんでも、契約者がこの手枷を着けると星獣は部屋から出る事はおろか、契約者の召喚びかけにすらも応じられないそうで」
手枷を見つめたまま呆然としているシオンにドクターがにっこりと笑みを浮かべる。
「さぁ陛下。お手をどうぞ」
かなり動揺しているシオンの盾となり、姿勢を低くしたレオが牙を剥く。
「いいですかレオ様。星獣とは異なり、我々人間は非常に脆いのです。些細な事が身体を蝕み、時に命を落とす要因となる。誠に嘆かわしい事です。ですから⋯⋯」
「俺の」
レオの鮮血色の目に殺気が満ちる。
「俺の【淡紫の花】に近付くな」
✲
「って事がさっきあったんだけどさ~」
夕刻、レグルス城内某所。
ベッドに寝転がったヘラクレスが足をパタパタしながら昼間に覗き見していた出来事を契約者に話す。
「ウン百年前にアイツに言われた言葉そのままで笑いそうになった。そういやアイツいっつも『俺の【淡紫の花】に近付くな』って言ってたなぁ、懐かしい」
剣の手入れをしながら話を聞いていた契約者が尋ねる。
「建国王様はどんな御方だったんだ?」
ヘラクレスは遠い遠い記憶を思い出していく。
淡い紫色の髪。良くも悪くも、人々を惹き寄せてしまう不思議な魅力。誰に対しても変わらない、柔らかな振る舞い⋯⋯思い出せば出すほど、ラッフィカとシオンが重なる。
ーーーー俺はレオの主だから。
「綺麗な花だったよ、シオンと同じくらい」
一途というよりは狂気といった方が正しい、レオの執着に契約者は身を強ばらせた。
「そんな事より!」
ベッドから起き上がったヘラクレスの手からジャラリと鎖の音がする。
「ドクターから借りた~♪」
腕を動かして鎖をジャラジャラ鳴らすヘラクレスに契約者が目を丸くした。
「俺はレオに、お前はシオンに怨みがある」
窓から射し込むオレンジの陽が傾いて消えていく。
「レオに⋯⋯シオンに強奪われた王座を取り戻す時が来たんだよ」
手枷を契約者に渡したヘラクレスが楽しそうに声を弾ませた。
「この千載一遇の好機を無駄にするなよ、アスティル」
動物にとってのソレは緊急事態と言っても過言ではない。全力で暴れて、それはそれはもう全力で回避しようとする。
知らない人物に身体を触られるのが嫌、予防接種の注射針など痛い目に遭うのが嫌。それらを回避する為、動物は全力で抵抗する。
そして、この星獣も例外ではなくーーーー
「レオ様ッ!!!!」
長年、専属医師としてレグルス王家に遣える彼は齢80になろうかという老体にそぐわず、背筋はピンとしており、声には気迫がある。そして頑固だ。
「まったく!! 毎度毎度!!」
今にも頭の血管が切れてしまいそうなドクターが、部屋の中央に配置された背もたれがない1人用ソファーに座るシオンをビシィッと指差す。
「陛下の身にもなって下さいまし!! あぁおいたわしや!!」
シオンのうなじにある、レオお手製の本当の意味を持った契約印ははっきり言って怪我だ。
深々と刻まれた牙の痕は痛々しいだけではなく、放っておくと感染症などのリスクも考えられる。今は奇跡的に無事だが、このままだとシオンが危ないかもしれない。心配したドクターが定期的に診せろと言うのだが⋯⋯。
「俺のシオンに触れるな。それに、レグルス王家の息がかかったお前を信用できる訳がないだろ。あと俺のシオンに近付くな」
シオンの前に立ち塞がるレオが低い唸り声をあげた。
「ごめんなさい、ドクター」
ガルルル唸るレオのたてがみを撫でるシオンが心底困った様子で顔を引きつらせながらも微笑む。
「俺は大丈夫だから」
「大丈夫な訳ないでしょう!!」
かけていた眼鏡を指先でグイッと上げたドクターが更に声を張り上げた。
「いいですかシオン陛下!! 貴方は常に危機的状況に晒されているのです!! 獅子様に噛まれるだけでも大問題なのに、その場所が首なんですよ!? 大事な血管や神経の通り道をそのように傷付けてはいけま⋯⋯」
かぷ。
説教中、ドクターに見せ付ける為だけにシオンのうなじを甘噛みしたレオが渾身のドヤ顔で「ふん!」と鼻を鳴らす。
「こら、レオ!」
信じられない物を見るような目でレオを見ていたドクターの眼鏡がギラリと怪しげに光る。
「レオ様がここまでおっしゃるのなら、私にもご提案があります」
どうやってレオを説得するんだろ、と興味津々なシオンを他所にドクターは医療器具などが収納された大きな黒いカバンをテーブルの上に広げ、準備を始めた。
「ところで⋯⋯シオン陛下は『アンドロメダの鎖』というものをご存知でしょうか」
素直に首を横に振ったシオンにドクターが解説する。
「アンドロメダ座を依り代とする星獣、アンドロメダが作った代物で、星獣を封じる力を持つ鎖なのですが⋯⋯」
カバンから真っ赤な手枷を取り出したドクターがじわりじわりとシオンに近付く。
「なんでも、契約者がこの手枷を着けると星獣は部屋から出る事はおろか、契約者の召喚びかけにすらも応じられないそうで」
手枷を見つめたまま呆然としているシオンにドクターがにっこりと笑みを浮かべる。
「さぁ陛下。お手をどうぞ」
かなり動揺しているシオンの盾となり、姿勢を低くしたレオが牙を剥く。
「いいですかレオ様。星獣とは異なり、我々人間は非常に脆いのです。些細な事が身体を蝕み、時に命を落とす要因となる。誠に嘆かわしい事です。ですから⋯⋯」
「俺の」
レオの鮮血色の目に殺気が満ちる。
「俺の【淡紫の花】に近付くな」
✲
「って事がさっきあったんだけどさ~」
夕刻、レグルス城内某所。
ベッドに寝転がったヘラクレスが足をパタパタしながら昼間に覗き見していた出来事を契約者に話す。
「ウン百年前にアイツに言われた言葉そのままで笑いそうになった。そういやアイツいっつも『俺の【淡紫の花】に近付くな』って言ってたなぁ、懐かしい」
剣の手入れをしながら話を聞いていた契約者が尋ねる。
「建国王様はどんな御方だったんだ?」
ヘラクレスは遠い遠い記憶を思い出していく。
淡い紫色の髪。良くも悪くも、人々を惹き寄せてしまう不思議な魅力。誰に対しても変わらない、柔らかな振る舞い⋯⋯思い出せば出すほど、ラッフィカとシオンが重なる。
ーーーー俺はレオの主だから。
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一途というよりは狂気といった方が正しい、レオの執着に契約者は身を強ばらせた。
「そんな事より!」
ベッドから起き上がったヘラクレスの手からジャラリと鎖の音がする。
「ドクターから借りた~♪」
腕を動かして鎖をジャラジャラ鳴らすヘラクレスに契約者が目を丸くした。
「俺はレオに、お前はシオンに怨みがある」
窓から射し込むオレンジの陽が傾いて消えていく。
「レオに⋯⋯シオンに強奪われた王座を取り戻す時が来たんだよ」
手枷を契約者に渡したヘラクレスが楽しそうに声を弾ませた。
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