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009『大事な物』
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ネメアの森。
レグルス城の敷地内にある、小さくも豊かなこの森はかつて人喰い獅子レオの住処だった。
ある日、人喰い獅子に困り果てた人々は戦士、ヘラクレスにレオの討伐を依頼。人々の思いを胸に、レオと対峙したヘラクレスは三日三晩の戦いの末に、これを制す。
こうして英雄となったヘラクレスは地位も、名誉も、栄光も、すべてを手に入れた⋯⋯というよりも、勝手に向こうからやって来ていた。
だが、ヘラクレスが手にできなかったモノがたったひとつ、否⋯⋯ふたつも出来てしまった。
ひとつは国。数百年前、全知全能の大神ゼウスの神託により88だった国を現在の4ヶ国にする戦いでレオに敗れたヘラクレスは自分の国を創れず、更には統治していた場所でさえもレオの国に吸収された。
そして、もうひとつは。
「アンタ、俺の主にならないか」
ヘラクレスのプロポーズを聞いた、風に揺れる【淡紫の花】はキョトンとしたかと思えば笑って、隣に居るレオのたてがみを撫でた。
「俺はレオの、レオだけの主だ。誰の主にもならないし、なるくらいなら自害するよ」
穏やかな眼差しとは正反対な物言いをする【淡紫の花】に驚きはしたが、ヘラクレスは察してしまう。
どうしたって【淡紫の花】は手に入らない事を、触れる事すら叶わない事を。
「だから、もう二度と俺に近付くな」
悠然と咲き誇る【淡紫の花】に射抜かれた数百年前のあの日を忘れられないまま、ヘラクレスは今日まで生きていた。
✲
昼過ぎのレグルス城内。だだっ広い廊下に【淡紫の花】が咲いていた。
レグルスの歴史が記された大きな巻物を抱えたシオンが歩を進めるたびに、廊下に居た兵士達と使用人達が内に秘めていた思いをひそひそ語らう。
シオン陛下だ⋯⋯。
レオ様からの寵愛を一身に受けておられる方。
建国王様とそっくりの御髪。
なんと美しい【淡紫の花】なのでしょう。
あぁ、シオン陛下とレオ様は今日も見目麗しい。
漆黒と交わっても消えない、それどころかよりいっそう存在感を増している淡紫は自然と周囲の視線を集め、惹き寄せる。良いものも、悪いものでさえも。
一般人がどうやってレオ様に取り入ったんだ。
コイツさえ居なければあの方が国王だったのに。
レオ様に気に入られただけの凡人が何故。
王家を知らない一般人のクセに。
「ゴロゴロ♪」
大事な大事な宝物を見せびらかすのは大層気分が良いらしい。ご機嫌に喉を鳴らすレオの傍らで、シオンはとてつもない息苦しさを感じていた。
「俺はレオに捕まったせいで国王になっちゃっただけの、ただの一般人なのに。なんでこう⋯⋯⋯⋯なぁ?」
やりきれない様子のシオンの腕に漆黒のたてがみを擦り寄せたレオがニコニコ懐っこく笑う。
「俺に見つかったのが運の尽きだったな、シオン」
シオンに甘えるレオは一見ただの大きな黒猫だが、騙されてはいけない。果てなき独占欲を腹に抱えた、獣だ。
「はぁ⋯⋯⋯⋯」
昨夜も無茶な抱かれ方をされたシオンのため息は兵士の叫び声にかき消された。
「シオン陛下!! お逃げ下さい!!」
レグルス城の正門を守っていた兵士の、必死な声にシオンとレオは同時に顔を見合わせ、首を傾げる。
何が起こったのかわからないのだ、当然の反応だろう。
「数刻前に怪しい男が『シオン陛下にお目通り願いたい』と。身分証明書の提示を申しましたら、まさかの正面突破をされてしまいまして⋯⋯」
焦っている兵士の話を聞きながらレオのたてがみを撫でるシオンはキョトンとして、まるで何も無いように笑った。
「俺に会いに来ただけだろ? そんなに慌ててどうしたんだ?」
まだ自分の身分を、国王陛下である事を認識しないまま。レオのたてがみを撫で続けるシオンに影が落ちる。
「驚いた。本当に【淡紫の花】とそっくりじゃあないか」
2mは超えている、服越しでもわかる程に隆々とした逞しい身体付きをした大柄な男が無遠慮にシオンを見下ろす。
「で、本物の証は⋯⋯っと」
大柄な男がシオンの首に手を伸ばすよりも先にレオが低い唸り声をあげた。
「俺の【淡紫の花】に触れるな」
視線だけでも容易く万物を殺めてしまえそうな殺気を放つレオに億さず、大柄な男が飄々とした語り口調で喋る。
「お前がそこまで言うって事は⋯⋯コイツは本物だな!」
ついさっきまでレオを撫でてていたシオンの手をとった大柄な男が真剣な眼差しで言う。
「はじめまして、シオン殿。俺はヘラクレス」
シオンの手の甲に口付けたヘラクレスは凛々しい顔付きで宣言する。
「貴方をレオから略奪う星獣の名だ」
レグルス城の敷地内にある、小さくも豊かなこの森はかつて人喰い獅子レオの住処だった。
ある日、人喰い獅子に困り果てた人々は戦士、ヘラクレスにレオの討伐を依頼。人々の思いを胸に、レオと対峙したヘラクレスは三日三晩の戦いの末に、これを制す。
こうして英雄となったヘラクレスは地位も、名誉も、栄光も、すべてを手に入れた⋯⋯というよりも、勝手に向こうからやって来ていた。
だが、ヘラクレスが手にできなかったモノがたったひとつ、否⋯⋯ふたつも出来てしまった。
ひとつは国。数百年前、全知全能の大神ゼウスの神託により88だった国を現在の4ヶ国にする戦いでレオに敗れたヘラクレスは自分の国を創れず、更には統治していた場所でさえもレオの国に吸収された。
そして、もうひとつは。
「アンタ、俺の主にならないか」
ヘラクレスのプロポーズを聞いた、風に揺れる【淡紫の花】はキョトンとしたかと思えば笑って、隣に居るレオのたてがみを撫でた。
「俺はレオの、レオだけの主だ。誰の主にもならないし、なるくらいなら自害するよ」
穏やかな眼差しとは正反対な物言いをする【淡紫の花】に驚きはしたが、ヘラクレスは察してしまう。
どうしたって【淡紫の花】は手に入らない事を、触れる事すら叶わない事を。
「だから、もう二度と俺に近付くな」
悠然と咲き誇る【淡紫の花】に射抜かれた数百年前のあの日を忘れられないまま、ヘラクレスは今日まで生きていた。
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昼過ぎのレグルス城内。だだっ広い廊下に【淡紫の花】が咲いていた。
レグルスの歴史が記された大きな巻物を抱えたシオンが歩を進めるたびに、廊下に居た兵士達と使用人達が内に秘めていた思いをひそひそ語らう。
シオン陛下だ⋯⋯。
レオ様からの寵愛を一身に受けておられる方。
建国王様とそっくりの御髪。
なんと美しい【淡紫の花】なのでしょう。
あぁ、シオン陛下とレオ様は今日も見目麗しい。
漆黒と交わっても消えない、それどころかよりいっそう存在感を増している淡紫は自然と周囲の視線を集め、惹き寄せる。良いものも、悪いものでさえも。
一般人がどうやってレオ様に取り入ったんだ。
コイツさえ居なければあの方が国王だったのに。
レオ様に気に入られただけの凡人が何故。
王家を知らない一般人のクセに。
「ゴロゴロ♪」
大事な大事な宝物を見せびらかすのは大層気分が良いらしい。ご機嫌に喉を鳴らすレオの傍らで、シオンはとてつもない息苦しさを感じていた。
「俺はレオに捕まったせいで国王になっちゃっただけの、ただの一般人なのに。なんでこう⋯⋯⋯⋯なぁ?」
やりきれない様子のシオンの腕に漆黒のたてがみを擦り寄せたレオがニコニコ懐っこく笑う。
「俺に見つかったのが運の尽きだったな、シオン」
シオンに甘えるレオは一見ただの大きな黒猫だが、騙されてはいけない。果てなき独占欲を腹に抱えた、獣だ。
「はぁ⋯⋯⋯⋯」
昨夜も無茶な抱かれ方をされたシオンのため息は兵士の叫び声にかき消された。
「シオン陛下!! お逃げ下さい!!」
レグルス城の正門を守っていた兵士の、必死な声にシオンとレオは同時に顔を見合わせ、首を傾げる。
何が起こったのかわからないのだ、当然の反応だろう。
「数刻前に怪しい男が『シオン陛下にお目通り願いたい』と。身分証明書の提示を申しましたら、まさかの正面突破をされてしまいまして⋯⋯」
焦っている兵士の話を聞きながらレオのたてがみを撫でるシオンはキョトンとして、まるで何も無いように笑った。
「俺に会いに来ただけだろ? そんなに慌ててどうしたんだ?」
まだ自分の身分を、国王陛下である事を認識しないまま。レオのたてがみを撫で続けるシオンに影が落ちる。
「驚いた。本当に【淡紫の花】とそっくりじゃあないか」
2mは超えている、服越しでもわかる程に隆々とした逞しい身体付きをした大柄な男が無遠慮にシオンを見下ろす。
「で、本物の証は⋯⋯っと」
大柄な男がシオンの首に手を伸ばすよりも先にレオが低い唸り声をあげた。
「俺の【淡紫の花】に触れるな」
視線だけでも容易く万物を殺めてしまえそうな殺気を放つレオに億さず、大柄な男が飄々とした語り口調で喋る。
「お前がそこまで言うって事は⋯⋯コイツは本物だな!」
ついさっきまでレオを撫でてていたシオンの手をとった大柄な男が真剣な眼差しで言う。
「はじめまして、シオン殿。俺はヘラクレス」
シオンの手の甲に口付けたヘラクレスは凛々しい顔付きで宣言する。
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