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耐え

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 悪魔たちが遠ざかって行く気配はない。何故かここで立ち止まり続けていた。さっさとどこかへ行ってくれないか。





『おかしい。この辺りの気がするんだが』





 悪魔の呟きが聞こえて来る。なんという勘の良い悪魔だ。俺の存在に気付いていないはずなのに、おおよその位置を特定しているなんて。これが上級悪魔と低級悪魔との違いなのか?それとも、あの悪魔の呪いの効果なのか。どちらにせよ、俺の居場所がおおよそバレていると考えて動いた方が良さそうだな。



 引き続き息を顰めたまま、顔を上げずに潜伏し続ける。





『見つからねぇな。向こうの方を探してみるか。おい!お前はあの辺りを先に探して来い』





 これは・・・うまく耐えれたか?この緊張感に溢れた時間に終わりが見え、僅かに口角が上がる。良し!良いぞ!そのまま行け!緩む口元に必死に耐えながら、木の下の気配を全力で監視する。この近くからいなくなってくれれば、暫くは安心して体を起こすことが出来そうだ。いや、神経もすり減っているだろうし、ゆっくりと寝るのが良いかな。



 2つの気配がこの場から離れて行く。1つの大きな気配はさっさと離れて行き、もう1つの気配は小走りほどの速さで荒野の方向だった気がする方向に移動して行った。そっと顔を浮かせて木の下を窺う。誰もいない。チラリと視線を向けると、ケンタウロスの斜め後ろからの姿が見えた。最初は見えていなかったが、どうやら黒い鎧を装備しているようだ。なるほど、あの音の原因はこれか。



 ケンタウロスと悪魔が現れる前に耳にした音の正体が判明した。ケンタウロスは上半身だけ鎧を装備し、現れた時と同じように左手に提灯を、右手に長剣を持って駆けて行っているのだ。そのため、駆ける度に鎧同士がぶつかる音がしていた。再びこの森でこの音を耳にしたときは、すぐさま隠れないといけないという合図だな。ケンタウロスの近くに悪魔がいることは確定なのだから、音には注意しておかなければいけない。離れて行くケンタウロスの後ろ姿を見ながら、俺はゆっくりと息を吐いた。













『もう大丈夫かな?』





 多分?黒の書に答えつつ、俺は上体を起こして枝の上に座り込む。気配が消えてから暫く経っているし、もう大丈夫だろ。





『それにしてもー。こんなところで魔族に会うなんてびっくりしたねー!』





 いや、それは本当にな。何度も頷きながら、先ほどのケンタウロスを思い出す。始めてあった魔族が、まさか悪魔の従者だとはな。騎士であり荷物運び、といった装備のケンタウロスであったが、彼にいったい何があったというのか。いくら地獄と魔界が世界としては近いとは言え、別々の世界に住む者たちなのだから、交わることがおかしい。交わらないようにするために世界を分けているのだから。だからこそ、彼の身に何があってあのような状況になっていたのか聞いてみたいな。





『何言ってるの・・・?地獄に人間がいる方がおかしいんだけど・・・』





 ・・・・。それはそうである。全く反論できない。中間界に悪魔がいるのは、まあ理解できる。アバドンが来た方法のように、向こうの方から呼び寄せる術があるのだから。けれど、人間が地獄に行く方法は本来ならば存在しない。いや、一度死ぬことで肉体を離れ、魂の状態のままとなれば出来そうな気がする。出来るのかどうかは全く分からないけど。ただ何となく、同じ状態だからこそ行けそうと思ってしまう。今の俺のように。





『もしかしたらー、運の悪いことにたまたまこちらに迷い込んだだけの魔族かもしれないね』





 そう・・・かもしれないな。実際、今ここに迷い込んだ人物がいるから否定は出来ない。魂の状態である魔力体になっていることが、そもそも事故なんだけど。





『事故・・・?』





 え、事故じゃないの?不穏な反応を示した黒の書は、何故か答えようとしない。事故以外の何ものでもなかったと思うけど・・・。あれって、起こるべくして起こったとでも言うのか?肉体を有していないはずにも関わらず、全身から血の気が引いて行くような錯覚に襲われる。俺の不注意・・・、なのか?





『不注意・・・・。うーん、不注意とは言い難いんだよね。運が悪かったとしか・・・』





 なんだよ、歯切れが悪いな。結局運かよ・・。運、ねぇー。自分の運が悪いことは身を以て知っているからな。飛行機事故なんて0.0009%の確率でしか起きないのに、それを見事に引いちゃったし。四つ葉のクローバーですら見つけたことがないのに。





『・・・仕方ないよ。同調しちゃったんだから』





 あ、それ言ってたね。同調がどうのこうのって話。自らの運の悪さを突きつけられていた俺だったが、話が変わったことによって興味の対象が綺麗に切り替わった。





『例え同調してしまっても、地獄に飛ばされる危険はなかったはずなんだけどね。一時的に魔力欠乏に陥って、暫く寝たきりになるぐらいで』





 魔力欠乏・・・。それも危険な奴なんだけど?下手したら死ぬんだし。





『でも、聖獣とか精霊王がいるんだから、魔力を注いでもらって危機は防げると思うよ?』





 それ、一度死にかけることが前提になっていることに気付いてる?死にかけるけど死にやしないと言われてるんだけど。





『あははっ!?』





 あ!!笑って誤魔化しやがったな!喋らなくなった黒の書に、心持ち冷ややかな感情を向けつつ、俺は大きく息を吸って吐き出した。先ほどまでの張り詰めていた空気が嘘だったかのように、久しぶりに和やかな空気が流れていた。視界に広がるおどろおどろしい森は、全く静謐さを感じないが。







 それにしても、この森は生き物の気配を感じない。少し足を踏み入れた沼地エリアのように、そのエリア自体が危険であるならば分かる。いるだけで捕食される可能性があるのだから、そのエリアに入らないようにしようと離れて行くだろう。しかし、この森は沼地エリアのような危険性が見当たらないのだ。



 再び、木に何かしらの秘密があると踏んでいた。しかし、流石に現状で何も起こっていないのならば、何もないただデカいだけの木と捉えて良さそうだ。



 そうなると、考え着く原因はあの悪魔の存在か。この森の奥にあの悪魔の住処があるのだろう。そう考えれば、悪魔に恐れた他の生き物が逃げて行った結果だと判断できる。上級悪魔ならそれぐらいはあり得るのだから。



 森の奥に目を向ける。そして、ケンタウロスが向かって行った方向に目を向ける。ケンタウロスの側には悪魔がいる。なら、悪魔は今、森の奥から離れた場所にいるということだ。森の浅い場所にいる可能性だってある。そして、再び森の奥へと顔を向ける。





『ちょっと?何を考えて・・・っ。それはダメだよ!?』





 引きつった黒の書の声が咎めて来た。失礼な。ついさっきあんな危険な奴に見つからずに済んだというのに、悪魔の家に興味がある訳がないだろ。悪魔の家がどんな家でなのか、人型でいるだけあって、人と同じような生活スタイルなのかを気になっているわけがないから!





『・・・・』





 黒の書が黙り込む。ちゃんと理解してくれたようで良かった。今から森を探索するつもりはない。生き物の気配がないと言っても、夜の方がもっと不穏な雰囲気を醸し出している森なのだから。ちゃんと安全を確保したからこそ、ここはゆっくりと眠らせてもらおう。



 仰向けで枝の上に横たわる。相変わらず空は何も見えなかった。あんな危険な悪魔が近くにいないってことが分かっているだけでも、かなり安心して眠ることが出来るな。俺は全身の力を抜いて、ゆっくりと目を閉じた。
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